第25話 ハルの覚悟
――魔王の後継たるアリシア。
二つ名というのは、たいがいの傭兵にとっては単なる“箔”だ。自分を強く見せかけ、より楽でより報酬が高い仕事にありつくために、見栄えを重視して勝手に名乗る。
だが、俺たちにとってはそうではない。
魔王の武器を使う俺たちに対して、二つ名は、魔王本人か、魔王の分身たるルナが命名する。その名前によって、武器の特性や、成長時の伸びしろや、その先の運命が表される。
魔王の後継。
誰が読んでも、誤解のしようがない二つ名だ。
お姫様が、次の魔王になるという運命を明示している。
「なぜですか……?」
お姫様が、魔王様をにらんだ。
「おっしゃることの半分以上は分かりませんが、貴方がやむにやまれぬ事情があってわたくしの命を奪うつもりなのは理解できました。ですが!」
魔王様に向かって激昂するお姫様の横で、俺は馬鹿みたいに突っ立っている。
短い付き合いだが、お姫様はかなり賢いことはよくわかった。この状況で、魔王様を前にして、うかつな発言をすれば自分の命を消し飛ばされることを理解した上で、お姫様は喋っているのだ。ならば、俺がどうこうする話ではない。
「なぜ、それならそうと初めから伝えなかったのですか。同盟の条件はわたくしとの婚姻ではなく、わたくしを殺すことだと! 欲しいのは私の命だったと!
つまらない誤解で! 防げたはずのすれ違いで! たくさんの騎士の方々がなくなりました! 立ち位置がどうであれ、国を守るために行動された方々でした! ここにいるハルさんだって、わたくしを守るために無駄に人を殺す必要もなければ、無意味に死にそうな目にあうこともありませんでした!
なぜ、わたくしの命だけで解決するように話を伝えてくれなかったのですか……!!」
お姫様は、本気で怒っているらしい。
俺には理解できない理由で、俺には絶対にできない思考で。
自分の命がかかっている場面で、自分を殺そうとした連中のために。
お姫様は本気で怒り、魔王様を糾弾していた。
「ああ……」
なんとも情けない息を吐いて、俺もお姫様と同じく立ち上がった。
駄目だ。
駄目なんだよ、相手が悪い。
意地を張るにも、
ましてや、クソみたいな理由で自分を殺そうとしたクソどものために怒るとか、足し算も引き算もまるでなっちゃいない。
「てっきり、命乞いをするものと思っていたが……そうくるのか」
「わたくしのことなどどうでもよろしい。お願いします。ハルさんの安全の保障と、貴方が手をかけた遺体を、なるべく損傷しない状態で祖国へ届けていただけたい」
「…………。まだ、十五歳の小娘だったはずだが。なんという……」
魔王様が、戸惑っている。
「おい、お姫様よ。俺の話は置いといてくれや」
だからさ、駄目なんだよ、
おめー、こんなところで死んだら駄目なんだよ……!
「ちょっと、失礼します」
声をかけながら、魔王様との距離を詰める。
『ハル。何をするつもりじゃ。お前まで死ぬぞ!』
地べたに転がったリィが、俺に叫ぶ。
「そうだ。無駄に命を使うな。護衛の任務は終わったのだろう?」
リィの言葉が聞こえているのだろう。魔王様が俺をけん制する。
「こっから先は、金ずくの話じゃあないんでね」
俺はさっき、アリシアの力によって死ぬはずだった命を拾ってもらった。
命の借りは、命で返さなければならない。
「ハルさん、やめてください!」
アリシアが、俺の身を案じてか止めようとする。その身体が、かなたへ吹っ飛ばされた。
「アリシア!?」
見れば、魔王様が片手を自分の肩のあたりにまで上げている。その手のひらが、吹っ飛んだアリシアの方へ向けられていた。
魔力を風か何かに変換して浴びせたのか。アリシアの身体が何十メートルか向こうにまで石ころのようにすっ飛んでいた。だが、命に別状はないらしい。
「く……っ!」
俺たちの方を見ながら、もがくアリシア。蜘蛛の糸に絡まれた虫のように、その身体が上手く動かせないでいる。
「一時的に拘束した。男が命がけの覚悟を決めたのだ。くだらぬ邪魔をするな」
魔王ワルプルギスナハトが、手を下げる。
鎧に包まれた両脚を少し開いて立ち、鎧に包まれた両腕をだらりと下げる。鎧に包まれた胸を軽くそらして、仮面に隠された顔が上から目線で俺を見ていた。
「こい。ハル。一撃だ」
「アリシア姫の気高さと、貴様の覚悟に免じて、一撃だけ受けてやろう」
「けっ」
マッチポンプの元凶が、何をかっこよくぬかしやがる。
あんたがアリシアを殺すって話を引っ込めたら、俺だって命を張る羽目になっちゃいねえんだよ。
