第28話 三日月亭にて
「夢か……」
目を開けると、木造りの天井があった。
清潔なシーツに、綿が入ったふかふかのベッド。少し固いが、枕まである。しかも、個室だ。見慣れた宿だった。
同郷で顔見知りのハーフエルフが経営している宿だ。
酒場・三日月亭。金を出せば宿も貸してくれる。
カレナと落ち合う約束をしていた場所だ。
どうやってここまで来れたのか。記憶が飛んでいる。誰かに運ばれたのか、それとも自分の足で来たのか……。
「とんでもねえ夢を見たな」
あたりを見回す。
俺が寝ているベッドに、相棒の火縄銃が立てかけられーー
「…………!!!!!!」
なんじゃ、こりゃあぁ!!!???
『起きたか、ねぼすけめ』
「おま……っ!!」
頭に響くいつもの声に、目に入った”それ”が相棒だと認識できたわけだが。
『なんじゃい。馬鹿みたいに口を開けおって』
「おまえ、リィか?」
『あん? かくも美しく高貴なオーラを放つ存在がほかにおるかたわけ』
「その勘違いぶり、間違いなくリィだな」
驚きから立ち直るために、少し深呼吸してみる。
意識を失って、寝て、変な夢を見てから目が覚めたと思ったら、相棒の喋る火縄銃が別なモノに変わっていたのだ。
俺じゃなくても驚くだろう。
マウザーM1918ーー対戦車ライフルーー
という名前の兵器だと、しばらく後で師匠が教えてくれた。戦車ってのは鉄の装甲を持った動く砲台らしい。
師匠曰く、
「骨董品だな。これが活躍できたのはせいぜい第二次世界大戦までだ。火縄銃よりかははるかにマシだが」
とのこと。
第二次世界大戦というのがよくわからんが、そういう戦争がどこかの世界ではあったらしい。
火縄銃よりも、ひと回り、いや、ふた周りはでかい。
銃身を含めた大きさは、アリシアの背丈くらいある。俺の身長よりかは少し低い程度だ。
『ぬぅん? なんじゃ?』
「重いな」
持ってみた。
右腕は肘から下がないので、持ちづらいことこの上ない。
重量は四貫(約十五キログラム)くらいか。火縄銃の時のリィの重さが三貫(十一キログラム)くらいだった。
『なんじゃい、藪から棒に』
「ちょっと大人しくしてろ」
あちこちさわる。
この構造。ひたすらマッチョな構造をしている。
銃をひたすらでかくして、でかくて重い弾丸を撃つことで貫通力を高めるという設計思想だ。
「無反動砲は例外として、人間一人で撃てる限界の一つがこの銃だ。マウザーはボルトアクションのライフルだが、これは肝心の引き金が折れているな」
後で聞いたが、師匠の見立てではそういうことらしい。
つまり、俺にしか使えないってことだ。
『なんじゃい貴様。病み上がりの寝起きの身で淑女の身体をあちこちなで回しおって。わらわがそんなに恋しくなったか』
「リィ、お前、自分がどんな格好をしてるかわかってるか? なんというかこう、全体的にごつくなったわけだが」
新しくなったリィを不器用に抱え、なおもあちこち探りながら俺は聞いた。
『ごつい……?』
あかんな、これは。
フルメタルジャケット弾が要る。
銃の中に、
この構造で真球形状の鉛玉を撃とうとすれば銃身内につぶれた鉛がこびりつく。発射中に銃身内で弾丸が変形するため命中精度も壊滅的になってしまう。最悪、暴発しかねない。
火縄銃に使う鉛玉は、ライフリングに耐えられない。
しかし、フルメタルジャケットの弾丸は市中にほとんど出回ってないし、あってもアホほど高い。鍛冶職人が弾丸の一つ一つを丹精を込めて造るわけだから当然の話だ。
『なんじゃこりゃああああああああ!?』
リィが叫んだ。
俺と同じ反応をしとるなこいつ。
まあしかし、ようやく気づいたのか。俺もびっくりだぜ。今まで気づかんかったのか。自分の身体の変化に。
ていうかお前、目も耳も鼻も手もないんだったな。銃だからな。わからんのも当然か。魔砲グリグオリグって名前してるくせに銃だもんな。
「ハルさん!」
「ハル、起きたの!?」
アリシアとカレナが、ノックもせず部屋に入ってきた。
「なんだてめーら。生きてたのか。安心したぜ」
安全な仕事を任せていたカレナはともかく、アリシアが無事なのはよかった。俺の立ち回りは無力で無様で無駄なあがきだったが、結果がいいならそれでいい。
「三日も寝てたのよあなた」
カレナが、心配そうな顔で俺を見る。
こいつのこんな顔を見るのはいつ以来だったかな。まあ、なんだ。最近の無表情よりかはこっちの方が好きだな俺は。昔みたいに笑ってくれりゃ最高なんだが。
「そうか。変な夢を見た……」
今も夢の続きなのかもしれん。
腹が鳴った。
リィの変貌への驚きで気づかなかったが、のども渇いている。
「食事と飲み物を持ってくるわ。そのまま寝てなさい。アリシア様はこの馬鹿でもわかるように状況を説明してやって」
「は、はい。わかりました」
きびきび言うと、カレナは部屋から引っ込んだ。
アリシアとリィと俺。部屋には二人と一丁きりだ。
「師匠はどうなった? あのときに空を飛んできた、長身の綺麗でおかしなねーちゃんのことだが」
