第23話 鎧の王ワルプルギスナハト

 魔王ワルプルギスナハト。


 彼女はいつも、銀色にくすんだ全身鎧を身につけている。

 その素顔は、誰も見たことがない。

 兜と一体化した仮面を着けているために、どんな顔をしているのかわからない。

 手が二つ、脚が二つ。胴体の上には首があり、首の上には頭が一つだけ乗っている。


 要するにその外見は、完全武装した人間の騎士とまったく変わらない。

 それでも俺には魔王様だと分かったのは、俺が魔王の武器の使い手だからだ。理屈ではない本能が、知能ではなく感覚が、目の前にしている者の正体を告げている。


「何が起こったか、説明しようか?」


 魔王様は、エルフ語――俺の故郷の言葉を使い、きさくな態度でそう尋ねた。


(どうしたらよいのでしょうか?)


 俺と同じくひざまずいた姿勢で、お姫様がアイコンタクトを送ってくる。


(俺にもわからん)


 目を合わせ、首を軽くふってこたえる。


 魔王様は、俺にとっては天上人だ。国が十個あれば十人以上はいるような人間の国の王族なんぞとはモノが違う。めちゃくちゃ偉い御方だ。


 どう偉いかというと、俺の村では尊敬の対象だった。守護神として祀り上げられていた。

 今でこそ、魔王様にまつわる話はちまたじゃ悪い噂ばかりだが、俺の故郷の村では恩恵しかもらってない。

 魔王様は魔の山アーヴァインに城を構え、配下のエルフ兵たちを動員しては、定期的に魔物を駆除していた。

 魔の山のふもとにある俺の村も、魔王様がいたからこそ平和が守られていた。


 ただ、ある日――俺が六つか七つかの頃――ちょうどお姫様が産まれた頃に、病に伏せられたと噂で聞いた。


 その噂は、事実だったのだろう。

 魔王様が、近隣にわいてくる魔物を駆逐する頻度が落ちたからだ。


 俺が歳を経るごとに、魔王様がいるはずの魔の山は魔物の数が増えていった。故郷の村の近くにも魔物がよく出るようになり、村人たちは村を捨ててほうぼうの地へと去っていった。かくいう俺も十二歳を過ぎた頃、妹を連れて村を出たクチだ。


 その後、俺たちが村を飛び出した後に魔王様がどうなったのかは分からない。


「……ああ。そうか」


 魔王様が、ぽん、と手を打った。


「自己紹介をしていなかった。誰とも知らぬ相手に話しかけられても困るよな」


 俺たちの沈黙から、戸惑いを察知したのだろう。


「鎧の王ワルプルギスナハト。世間では魔王と呼ばれている。そこの魔砲グリグオリグ、それに魔玉まぎょくニュークリアをこの世にもたらした者だ」


 魔玉まぎょく……?

 聞き捨てならない言葉が出てきたが、挨拶が先だ。


「ご丁寧にどうも、ありがとうございます。陛下。おれ、いえ、私はハル・ベルナデッドです」

「アリシア・フェルビナクです」


 エルフ語での俺の自己紹介に続いて、お姫様も自己紹介をする。

 どうやらお姫様、魔王様と俺が使っているエルフ語を完全に聞き取れるうえ、しゃべることも出来るらしい。そりゃそうだよな。魔王様の花嫁たるべく今まで王宮で勉強させられてきたわけだし。


「知っている。どちらも昔に会っているようだな。ハルはグリグオリグを手にしたばかりの頃に、アリシアは産まれたばかりの頃に」


 ああ。そうだ。お姫様の話は知らんが、俺は確かに謁見したことがある。リィを手にした数日後に、魔王城へ招かれた。


「それで、すみません、魔玉とはいったい?」


 率直に聞いてみた。心当たりがないでもないが、正解を知ってる相手から教えてもらった方が早い。


「おいおい。まさかこれまで気づかなかったのか? 先ほど毒が回って死にかけていたお前を救ったのがその魔玉の力だぞ」

「この、ガラス玉のことでしょうか?」


 お姫様が、けげんな顔でガラス玉を取り出した。


「さようさ。危ないところであったな」


 なるほど。


 それならば、納得できる。

 俺はあのとき、魔王の武器でつけられた(状況的にそうとしか考えられない)傷によって死にかけた。普通の魔術師が使うような治癒魔法や薬草では、手が施せない状態になっていた。


