第35話 魔物狩り2

 


「ボアアアアア!」


 何発もぶち込まれた鉛弾をものともせず。泥の魔物が、俺めがけて肉薄してくる。進路上の森の木を薙ぎ払い、拾い、投げつけ、俺に当たらなかったとみるや直接殴ろうとしたらしい。


「…………」


 距離およそ四百。遠くはない。近くもない。そして、高低差がある。

 魔物が、予定通りの場所へおびき寄せられた。

 カレナの罠が間に合えばいいが。失敗した場合を見越し、俺はかるかを使い、また火縄銃へ次弾を装填する。


 と――。

 チカッと、閃光が走った。

 俺は伏せ、同時に耳をふさ……右腕がねえのを忘れていた。


 ドオオオオン!


「~~~っ!」


 爆轟が周囲の大気を揺らす。

 かなりの音だ。離れているおかげで鼓膜を破るほどではないが、しばらく右の耳は音が聞こえんだろう。


「やったか」


 泥の魔物が、穴に落ちた。

 地下水の浸食により、このあたりの地下にはそこかしこに空洞がある。その空洞がどのあたりにあるのか、測量士のカレナには植生を少し見ただけで分かるらしい。

 泥の魔物をその空洞の上におびき寄せ、爆薬で地面を粉砕する。天然の落とし穴だ。泥の魔物をそこに落としてしまえば、あとは上から油を撒いてこんがり焼き殺しちまえばいい。


「あとはとどめを刺すだけだな」


 俺たちの子供の仇だ。容赦もちゅうちょもない。俺は立ち上がり、立ち上がるための数秒、魔物から視線を切った。


「「「ボアアアアアアア!!」」」


 ふん。

 クソが、穴に落ちてもがいているのか。


『おい、ハル、何を悠長にしてるんじゃたわけ!』

「どうし」


 リィの声に魔物の方へ振り向いて、俺の心臓が凍り付いた。


「カレナ!」


 泥の魔物が、増えていた。いきなり現れたのだ。

 カレナが囲まれていた。

 一、二……五匹の泥の魔物たちに。

 どこから現れたのか。始めからいたのか。隠れていたのか。俺たちは罠におびき寄せたと思っていたのが、逆におびき寄せられていたのか。

 魔物たちは、カレナが地面を吹っ飛ばした後に増えていた。地中にいたのか。


 やばい。

 現れた泥の魔物たちが手を伸ばせば届く位置に、カレナがいる。

 逃げ場がない。

 爆薬で地面を吹っ飛ばした影響で、周りに凹凸ができている。地面のあちこちにできた段差は、人間の体躯ではすぐには移動できない。


「ファイア」


 俺は一匹の腕を撃つ。撃たれた泥の魔物がこちらを見る。

 しかし、残る四匹の泥の魔物は相変わらずカレナの方を狙っている。


「カレナ、逃げろ!!!」


 銃弾を装填しなおす時間が、無限に長く感じられた。

 分かってる。

 分かってるのだ。

 銃弾を撃っても、魔物にはさしたるダメージにはならない。数十秒で再生する程度の傷しか与えられない。そんなことは分かっているのだ。


 泥の魔物が、巨大な拳を振り下ろす。

 拳の一部がカレナの身体をかすめ、紙人形のようにカレナが吹っ飛ばされた。


「何で俺の方に来ねえんだよクソが!!」


 殺したい。

 守りたい。

 何の為に強くなった?

 これでは、妹の脚を失ったときと同じだ。我が子を失ったときと同じだ。


「こっちに来い、狙うなら俺を狙え!」


 俺の叫びを、泥の魔物は無視しやがった。

 カレナが、よろめきながら立ち上がる。片脚が折れている。

 俺の方を見た。

 泥の魔物がまた拳を振り上げ、殴ろうとするのを無視して、カレナが両手を大きく動かす。

 それは俺たちが付き合い始めた頃、傭兵として仕事をする際に取り決めたハンドサインだった。


『ニ・ゲ・ロ』と。


 カレナの手が云っていた。


「ヴァアアアアア!!!」


 俺の口から、咆哮がほとばしった。

 身体がきしむ。腕がきしむ。脚がきしむ。胸が、腹が、首が、脳がきしむ。

 俺の身体が、俺のものでなくなったように痛む。

 殺す。


「~~~~~!!!」


 カレナを囲む、泥の魔物たちを睨んだ。

 カレナにとどめを刺そうとするクソを、殺意を込めて睨みつけた。

 我が子に続いて、俺に妻まで失えというのか。

 俺だろう。

 やらかして死ぬなら俺の方だろうが。

 俺の命の方が、カレナの命よりもずっとずっと軽いだろうが。

 馬鹿野郎が。

 カレナも、アリシアも。

 馬鹿野郎が。どいつもこいつも簡単に自分の命を粗末に扱いやがって!

