第41話 仲直り / 決戦開始

  明け方に、魔王との決戦が始まる。

 今日も今日とて野宿だが、寝具は一通りそろってるし飯もある。

 俺とカレナ、アリシア。それに、遠く離れてそびえたつリィ。

 睡眠は十分にとった。

 地形の把握に、作戦内容の最終確認もやった。

 陽が出る数時間前に起きて、腹ごしらえして、たき火を囲って暖をとりながら、俺らは決戦開始の前の最後の語らいをしている。


「――で、俺は武器屋の店主に騙されてリィを買ったわけだ。骨董品の火縄銃に、十歳かそこらのガキが必死にためた全財産をはたいたんだぜ」


 今話しているのは、俺が初めて武器を買った時の失敗談だ。


『何を言うか。安い買い物じゃったじゃろうが』


 リィが抗議する。癪に触ったらしい。


「結果的にはそうだったけどな」


 今の俺にとって、リィの価値はプライスレスだ。幾らつけられようが売る気もない。


「騙された、とは?」


 アリシアは興味津々だ。


「銃を買ったはいいが、当時の俺は“弾は撃ったらなくなる”って事を知らなくてな」


 たはー、と、カレナが額に手をやって首を振った。


「馬鹿だわさ」

「まったくだ。銃をかついでうきうきしながら田舎の家に帰って、庭で喜び勇んで試し撃ちをした後に唖然としたわけだ。次の日にまた街の武器屋へ行って、弾がいくらくらいで買えるか確かめようとしたらあのクソ店主やろう、ぼったくりの値段で売りつけようとしやがった。かといって、弾がない銃なんざ何の役にも立たんしな」

「てか、火皿とかのパーツはついてたん? その当時」

「ああ、昔はあった。ついでにリィが喋るのに気付くのも買ってからしばらくしてだ」

『なんと、そうじゃったんか……』

「何で当の本人が忘れてるんだよ」

『わらわ、ハルと出会う前はずっと寝ちょったからのう』

「それで、弾がないと気づかれた後にどうされたのですか?」


 アリシアは続きが気になるらしい。


「また金をためて今度は鍛冶屋に掛け合って、玉型と鋳鍋いなべにハンマー……弾を作るための道具一式を作ってもらった。もちろん採寸は念入りにしたし鉛のインゴットも値切って買った」

「なるほど」


 アリシアは綺麗な声で、自然でいながらかつ優美に見える動作でうなずいて。

 うなずいてから、顔を上げ、首をかしげた。


「弾とは、作れるものなのですか?」

「おま……、銃の弾丸たまがそこら辺の木になるとでも思っているのか?」

「いえ、そうではなく、もっとこう、専門の職人さんの手で作るのかと」

完全被甲弾フルメタルジャケットならともかく、鉛弾ならガキでも作れるぜ」


 その後、師匠に弟子入りしてからは火薬を自前で精製できるようになった。そこらの話は冗長なので割愛するが。


「すごい! 十歳か十一歳の頃の話ですよね……?」

「ああ」

「すごいと思います!」

「そうかね?」

「私の一番お気に入りのオモチャはハルさんもご存知の安っぽくて粗悪なビー玉で、それを眺めるだけで満足していたので。わざわざ一から作るとか、改造するとか、そういうレベルまで夢中になれるって羨ましくて。どうしたらそうなれるんでしょうって。本気で夢中になるってそういう事なのか、って感動しました!」