「後悔することになるぜ……」
これから使うのは、俺に出せる最大火力の術。
普通の条件なら、絶対に格上には使えない技だ。溜めに時間がかかるうえに、予備動作が大きすぎるため、術の軌道が撃つ前から読めてしまう。簡単に避けられてしまう。
だが、相手が止まっているなら。こちらの意図を知った上で動こうとしないのなら、話は別だ。
深呼吸を、数度。
肩口から指先までの右腕を、魔力により常温常圧にて化学変換。
拳の先を、ダイヤモンドライクカーボンへ――
骨を利用し、ニトログリセリンをすり鉢状に配置しながら、魔力を加えて反応熱を増強。そしてもう一つ。周囲の空気に細工をする。
握った拳の先を、魔王の鎧、左の胸の心臓あたりにゼロ距離で置く。
それは、師匠から教わった最終奥義。
竜の巣の、厚さ五十メートルの岩盤を貫通した術だ。人間がひねり出せる魔術の中では、最強の威力を誇る魔術だ。
「
「っ! いかんっ!」
俺が術を唱える間の、一瞬の攻防。
魔王が何事か叫び、俺の腕を手甲に包まれた両腕で包み込もうとする。
が。
火がついたニトログリセリンは、ナノ秒のオーダーで爆発が伝播する。
俺の右肩口から爆弾と化した右腕が切り離され、音速を超えた砲弾となる。弾は衝撃波をともないながら、
「!!!?!?!??!?!?」
魔王の身体が、盛大に吹っ飛んだ。
森の木をぶち抜き、重厚な鎧ごとが音速を超えてすっ飛んでゆく。小さな丘に身体がぶつかった。それでも勢いは止まらずに、丘を破壊して土中に鎧ごと埋め込まれる。
これで殺せるほど、ぬるい相手であるはずがない。
けれども、時間は稼げたはずだった。
「逃げるぞ、アリシア!」
軽くなった右肩。なくなった利き腕。しかし、嘆く暇はない。
左手を使って俺はリィを取る。そしてアリシアへ向かって走り出した。
「ハルさん、どうして……」
魔王を吹っ飛ばしたせいだろう。アリシアの拘束は解けていた。
「いいか。おめえがどうこうじゃねえんだよ、俺がお前に死んでほしくないんだ。ここでお前に死なれたら、俺の魂も死んじまうんだよ。四の五の言わずに俺のために逃げろ!」
偽りのない、俺の本心だ。
そして、こういう言い方をしなければ、この馬鹿なお人よしのお姫様は俺を助けるために自分の命を差し出すだろう。
『馬鹿じゃのうハル』
「ああ、そうだろうな。おめえの
『今の主はお前じゃろがい。次はわらわの力も借りんかたわけめ!』
「ハルさん、リィさん……。やめてください、わたくしだけが残れば――」
アリシアの瞳に、涙がにじむ。その頬っぺたを、俺は軽くつまんだ。
「後にしろ。無理やり気絶させるぞ」
『お嬢ちゃん、ハルを助けたいなら大人しく言うことを聞いて逃げた方がいいぞ。本気でやるからなこの馬鹿』
「はい。すみま――いえ、ありがとうございます」
俺たちの身を案じてだろう。アリシアが、痛々しい笑顔を作る。
どいつもこいつも馬鹿ばっかりだ。俺も、リィも、アリシアも。
俺たちは、その場から走り出した。
月が出ていないので、化け物に変身することもできない。だからお姫様を抱えて高速移動することもできない。おまけに、今の術で魔力をほとんど使いきってへろへろだ。
森の木が邪魔だった。
視界が悪い上に、足場もろくな道がない。木の根が張り出していたり、落ち葉や草に滑りそうになって、上手く走れない。右腕を失ってバランスが崩れた身体だから、余計に動きづらい。
ぞ。
きた。
魔王の魔力を、背中に感じる。
ぞぞぞぞぞぞぞ。
「ひっ……」
アリシアもまた、俺と同じ気を感じてしまったのだろう。
振り向けば捕まってしまう恐怖に、捕まればあっけなく殺されてしまう恐怖に、身体がすくみそうになる。
「諦めろ」
「っ!?」
もはや手を伸ばせば届くほどの距離から、魔王の声が聞こえた。
その時だ。
「おーい、おいおい、オイオイオイオイ!」
上空から、大きな声が響き渡った。
「ち」
背後から、舌打ちの音が聞こえた。鎧に覆われて、くぐもった音が。魔王が奏でた音が。
「もう来たか。うざったい奴め」
魔王が、立ち止まったらしい。近づいていた声の距離が、少しだけ遠くなった。
俺とアリシアは、魔王から逃げながら声のした方を見た。
「師匠!?」
ルナ、パーシヴァル。
二つ名は、魔王の分身たるルナ。
人類最強の魔術師が、空に浮かんでこちらを見ていた。
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