身体が金属でできた年齢不詳の我が師匠だが、見た目は二十代後半の金髪碧眼の美人さんだ。夢で見た女神もどきとうり二つの顔をしている。
「今は居ません。ハルさんが起きたらまた来ると言い残して、どこかへ飛んで行ってしまいました。あ、ハルさんをここまで運んでくれたのが、その師匠さんです」
「なるほど、わかりやすい」
すげーな。アリシアは、相変わらず。
俺が聞いたこと、知りたいこと、知っておくべきことを察して、簡潔に一口サイズで教えてくれる。十五かそこらの小娘にこういう応答ができるのが信じられん。教育か。宮廷の教育のたまものか。
「魔王様は、ハルさんの首にその呪いをつけた後にお城に帰って行きました」
「呪いか……」
うすらぼんやりとした記憶だが、魔王から何かをされたことは覚えていた。
手で、首をさすってみる。
のど仏の膨らみが俺の指の腹に感じられる。普通ののどの感触だ。物理的にひっかかるような凹凸はいつもと変わらない。だが、指先に少し魔術を集中させてみると、反発するような違和感がある。
一ヶ月以内に、アリシアが魔王城に出向くこと。
そうしなければ、俺は呪いによって死ぬという。
「よかったな」
「は?」
「人質にとられたのがアリシアじゃなくてよかった」
「…………」
「泣くな」
「泣いてはいません」
「泣きそうな顔をされても困るぜ」
「わたくしの、名前……」
「ああ。悪い。つい呼び捨てしちまった」
「いえ。すみません」
「なぜ姫サンの方が謝る必要がある?」
「名前で呼んでいただけたのが嬉しくて。ハルさんがひどい状態になってるのに不謹慎でした。すみません」
アリシアが、泣き笑いの顔で目尻に手をやった。
「……うーむ」
勘弁してくれ。
フラグをたてるのは、竜の巣でのお姫様奪還作戦の時だけで十分だ。
「できればこれからも、名前で、呼び捨てで呼んでいただけますか」
「アリシアがそれでいいならな」
「はい。すみまーーいえ、ありがとうございます」
「そうだ。それでいい」
仲間との関係は、謝罪ではなく感謝の方がいい。
「どうして、名前で呼んでくださるようになったのですか?」
「単純なこった。金ずくの話じゃなくなったからだ」
「金ずく……?」
「俺は、クレアから大枚の金貨で姫サン、もといアリシアの護衛の依頼を受けた。五体満足の状態で、アリシアを魔王へ引き渡すまでが俺の仕事だった。魔王から出向いてきて、アリシアの身柄を引き受けたと言った時点で、俺の仕事は完遂したわけだ」
「ええ、そうでしょうね」
それが、どう名前の呼び方と関係するのか。
アリシアがそういう顔をしている。
「仕事から離れりゃ、身分が何であれ人としては対等だ。どうでもいいクズならどうなろうが知ったこっちゃねえし、住む世界が違う相手に粘着するほど暇じゃねえ。だがよ、あのときの俺は、ただアリシアに死んで欲しくなかった。それだけしか考えてなかった」
「…………」
「何で怒るんだ」
「呆れているだけです。それでハルさんが死んだらどうされたのですか」
「そりゃ、そこまでさ。道中でアリシアには命を救われたからな。命の借りは命で返さないといけねえ。だからよ。あそこで逃げたら、俺が俺じゃなくなっちまうのさ」
『まどろっこしい会話じゃのー。だからそれが、どう名前の呼び方と関係しているんじゃ?』
「リィ、ややこしくなるから黙っててくれ」
『はいはい、若い二人で適当によろしくやっとれ』
こいつ、仲間外れにされてふてくされやがった。
「まあ、要約するとだな。金銭どうこうの話を離れて、命がけで助けたいと思った相手をだな、姫サンって身分で呼ぶのはしっくりこなくなったと。そういう話だ」
「理解できました」
「そいつはよかった。っつーわけでな、カレナ。アリシアと俺の間にややこしいことは何もねえから、立ち聞きをやめて飯と飲み物を食わせてくれ」
ドアが開いた。
「やな奴」
片手にトレイを持ち、もう片方の手でドアを開けてカレナが入ってきた。トレイの上には湯気が立つスープが乗っている。
「おめーの気配は消してても分かるわ。何年付き合ってたと思ってやがる」
「うっさい」
「あの、立ち入ったことを尋ねさせていただきます。お二人のご関係は、恋人、いえ、ご夫婦か何かなのですか?」
「「…………」」
俺とカレナは顔を見合わせた。
カレナがなんとも表現しづらい表情をしている。俺の方でもそうなっているんだろう。
「腐れ縁だ」
「ん。まあ、そうね。そういう言い方が今はしっくりくる」
俺とカレナの答えに、アリシアはいろいろと察したのだろう。
「すみません」
「どうでもいいが、いや、よくないかもしれんが、とにかく今は飯を食わせてくれ」
「ああ、ゆっくり食べな」
カレナが、トレイごとスープを俺に渡してくれた。俺は右腕がないので、左腕で受け取る。
よかった。
あーんするとか言い出したら、どうしようかと思うところだった。
『なんじゃい。どっちも強情じゃのう』
リィ。お前は黙っててくれ。
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