第38話 魔砲グリグオリグ

 

「よし。訓練方法を変えるわさ」


 ぱん、と両手のひらを胸の前で合わせ、カレナが宣言した。


「ハル、しばらくあんたの面白おかしい相棒を貸して」


 カレナは言うなり、火縄銃から対戦車ライフルへ変態したリィに手を当てた。


『失敬なやっちゃの。やんごとない高貴な血筋のわらわにむかって』

「おう。構わねえが何をするんだ?」

「クイズ大会」

「は?」


 ・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・。


 おのれ。


 おのれ。おのれ。おのれ。

 悪魔か。カレナの奴。

 実に効率的で、恐ろしい嫌がらせを考えつきやがった。


「アリシアさんの覚えの進捗に合わせて、ハルについて知りたいこと聞きたいことを包み隠さず教えるわさ」

「馬鹿かおめー」


 そんなくだらねえ、ご褒美にもならん景品で、魔術の習得がうまく行くのなら苦労はし――


「…………」


 同意を求めようと、アリシアの方に視線をやった俺は、絶句した。

 何だこの、尋常じゃねえ魔力は。

 目視でオーラが確認できる。アリシアの身体の周りの空気が陽炎のようにゆらゆら揺れている。

 アリシアがその気になれば、俺とカレナは死んでしまうだろう。それくらいすさまじい力だ。


「ハルさんがよろしければ、それでお願いします」


 ・・・・・・・・・・・・・・・。


 ・・・・・・・・・。


 おのれ。


 いろいろと言いたいことはあるが、アリシアが魔力の扱いをマスターせねば、俺たちは全滅する。なにせ相手は魔王だ。手段を選んでいる暇もなければ、余裕もない。


「命を預ける相手のことを、ほとんど知らないというのもどうかと思いますし」


 まったくもって、ごもっともだ。

 俺だって見ず知らずの相手を助けるために命がけになる気になんてなれねえ。ああ、金をもらえるなら話は別だ。傭兵だからな。


「だったら俺も、姫サン、もといアリシアのことを教えてもらうのが筋ってもんだろうよ」

「はい。ハルさんが聞いてくれるのなら喜んで」


 笑顔がまぶしい。

 すまねえな、アリシア。

 アリシアのことを知りたいって交換条件は、俺にとっての恥部をあれこれ漏らして欲しくないって意味の、つまり抑止力のつもりだったんだが……。


 まあ、いいか。アリシアの言うとおりだ。

 命を預ける仲間のことを知っておくってのは、悪い話じゃない。


『ぷふぅ』

「笑うな」

『口の聞き方に気をつけるんじゃな、小僧』

「こぞう……?」

『わらわがこれまで貯めに貯めてきたハルの恥部エピソードが火を噴くわえ』

「どいつもこいつも、悪のりしやがって……!」


 冗談抜きで頭を抱えた。

 厄介なことにリィとは十年来のつき合いだ。俺の半生を熟知してる上に、こいつもカレナと同じくくだらんことばっかり覚えてやがる。


『どれを話そうかのー。やはり武器屋のおっさんに騙された話は鉄板かのー。それとも初恋の話がいいかのー。珍味と抜かしてバラムツ食った話も面白いのー。迷うのー』


 ・・・・・・・お、の、れ!



 ***



 魔王を倒す。

 そのために、リィの、魔砲グリグオリグの真の力を引き出す。

 魔砲グリグオリグの真の力を引き出すためには、魔王の力を、つまり、魔王の力を引き継いだアリシアの魔力をそそぎ込むしかない。


 そういう理屈なわけだが。


 カレナの提案から数日後。

 アリシアは魔術を、魔力を扱う方法をめきめきと覚えてゆき、覚えたそばからリィへとふんだんな魔力を注ぎ込んでいった。


 まあ、なんだ。

 俺とアリシアの差を、つくづく思い知らされた。

 俺が十年以上も愛用していたリィの形態は火縄銃だったわけだ。

 それが、だ。

 ほんの少しアリシアの力を受けただけでリィは対戦車ライフルへ進化した。それだけでも十分、俺の傭兵としてのプライドをへし折ってくれたわけだが。


 リィの形態には、さらに先があった。

 注ぎ込まれた魔力に比例して、リィはさらなる進化を遂げていた。

 その光景を目の当たりにした今、俺の才能がちっぽけかどうかなんて、どうでもよくなった。


 俺がカスだったわけじゃない。

 アリシアが規格外すぎるのだ。

 再会したときに感じた俺の勘は大当たりだった。天才だ。俺が生涯をかけて到達できる領域をあっさりと超えた、人殺しの才能がアリシアにはある。


 今のアリシアに対抗できる奴は、俺の師匠と魔王だけだろう。


『わらわ、とんでもなくでかくなっちょるみたいだのー』


 天高らかにそびえ立てつ――とまでは言い過ぎだが、リィは俺の背丈はおろか家の大きさを越えるレベルまで巨大化していた。

 もう、変態した俺の両腕で抱えることもできない。

 でかさで言えば、泥の魔物と同じくらいか。

 これはもはや、銃の範疇には収まらない。

 大型の兵器だ。

 なるほど。

 魔砲グリグオリグとは、銃ではなく大砲だったのだ。


「カール自走じそう臼砲きゅうほうにまで進化したか」

「うお」


 いつの間にか、俺の背後に師匠が立っていた。

 相変わらずの神出鬼没さだ。


「かーる……?」

「自走臼砲。ここではない異世界での戦争で使われた兵器だ。全長十一メートル。口径五十四センチ。有効射程約十キロメートル。マジノ要塞線用……平たく言えば攻城兵器のたぐいだ」


