第39話 決戦準備2~幕間~

 

 魔王暗殺の決行予定日まで、あと十日と少しになった。

 俺たちの野宿は続いている。魔王の配下に襲われるのを警戒して――だけではない。

 リィが、真の姿を取り戻しつつある魔砲グリグオリグがでかくなりすぎて、屋外にしか置けなくなったからだ。

 対戦車ライフルはおろか、カール自走臼砲すらもが通過点だった。

 今のリィの全長は、五十メートルを超えている。


「理論上では――」


 作戦会議にて、師匠が説明してくれた。


「グリグオリグ最終進化形態の有効射程距離は、一千万キロメートルを超える」

「単位がでかすぎて実感わかねえっす」

「月を超えた向こう側、星から別の星まで届く距離だ」

「はぁ……」


 超人と魔王の世界はわけが分からん。


「複雑な弾道演算に、一般相対性理論に基づく重力係数の補正、それに複数のデータリンクシステムと連動できたとしての話だ。むろんこの星にはそんな便利なものはないので、ハルに覚えてもらった魔術の術式にて自動追尾ホーミング機能を加える。この場合の最長射程がおよそ千キロメートル」

「一万分の一っすね」


 いきなり分かりやすい数字になった。

 にしても、射程距離千キロ。短距離弾道ミサイル並みだ。一万分の一つっても国を一つか二つまたぐレベルだ。


「昔に試作機で試射したところ、二百キロメートル以内ならば握りこぶし大の的へ当てられた。標的が人間サイズならば十分いける」

「もしも外したら?」

「我々が全滅する」

「ですよね」


 即答だった。我ながら馬鹿なことを聞いたもんだ。


「今いるこの場所から魔の山までの距離がおよそ七十里、二百八十キロメートル。今回の作戦では、魔砲から二百キロメートルの射程圏内、できれば百キロ以内にまで魔王をおびき寄せつつ、行動の自由を奪う。動きを止めたところへハルが砲撃してもらう」

「了解っす」

「決行の際に有力な魔王の配下による妨害が予想される。魔王は私が抑えるが、雑魚を相手にする余裕はない。ゆえにカレナ、アリシアには、そいつらの処理を頼みたい。ハルは当日の弾道演算術式を組み、射撃を確実に当てるのに集中してくれ」


 引き金を引くだけの、簡単な仕事ってわけではない。

 俺もカレナもアリシアも師匠も、全員に為すべき役割があった。






『えーのか、ハル』

「何がだ?」


 朝。

 ちまたで流行のくしようじと塩で歯を磨いていると、そびえ立つ砲台と化した相棒が上から目線で俺に尋ねてきた。


『今ちょうど、べっぴんどころの裸を見るチャンスじゃぞ』

「あん?」

『カレナ嬢とアリシア嬢がそろって水浴びしちょる。なんやかんや、いつもより長く話をしとるみたいじゃのう』

「…………」


 カレナとアリシアの裸か。

 そういや、ちんちくりんのカレナと最後に夜を過ごしたのはいつだったかな。背中に当たってたアリシアの膨らみのでかさの方は記憶に新しいんだが。


『大きな戦の前じゃ。ちょっとくらい羽目を外してもばちはあたらんとおもうがのー。ほれ、わらわの上によじ登ってそこの遠眼鏡を覗くだけじゃ。特別に今回だけはくだらん密告もせんぞ』

「ぺっ」


 口をゆすぎ、使いきりの櫛ようじを魔法で燃やして捨てる。


「いらん気遣いだぜ。六年前なら乗ってただろうけどな」


 あの時はカレナと小国のお姫様だったか。状況は似てる。

 勇者ライオネル率いる精鋭パーティ一同が竜の巣からお姫様を救出後、湯治で有名な村で疲れを癒すことになって――


 覗きをしようとしたら下手うって、クレアばーさんに殺されかけたなあ……。

 いやさ、先導したライオネルさんも一緒に殺されかけてたからなあ……。


 レベッカ姐さんの妨害のせいでお姫様の裸もみれなかったし、ばっちり見れたカレナは貧相かと思いきやけっこうあったし。


 まあ、カレナとは結婚後にエロいことをさんざんしたわけだが。


「そういや、俺と姫サン、じゃねえ、アリシアって十歳も違うんだったな」

『カレナ嬢とは十二歳違いじゃのう。どうなんじゃハル。口は悪いが甲斐性ばつぐんで才覚ある姉さん女房と、若くて性格も良くてプロポーション抜群で従順な超絶美人のお姫様、どっちが好みなんじゃ?』


 しらねーよ。


 どうして女はこの手の話題が好きなのかね。まあ、リィは銃もとい大砲なわけだが。メンタリティは女だ。しかもゴシップなネタになると超めんどうくさいやつ。


「あいつら、二人きりの時はどんな話をしてるんだろうな」

『あからさまにはぐらかしおった』



 ***



 ――アリシアside


 服を着ていない。産まれたままの姿だ。

 水浴びをしている。より正確にはお湯浴びか。

 穢れがあると魔術の修業に支障が出るらしく、毎朝と毎夕に泉で身体を清めるのが日課になっていた。

 カレナさんも一緒だ。

 初めの頃は、『何食ったらそんな身体になれるのか教えて欲しいわさ』と言われて気恥ずかしかったが、数日も過ぎれば裸を見られるのにも慣れた。

 王宮暮らしの頃は、侍女に身体を洗ってもらっていたし、服の着せ替えもしたことはなかった。それが今や、“自分で出来ることは自分でする”だし、“分からんことは教わってやる”になっている。