 怒りに任せ、銃にありったけの魔力を込める。

 一番むかつくのはてめえらだ。

 脈絡もなく現れて、俺の家族を傷つけやがって!!


「ヴァァイア!」


 殺してやる。

 何千、何万と唱えてきた遠隔爆破呪文が、リィの砲身に火を入れた。


 ドンッ!


 普通に火縄銃を撃った時の何十倍もの衝撃が、俺の身体を揺らす。


「ボ……」


 真っ直ぐに――ライフリングによって回転力を与えられた弾丸が真っ直ぐの射線を描き、カレナにとどめを刺そうとした泥の魔物の巨躯をぶち抜いた。

 ぶち抜いて、身体の内部から炎を上げた。


 徹甲炸裂焼夷弾HEIAP


 俺が魔力を込めたその弾は、徹甲弾と榴弾と焼夷弾の性能を兼ね備えていたらしい。後で師匠からそう解説された。まあ、この時は知るすべもない。


「!?」

『呆けるな、ハル! 次の弾を込めろ。魔物はまだ残っとるぞ、殺せ!』

「ああ!」


 リィの姿も、変態している。それに俺もだ。変態している。

 ようやく自覚できた。俺たちの今の状態に。


 リィは、マウザーM1918対戦車ライフルに変態し。

 俺は、満月の晩にしかなれないはずの化け物に変態していた。

 だからこそ、射撃の反動に耐えられた。


 ごつい銃のボルトをスライドさせ、弾の残骸を排出。呼吸を整え、早合へ魔力を込める。


 丸型の鉛弾が、でかく、長くなり、先端が鋭くなった。

 なるほど、こういうことか。


 ニトロフィックス、つまり俺が窒素を取り込んで筋肉を作る魔法と似たような原理だ。


 周囲の二酸化炭素を集め、鉛の周辺を炭素でコーティングする。そうしてできるのは、粗悪なダイヤモンドライクカーボンとカーボンファイバーの複合体。ダイヤモンドよりは柔らかく、金属並みに固い物質だ。

 これなら、銃のライフリングとほどよく絡む。


 いや。

 理屈はどうでもいい。


 残敵を掃討し、カレナを守る。今すべきことは決まっている。

 銃口部につけた銃剣を照星にし、カレナを取り巻く泥の魔物に狙いをつける。

 仲間が爆発炎上したのにさすがに驚いたのだろう。泥の魔物たちがカレナを襲うのをやめ、こちらを見ていた。


「ファイア」


 着弾。炎上。

 俺の魔力と、リィにより魔王の力を込められた十三ミリ銃弾が、泥の魔物を屠る。

 あと三体。

 ボルトをスライド。弾の残骸を排出。新しい早合に魔力を込める。装填。


「ファイア」

「ボア……っ」


 着弾。炎上。あと二体。

 すげえ。楽だ。

 かるかを使って、銃口から弾込めするより十秒以上早く撃てる。

 撃った際の反動が凄まじいが、今の化け物となった俺ならさしたるダメージじゃない。射撃のたびにイノシシと正面衝突する程度の衝撃でしかない。


「ファイア」


 魔物を全滅させるのに、さして時間はかからなかった。


「カレナ!」


 リィをかつぎ、俺は走った。

 ぐずぐずと、くそったれの泥の魔物が炎にあぶられてのたうっている。

 泥の魔物が燃える中で、カレナが地面へぐったりとうずくまっている。血はあまり流れてない。ダメージは、殴られた衝撃のせいか。

 処置が早ければきっと助かるはずだ。そうでなければ困る。


「ハル……っ、く」


 意識がある。

 俺は安堵した。


「無理に喋るな。魔物は全部ぶっ殺した」

「ごめ。伏兵がいたの、わからんかった」

「どうでもいい。お前が無事ならいい」

「右脚、折れたみたい……けほっ」

「あばらもイってるかもしれんな。わりい。力加減ができねーから肩にかつぐぞ。気をしっかり持て。医者に診てもらえばすぐ元通りだ」

「ん……よろしく」


 カレナの身体を肩にかつぐ。

 三日月亭のマスターはある程度の医術も修めている。ハーフエルフだからだ。カレナを傷つけないように運べば、どうにかなるはずだ。


「ち」

『どうしたんじゃ、舌打ちなんぞして。全員生還で大勝利じゃろが』


 三日月亭の方を向いた俺に、リィが茶々を入れる。

 カレナを抱え、俺は疾走する。時間が惜しい。


「別動隊だ」


 不覚だった。復讐で頭に血が上っていたせいか。

 三日月亭のある方角から、魔物の気配がする。より正確には三日月亭じゃない。村の避難所のあたりからだ。


「この感じは泥の魔物じゃねえ。たぶん、もっと強い奴だ」

『んんん?』

「アリシアがあぶねえんだよ!」


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