 アリシア、あのな……。

 そういうとこだぞ。


「……何か、おかしなことを言ったでしょうか?」

「おめーが相手じゃなかったら馬鹿にしてるって受け取ってるぜ」

「うん。アリシアさんには悪いけど私にもそう聞こえたわさ。言い方には気を付けた方がいい」

「そうですか。すみません」


 短くも濃厚な付き合いを通して、俺もカレナも理解した。

 このお姫様、言動に一切の悪意がないのだ。裏も表もない。好きは好き。嫌いなことは嫌い。物事に感動したり感心したりすると、空気を読まずに思ったことを言う。


「姫サンは、趣味とか好きな遊びとかないのか?」

「子供の頃はありませんでした」


 だろうな。

 年に一度の聖誕祭すら、自由に参加できなかったくらいだ。


「けれど、今はあります。ああ、でも、これは遊びと言っていいものかどうか……」

「何だ?」

「お二人とも、笑わないでくださいね」


 俺とカレナが頷いた。



「ハルさんのご飯を作ったり、おやつを作ったり、お風呂のお湯を用意したり、服の着替えを洗ったり――身の回りのお世話をする事がとても楽しくて」

「…………」


 だからな、アリシア。

 本当にそういうところだぞ。


「わたくし、簡単な家事をしたことも、誰かの役に立ったことも今までなかったので」


 分かるよ。お前、裏も表も打算もなしの本心で言ってるだろ。それは分かる。

 だからこそ俺は、どう返せばいいか困るわけだ。


『うわー。うわー。うわー。これはハルにクリティカルヒットじゃあ……。アリシア嬢、ついにやりおったぞ』


 リィ、後で覚えてろよ。


「ぷ……。あはははは、ごめ、限界」


 カレナが笑った。


「ほうら、笑った。馬鹿にして。無責任です。失礼です」


 ぷい、とアリシアがそっぽを向く。たき火の炎に照らされた顔が赤い。


「いやさ、そういうことじゃなくて。あんたらさ、無事にこの戦い乗り切ったら付き合いなよ。世間知らずのお姫様と世間ずれしてるお馬鹿。お似合いだわさ」

「…………」

「…………」



 カレナがとんでもないことを言いだして、俺は肩をすくめた。

 アリシアはそっぽを向いたままだ。


『嬢ちゃんの方はまんざらでもなさそうじゃのう……』

「リィさんも。恥ずかしいのでやめてください」


 恋愛脳どもめ。


「人間、生きてくためには死ねない理由が必要だわさ。ああそうだ、この際だから言っておくけど、ありがとうね、アリシアさん。貴方がいてくれたおかげで、ハルと仲直りできた」

「ああ。その点は感謝してもしきれねえ」


 ずっと……。


 ずっとずっとずっと。

 ずっと、俺たちはまともに話が出来ていなかった。


 俺が不在の時に村に魔物が来て、産まれたばかりの俺たちの子供が殺されて、カレナが責任感に潰されて、飯を食えなくなって。

 やせ細って、死ぬ手前まで衰弱して……。


『ガキなんぞまた作ればいいだろう。いつまでもこだわるな。死にてえのか馬鹿が』


 俺が禁句を言って。

 凄まじい形相でカレナがキレて、喧嘩別れをして――。


 それっきりだった。


「ずっと言えなかったけど、ハル。私ね、子供が産めない身体なんだ。あの子を産んだ時の後始末が悪くて、二人目は無理だろうって言われてたの」

「~~~~っ」


 嗚呼……。


 そうか。

 そうだったのか。

 馬鹿は俺だったのか。


「すまねえな」

「いいんだ。もしかしたらだけど、作れるようになるかもしれないし」

「……どういうことだ?」

「ルナさんとの契約でね。一連のお仕事の報酬に、不妊治療? っていうので、私の身体を治してくれるって。きちんと診なてからでないと確約はできないけど、ルナさんと契約してる悪魔の医療技術を借りれば十分に可能性はあるって」

「…………」


 そういうことか。

 俺以上にリスクに敏感なカレナが、こんな無謀な案件に首を突っこんでた理由はそういうことだったのか。


「ああでも、勘違いしないで。今さらヨリを戻したいとかそういうのじゃないんだわさ。ほら、ハルと再会した時は相変わらずの冷戦状態だったでしょ。顔合わせたらどうしても喧嘩した時に言われた言葉を思い出して、カリカリしちゃってね。だからこれは、私の気持ちの問題だわさ」

「カレナ」

「はい」


 真っ直ぐに、俺たちはお互いの目を見つめあう。


「おめえが子供を産めるかどうか、俺たちが元の鞘に戻るかどうか。とりあえずそれはさておく。ぬか喜びなんぞしたくねえし、俺もお前も色々と気持ちを整理する時間が要る」

「うん。そうね」

「その上でだ。この戦いが終わったら、墓参りに行こう。俺たちの子供の墓参りだ。二人とも生きてお参りして、俺らの子供にきちんと謝ろう。報告しよう。お前の仇はとったってな」

「わかった」


 カレナが、目尻を手でぬぐった。


「アリシア。俺からも礼を言っておく。おめえがいてくれたおかげで、ようやく俺たちは前に進める。あとは魔王をぶっ殺してケジメをつけさせて、全員生還して締めだ」

「……ええ」


 アリシアはうつむき、小声でそう返す。

 しかしすぐに顔を上げて、俺たちに笑顔を見せた。


「わたくしも頑張ります。必ず二人は死なせませんから」

『健気じゃ、健気すぎるぞ、アリシア嬢ちゃん……』

「アリシア、おめーも生き残るんだ。リィもだ。師匠も。カレナも俺もだ。俺たちは一人も死なねえ。魔王なんぞには殺されねえ」


 日が昇る。

 朝焼けが、俺たちの身体を照らした。

 俺は右手を前に出す。

 カレナがそれに自分の手を乗せ、目くばせに気づいたアリシアも手を差し出す。

 三人の手が重なり合った。


「生き残るぞ」


 ぐっと、重ね合う手に力がこめられる。

 俺たちはうなずき合った。


 次いで、地面が揺れた。やや遅れて、遠くから爆発音が聞こえてきた。

 師匠が仕掛けた核が爆発したのだ。

 それが、最後の戦いの始まりだった。



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