第40話 決戦前日
――魔王side
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ……。
時計の針が回る。時を刻む音がする。
魔の山、アーヴァイン。その地中。
魔王ワルプルギスナハトの鎧は、埋められていた。
マグマが冷えてでき岩盤層をくりぬかれ、上から大量のコンクリートを流し込まれて密封された。おまけに、置き土産付きだ。
『抜け作のフェルビナクめが。くだらん嫌がらせをしてきおる』
人類最強にして希代の魔術師を、抜け作と評する。
魔王の鎧が寄生した勇者ルナの口から、く、く、く、と、しわがれた笑いがこぼれた。
“次が最後だ”
“全戦力を投入する。出し惜しみはしない”
あの台詞は、事実なのだろう。
『もはや、なりふり構わなくなったか』
楽しい。
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ……。
チープなアナログ時計の針が、時を刻む。
時限爆弾だ。
爆縮レンズに繋がれている。時間が来れば核爆発が起こる。
なるほど。もはや人が住まぬ魔の山の、それも地中深くで核爆発が起こったところで、地上への影響はせいぜい地震が起こる程度だ。
ただし。
至近距離にいる自分は、核の直撃を食らう。
ああ、楽しい。
『どうして人間は、こうも愚かなのか……?』
超人となり数百年も生きた魔術師ですら、同じことを繰り返す。効かないということが理解できない。その愚かしさがたまらなく楽しかった。
“荷電粒子砲なら穴があけられるはずだ”
“核なら焼き払えるはずだ”
馬鹿か。
馬鹿しかいないのか?
何度、返り討ちに合えば無駄だということを理解できるのだ?
たかが荷電粒子ごときを、たかが核ごときを、なぜ切り札に据えられるのだ?
出力をあげたところで、たかがしれている。
賢かった奴は、自分に効く攻撃を加えられたのはただ一人、化け物めいた力を持った勇者ルナだけだ。そのルナにしても、隙をつき、寄生して身体を乗っ取ってやった。
馬鹿を馬鹿にするのは楽しい。
勘違いしている馬鹿ならなおさらだ。
“勝てる。勝てるはず”
“だってあの時は上手くいったのだから”
“これだけの準備を、努力をしてきたのだから”
“魔物たちには勝てたのだから、魔王にも効くはずだ”
勝てると思い込むために、準備をする馬鹿どもの姿にわくわくした。
『楽しみのためには、我慢も必要よな……』
弱い者を虐めるのが好きだった。
特に好きなのは子供を母親の前で殺すことで、血まみれになった躯をかき抱いて嘆き悲しむのを見る姿の美しさに打ち震えた。
後日、その父親が復讐に来たのを返り討ちにするのも楽しかった。
決死の覚悟で挑んでくる挑戦者の、あらゆる攻撃を避けることもなくすべて食らってやった。
効かない。
効くはずもない。剣も弓も爆薬も魔法も、完全剛体のこの身体に傷を与えられるわけがない。
復讐の狂気が、決死の覚悟が、恐怖に塗りつぶされていくのが好きだった。
心が折れて、命乞いをする人間をじっくりと殺していくのが好きだった。
馬鹿を馬鹿にするのは楽しい。
勝てると勘違いしている馬鹿ならなおさらだ。
だから、待ってやっている。
抜け作のフェルビナクが、こちらの要求を呑んでアリシアを差し出すことなどありえない。それは分かっている。分かっている上で、一か月という期限をくれてやったのだ。
勝てると勘違いさせるために。
『それに、ハルとカレナだったか。なかなか、面白いことをしている』
復讐に酔い、刃を研いできた馬鹿たち。
暇に耐えかねて魔物を作り、様子見がてらアリシア立にちょっかいをかけてよかった。
思い出せたからだ。
何年か前。ルナの支配力が弱まった頃。検証と楽しみを兼ね魔物を作って村を襲い、人間たちを殺した。あの時は、直接、人を殺すことはできなかった。しかし配下を駆使して間接的に殺すことなら簡単にできた。
その際に、赤子を殺した。産まれて数か月程度の小さな可愛らしい赤子を。
腐りゆく躯を抱きかかえて、絶望に染まった母親の顔。
死体を前にして、怒りに震える父親の顔。
思い出した。あの時の夫婦だ。
あの時、殺さなくてよかったなあ。
これから殺すのが楽しみだなあ。
どちらから殺そうか。母親からか、父親からか。両方とも一度には駄目だ。どちらかを殺した時の、生き残った片方が嘆く顔が見たい。
その後、命乞いしてくるまで痛めつけてみたいなあ……。
『うふふふふ』
魔の山、アーヴァインの地中深く。分厚いコンクリートで固められた中。
核爆弾の起爆装置が、チクタクと時を刻む。
カウントダウンが終わるのを、魔王ワルプルギスナハトはわくわくしながら待っていた。
***
決行日の前日――
「何でもありか……」
それが偽らざる俺の印象だ。カレナも、アリシアも、驚いて声が出ない。
まず、リィがめちゃくちゃでかくなった。
全長三百メートル。冷却装置を含めた重量は二千トン以上。