 そのせいだろう。

 毎日が充実している。

 ハルさんと旅をしてからの一か月足らずの体験は燦然さんぜんと輝き、王宮での退屈に満ちた十五年は今このためにあったのかとすら思ってしまう。

 ハルさんやカレナさん、それにご先祖様には申し訳ないけれども、どうしても楽しさや嬉しさという感情を抱いてしまう。

 それに――。


『アリシアの力が必要だ』


 ご先祖様、ハルさん、カレナさんから言われた。

 仲間たちから頼られた。

 魔王への生贄としてではなく、一人の人間として尊重され、期待されるのは産まれて初めてだった。

 だから、応えたい。

 期待に応えたい。

 ハルさんにも、カレナさんにも、ご先祖さまにも死んでほしくない。


「アリシアさんって死線をくぐったが事あるの?」


 カレナさんから、唐突に尋ねられた。


「?」

「ああごめん、意味が分かんない言い方だったわさ。いやさね、魔王なんて化け物に狙われているのに、ずっと落ち着いているのが不思議でね」

「…………」


 言われてみれば、確かにそうだ。

 数週間前、魔王と遭遇したときは逃げるしかなかった。その時はハルさんの右腕が犠牲になった。ご先祖様が助けに来ていなかったら終わっていた。

 魔王様の強さ、恐ろしさは、間近で感じている。

 そんな相手との戦いを数日後に控えているのに、気分は不思議に高揚していた。

 何故だろう。分からない。

 自分の内にあるものが、上手く言語化できない。


「カレナさんはどうなのですか?」

「そりゃ怖いわさ」

「落ち着いているように見えます」

「まあね」


 桶を使って、カレナさんが泉から汲んだ水を自分の身体にかける。

 ほかほかの湯気が出ているのは、魔術であらかじめ温めてあるからだ。これも自分の修業の一環で、水を適温のお湯にするのは数秒でできるようになった。


「辺境で傭兵やってると、良くも悪くも怖いことには慣れるんだわさ。魔物を前にびびってすくんでたら死んじゃうだけだしね」

「慣れですか」


 なるほど。

 それなら、経験がある。


「質問の答えですが、話下手なので少し長い話になります。すみません」

「ん。どうぞ」

「わたくしは、魔王様の花嫁となるべく育てられてきました。それが国家を救うためだと」


 人間を食べる魔物の上に君臨する、魔物の王。

 祖国のフェルビナクでも魔王の悪評は高く、そんな存在の妻となる自分へ向けられた視線は、生贄に対する憐れみと同情の念だった。


「わたくしの国でも魔王様は殿方だと考えられておりました。そして、人ならざる者から何をされようとも機嫌を損ねないように、その……睦言の際に乱暴なことをされても、耐えるように、覚悟を持つように、言い含められて暮らしていました。それは、どうにもならないことだからと」

「…………」


 わたくしの言わんとすることを、分かってくれている。

 そういう表情をして、カレナさんは余計なことを口にしなかった。


「ですから、今が嬉しいのです。たとえ死ぬことになろうとも、人としての尊厳を保っていられます。もしも生き残れたら、ハルさんからの借りをお返しできますし」


 絶望の中にいた。

 産まれた時から望まぬ運命を押しつけられ、そこから逃れることもできず、外の世界に憧れた。

 ただ、一つ。

お祭りの日に買った、ガラス玉だけが心の支えだった。お金はまだ支払えていないけれども、そのガラス玉だけは、自分の力で、自分の意志で手に入れた宝物だった。


「借り? ああ、縁日でガラス玉を買った話のやつか」

「はい。今回の事がうまく終わったら、ご先祖さまが報酬を出すとおっしゃっいました。ですので、銀貨三枚をいただくつもりです」

「…………」


 カレナさんが、呆れ顔でわたくしを見た。


「銀貨? 三枚? たった?」

「はい。おかしいでしょうか?」

「そこはもっとふっかけなきゃダメでしょ。相手は伝説の王様で、今じゃ人類で最強の魔術師よ。金貨百枚でもいけるはずだわさ」

「そういうものなのですか」

「はー……」

 

 また、呆れられた。

そんなに嘆くようなことだったのだろうか?


「身体の発育はすっごいし、考え方もめちゃくちゃしっかりしてていい子なのに、そういうとこは……、言っちゃなんだけどお子様だわさ」

「すみません。約束したお金を返すということだけしか考えていなくて。わたくしの力で稼いだお金であることが重要でしたし」

「いい。理解した。アリシアさん。後で避妊のためのマジックアイテム分けてあげるわさ」

「…………。ええと……?」


 避妊?

 なぜ、そんな話に?


「この先、ハルとあれやこれやあるかもしれない。そこは色々ともにょもにょするところもあるけどさておくわさ。でもね、ハルはともかくアリシアさんに生活力がないうちは子作りしちゃ駄目。エッチをするなとは言わないけど、後先は考えるべきだわさ」

「は、はあ……」


 顔が火照る。きっと赤くなっていることだろう。さっきからかぶっているお湯のせいではない。

 ハルさんと、そういう関係になることを想像してしまったからだ。

この期に及んで期待してしまったからだ。


「ハルさんの奥様は、カレナさんなのでは?」


 尋ねると、カレナさんの肩ががっくりと落ちた。


「すんごく面倒くさい別れ方をしたんだわさ。今さらあれこれなかったことにしてよりを戻せたら苦労しないんだわさ……」

「はあ」


 ハルさんは、カレナさんを愛していると思うけれども。

 それを口にしないのは、わたくしの中にある浅ましい嫉妬のせいだろう。


「この際だから聞いてくれる? 別れた理由あれこれ。あ、ハルには絶対言っちゃあかんやつよ。この場だけの秘密」

「聞かせてください」

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