第33話 襲撃

 

 カレナ、アリシア、俺。それとリィ。

 三人と一丁の銃で話し合ったところ、次のようにまとまった。


 ①論外。


 一か月以内に魔王を倒す。強制契約系の呪いは術者の死亡で解呪されるため。ただし失敗したら俺もカレナもアリシアもリィも全員死ぬ。そして百パーセント失敗する。


 ②実行不可能な案。


 魔王にかけられた呪いを一か月以内に解析して解呪する。俺は助かる。アリシアは一生魔王につけ狙われる。ただし、呪いの解析も解呪もおそらく人間の手には負えない。


 ③俺がやりたくない案。


 アリシアを魔王に差し出す。アリシアは死ぬが俺は確実に助かる。


 ④アリシアがしたくない案。


 俺を見捨てて逃げる。魔王の呪いが発動して俺は一か月後に死ぬ。アリシアも魔王に一生つけ狙われる。


「つまりね。魔王は倒せず、ハルも見捨てるって選択肢をとった時点で、次は誰がお姫様の面倒を見るのって話になるだけだわさ。アリシアさん、失礼なことを聞きますけれども、魔王に狙われてるのが分かった上で、頼れそうな有力者のあてはありますか?」

「ありません」

「日銭を稼いで暮らしたことは?」

「ありません」

「でしょ?」


 カレナが俺の方を見る。アリシアも俺の方を見ている。

 まとめてみて分かった。

 犠牲者を減らす。その目的を考えた時、アリシアが死ぬのは意味があるが、俺が死ぬのは意味がない。

 それでも釈然としないので、反論を試みてみる。


「アリシアの生活費だったら俺が出せるぜ。手形決済でクレアからたんまり振り込まれるからな」


 何せ、千枚を超える金貨だ。人生を三回くらい遊んで暮らしてもお釣りがくる。そして、死人になる俺には必要がない金だ。


「あ、そうだった。金貨百枚、私の取り分だからね」

「分かってる」


 今回の件でカレナの働きといったら王宮脱出の際に手を借りたくらい。それも契約前の話だが、契約は契約だ。


「でもさ、お金だけ渡されてどうにかなる話なの?」

「…………」


 ぐうの音も出ねえ。


 カレナのように世間ずれしていて傭兵として通用するレベルまで極めた奴ならともかく、箱入り娘のお姫様が生きていけるほど世の中甘くない。金があるといっても、盗まれたら終わりだ。

 それ以前に、魔王から狙われているという状況がどうにかならんことには、いかんともしがたいわけだ。


「始まりは、アリシアを魔王の下へ嫁がせるって話だったんだよな」


 俺の仕事は道中警護で、アーヴァインの山までお姫様を無事に届けるだけの話だった。

 俺にとって魔王様は尊敬してきた相手で、その目論見が何であれ、アリシアは何不自由なく新しい暮らしを送るもんだと思っていた。


 どうしてこんなことになってるのか。


「やはり、わたくしだけが死ねば――」

「おい」

「ハルさん」

「違う。何かおかしい」


 部屋を出る。二階から一階へ。酒場になっている三日月亭のカウンターを素通りし、外へ出る。

 顔が赤く染まった。夕焼けだ。日が暮れかけている。


「どしたん?」


 カレナにアリシアが、俺に続いて外に出た。


「カレナ。あっちの方に何かでけえのがねえか?」

「魔物?」

「かもしれん」


 俺が指さした先は、小高い丘があり、森があった。魔物が潜んでいたとしても、見つけにくい場所だ。さらに先には魔王城と魔の山アーヴァインがある方角だ。


「ピィィィィイ!」


 カレナが口に二本の指をあて、高い音を鳴らした。

 指笛に呼び寄せられ、使い魔の鳩がカレナの腕に止まった。

 発破技師のカレナは、測量の術にも長ける。一流の測量士は、鳥を使い魔にする。


「調べるわ。私の身体、少し見張ってて」


 言うなり、カレナが地面に座った。首がかくんと落ち、身体から力が抜けた。


 二分後。


 意識を取り戻したカレナの表情が、歪んでいた。


「でかいのがいた。こっちへ来てる」


 強そうな魔物か。

 にしても、カレナの顔つきが異常だ。鬼気迫っている。下手な冗談を言えば本気で殴られるような、近寄りがたい雰囲気だ。


「どうした? やばそうな奴なのか?」

「あの子を殺した奴だった」

「…………」


 その時の、俺の顔は――。


 カレナ以上に、キレていたと思う。


「どうして……? きっちり殺したはずなのに……!」

「いい。殺してから考えよう」


 おそらく、同じ種族なんだろう。ゴブリンだってみんな似たような顔をしている。姿や形が似通った魔物もいるだろう。


 “あの子”、とは。


 俺たちの子供のことだ。俺と、俺の妻だったカレナとの間にできた、幼い我が子だ。

 愛していた。俺にとってはカレナと同じく、自分の命よりも大切な存在だった。


 だから。

 仇はとらなければならない。

 それが無関係の、ただ単に外見が似通った魔物であろうがなかろうが関係ない。


「そうね。殺そう」

「ああ。殺そう」

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