電磁力で弾を発射する兵器らしい。火薬、爆薬の爆発を利用する火器とは根本的に違う代物だ。
なるほど。
爆薬の燃焼速度はせいぜい秒速二キロメートル。魔力でブーストをかけても爆轟のガス膨張速度はさほど上げられない。化学反応では限界がある。
電磁石なら、得られる速度は青天井だ。磁場の強度を上げ、砲身をめちゃくちゃ長くすることさえできれば幾らでも弾速をあげられる。
『最終形態では、星を
可能だろう。今のリィなら。
いやしかし。
“そこ”ではないのだ。
リィがでかくなるのは既定路線で、ここまででかくなるのは確かに驚いたが俺たちが声を失うほどではない。言っちゃなんだが、俺の相棒の異常ぶりにもアリシアの規格外な魔力のでかさにもけっこう慣れてきた。
「
「たわけ」
そう。
増えたのだ。
俺たちの前には、師匠が三人いる。
人類最強にして希代の魔術師、何百年も生きてきた化け物が、同じ顔をそろえて立っていた。
分かり易く、師匠Aと師匠Bと師匠Cと呼ぼう。
服も顔立ちも一緒なんで見分けがつかんわけだが。せめて服か髪型くらいは見分けがつくようにして欲しかった。
「
師匠Aが言う。師匠Bと師匠Cはこちらを見て黙っている。
「はあ……」
どこから突っこめばいいのか。
いやさ、師匠が増えた、だけじゃないんだ。まだあるんだ。
「で、このいっぱいある鉄の塊みたいな奴は何なんすか……?」
そう。
整然と並ぶ、超でかい鋼鉄のだんごむし的(?)な? 群れ? すまん、驚きのあまり頭が悪くなってるな。言葉が上手く出てこねえ。
なんつーか、独特の物体だ。車輪が連なった上に砲台がついている。
「これが戦車だ。機甲師団を用意した」
「はー……、これが……」
実物を見るのと聞くのとでは大違いだ。
俺は戦車の実物を見る前に対戦車ライフルをぶん回してたからな。なるほど、これが戦車か。確かにごつい。装甲が分厚い上に傾斜している。
俺らの世界の狙撃手が使う普通の弾丸じゃ、簡単には撃ち抜けないだろう。
「三百両から成る戦車に、装甲車二百両、垂直離着陸が可能な戦闘機三十機……悪魔が管轄する博物館に展示されていた骨董品さ。毎年メンテナンス費用をドカ食いするために廃棄されかけたところを、こたびの戦のためにタダ同然で買い付けた」
目の前に整然と並ぶ、異世界の兵器群。
この数日、師匠が俺らをほっぽって朝から晩まで何やってたかってーと、ここら一帯の地面を更地にしてから舗装してコンクリートで固めてたわけだが。
この兵器を展開するためにやってたのか。
「…………」
俺も、カレナも、アリシアも、声が出ねえ。
てかこれ、俺らいらなくねえか……?
「機甲師団は時間稼ぎにしかならんさ」
「ですか」
考えが顔に出ていたのだろう。師匠Aが肩をすくめて答えた。
「完全剛体の装甲を突破するには核以上の火力が要る。グリグオリグの力を頼るしかない」
「素朴な質問いいっすか?」
「うむ。なんだ?」
「リィなら破壊できるって保障はあるんですか?」
「昔、勇者であった頃のルナ・パーシヴァルがあの鎧に傷をつけた。その時にルナが使った力から魔王の鎧を破壊するのに必要なエネルギーを算出し、アリシアが受け継いだ魔王の魔力量を加味して安全係数をかけた」
「平たく言うと、理論上は問題ないと」
「そういうことだ。検算は何度もした。問題ない」
「…………」
師匠には悪いが、不安がある。といっても信じてないわけじゃない。半信半疑という奴だ。
机上の作戦が実戦で使えなかった、なんてことはこれまでの仕事でざらにあった。そうならなければいいんだが、何せ相手は魔王と俺の師匠だ。
どちらも人外、俺ごときが生涯かけても到達できない領域にいる。
つまり、分からん。俺には、判断する材料がない。だから本番で確かめてみるしかない。
どのみち数日以内に魔王を殺せなければ、俺は首にかけられた呪い(師匠でも解呪は不可能だった)が発動して死ぬだけだ。アリシアもいずれ殺される。カレナだけは逃がしたかったんだが、子供の復讐が絡んだんでそうもいかなくなった。
「明日の夜明けに、地震が起こって魔の山一帯が消滅する。それが開戦の合図だ」
「地中に核を仕込んだんですか?」
山をくりぬいて魔王を埋めてきた、という話は聞いていた。
「察しがいいな」
無茶苦茶だ、この人。
「あの。山の近くで暮らしている人は、どうなるのでしょうか……?」
ずっと黙っていたアリシアが、師匠の目を正面から見すえて尋ねた。
「人払いは済ませてある。この周辺も含めてな。カタギに迷惑はかけんさ」
「よかった。失礼しました、ご先祖様」
まあ、そりゃそうだよな。
こういうところがなきゃ、とっくに俺は師匠から距離を置いて逃げてるね。
「今夜が最後の晩餐になるかもしれん。今さらかもしれぬが、思い残しがないように歓談をしておくといい。私は装備の最終チェックをしてくる」
「うぃっす」
さて。
三人とリィで、いつも通りに飯を食うか。
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