 それを、お姫様が持つ魔玉の力で蘇生された。


 魔王の武器に対抗できるのは、魔王の武器を使うか、俺の師匠くらいにまで魔術を極めるかのどちらかしかない。お姫様が魔王の武器を持ち、無意識にそれを使っていたというのなら、俺が生きている理由にも説明がつく。


 つまり俺は――


「姫サンに命を救われたってことか……」


 出世払いをもらうなんてとんでもない。

 お姫様に、でっかい借りが出来ちまった。


『しかし、どうして陛下がこんなところまで来られておるんじゃあ?』


 エルフ語を使って、リィが問いかける。おめーすげえな。俺とお姫様が考えてたのに聞けなかったことをずばりと言いやがった。


「うん? ああ、グリグオリグの声か。……ふむ」


 陛下が視線をリィに向ける。ぎぎぎぎぎ、と、陛下の全身鎧がきしむ音をたてた。あの鎧は何百年もの年期が入った代物らしく、昔から少し動くたびに関節の可動部が乾いた響きをあげる。


「その反応、その様子だと何も聞かされてはいないらしい。……いや、もしや人間どもは全員誤解しているのか? 魔王ワルプルギスナハトが、アリシアを花嫁に迎え入れるつもりだと」

「違うのですか?」


 お姫様が、流ちょうなエルフ語で魔王様へ尋ねた。


「違う」

「えっ……!」


 魔王様の断言に、お姫様が絶句した。


 まあ分かる。気持ちは分かる。

 産まれてすぐに魔王様にプロポーズされて、花嫁となるべく教育させられてきたんだよな、今まで。それが”違う”の一言で否定されたら、言葉も出なくなるよな。

 俺ならキレて、そこらじゅうに銃を乱射してるかもしれん。


「花嫁修業を積ませろというのは、一般的な生活能力と礼儀作法を身につけろという程度の意味だったのだよ。……ああ。そうか。この鎧の中の者は、あえて誤解させる言い回しをしたのか。そういうことか」

「?」


 違和感。

 まどろっこしい言い回しだ。

 なぜ、私は、と言わないのだろうか?

 なぜ、この鎧の中の者は、なんて言い方をするのだろうか?


 記憶を掘り起こせば、何かおかしい。

 十と何年か前、リィを手に入れたばかりの頃に魔王城へ招かれ、謁見した。その時の魔王様とは、言葉の微妙な言い回しが違う。

 俺が尊敬した陛下は、曾祖母さんが侍女としてお仕えしていた魔王様は、人間"ども"なんて言い方はしなかった。


「じっくりと話したいのだが、面倒くさい奴が近づいているようだ」


 鎧の奥から、くぐもった声がまた響いた。

 陛下が言い終えたあたりのところで、俺も気づいた。

 枝をかき分け、草木を踏んで近づいてくる無数の足音に。


 俺たちは、お姫様の護衛の騎士たちに囲まれていた。

 目の前も、右も、左も、後ろも、鎧を脱いで軽装になった騎士たちがいる。おそらく遠回りして俺たちを包囲する形で移動していたのだろう。


 どうしたものか、と考えている間に、きらびやかな鎧を着た一人の騎士が俺たちに向けて近づき、声を張り上げた。


「貴様らを完全に包囲した。死にたくな――」

「黙れ痴れ者!!!」


 騎士の脅迫文句にかぶせ、陛下が怒号した。


「おー……」


 続けて、陛下が歌うように声をはりあげる。

 ぱん、と音がした。

 一人の騎士の頭が爆発していた。


「……みるなっ!!」


 反射的に、俺はかたわらにいるお姫様の目を手でふさぎ、頭を下に向けさせた。


「ろー、」


 ぱん、ぱん。


「かー、もー、」


 ぱん、ぱん、ぱん、ぱん。


「のー、めー、がー!!!!!」


 パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパン。


 騎士たちの頭が、爆散していった。

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