 ……その後、師匠が延々と兵器のスペックを解説してくれたが割愛する。

 ああ、一個だけ重要な事があった。重さは百二十六トンあるらしい。


「でかすぎますけど、魔王城の近くまで運べるんすかねこれ」


 自走砲というからには、動くんだろう。

 しかし勾配の激しい魔の山まで、こんなん持って行っていけるのか?


「あ、そうか。火縄銃か対戦車ライフルの状態で担いで運んで、直前で魔力を流し込んでこれにすりゃいいのか」


 自分で質問しておいて、聞く前に合点する。こういうところが抜けてるんだよな俺は。ちょっと考えれば分かる話だ。


『んんん? 抜けとるどころか賢い方じゃろ。普通なら問題点にも思いつかんわ』

「ほめてくれてんのか、けなされてんのか、たまに分からんなお前」

『ひねくれ者め』


 ふん。連日いじられれば、拗ねもするわ。

 カレナと共犯になって、アリシアに俺の過去をあれこれと吹き込みやがって。


 初めて手に入れた傭兵の稼ぎを、先物相場に突っ込んですっからかんにした話とか。

 付き合いたてのカレナに初めて贈った花束の花言葉が、“私はホモです”だった話とか。

 バラムツを食って、翌日の夜までケツからオイルを垂れ流し続けた話とか。

 ネタの全部が脚色のない事実であるだけに、余計に腹が立つ。


 ああ、アリシアの名誉のために一つつけ付け加えておこう。。

 俺の尊厳を傷つけそうなネタになると、途中で遮って聞こうとはしなかった。性癖にまつわるあれこれの生々しい話とかな。


「いや。これではまだ足りん。使えん」


 師匠の言葉に、話の本筋を思い出す。


「この状態では貫通力ではバンカーバスター以下、熱も爆圧も核弾頭以下。ワルプルギスナハトの鎧を抜くには威力が足りん」


 核兵器とかいう代物の威力は、ガキの頃の修業時代に教わっていた。


「弾を核弾頭に改装しても駄目なんすかね?」

「技術的には可能だが、射程距離が足りん。砲撃手もろとも放射能を帯びた爆風に巻き込まれてしまう。それに何より、戦術核は昔に試したが駄目だった」

「…………」


 やっぱり、アレだな。

 魔王を倒すってのは、俺ごときには理解できんレベルの戦いなんだな。


 一トンを超える質量の弾丸を、十キロ先にまでぶっ飛ばせる大砲を用意して、しかもその弾丸には俺とリィ、アリシアの魔力を上乗せして貫通力、威力をめちゃくちゃ高めて使うって想定をしても、だ。


 魔王を殺すには、足りないらしい。


「ハルさん、夕ご飯の準備できました」


 ちょうどいいところに、アリシアが来た。

 昼過ぎにリィに大量の魔力を――俺が同じことをしたら全身の魔力を放出しきって瀕死になっているだろう――注ぎ込んでなお、余裕しゃくしゃくでカレナから料理を教わっている。


 まだ、全力を出し切れてない感じがするそうだ。

 俺なんぞには到底できないことをしてのけてなお、力の扱いに不慣れで、眠っている力の一部しか発揮できてないと。


「ああ、今行く」

「ご先祖様の分も用意してあります。お口に合えばよいのですが」

「うむ。ありがたくいただこう」


 野宿とはいえ、食料も燃料も近くの住民から買っているので、不自由はない。

 魔物が襲ってくる気配もない。

 俺の首につけられた魔王の呪いが発動するまで、あと、十日と少し。

 俺の方の修業も、それなりに進んでいる。


「アリシア。今夜もまた、お話会をするのか?」

「ハルさんがよろしければ」

「そうか」


 この数日。俺の半生のかなりのことをアリシアは知った。

 俺も同じだ。

 魔王から求婚されたアリシアがどういう子供時代を過ごし、王宮でどんな教育を受けて、俺と旅をするまでどういう暮らしをしてきたのか。アリシアの生涯を俺は知った。

 俺からガラス玉を買った思い出のことも。


 それでもまだ、俺について知りたいことがあるらしい。

 俺に対しても、知って欲しいことがあるらしい。


「師匠にも聞くといいぜ。ある意味、俺以上に俺のことを知ってるからな」


 悪い気分じゃなかった。

 アリシアが俺のことを知るのは、悪い気分じゃなかった。

 いつの間にか、そう思う俺がいた。でなきゃとっくにリィをぶちのめしてるし、カレナにも怒鳴ってやめさせてる。


「ふむ。アリシアの訓練の一環だったか。私も喋ってもいいのかね?」

「お手柔らかにお願いします」

「ふ」


 師匠が、にやりと笑った。

 その夜――。


 俺は、“ほめ殺し”という言葉の意味を知ることになった。

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