第15話 王宮脱出(後編)

 

 不本意だが――

 全員、ぶち殺すつもりでやるしかない。


 なるべくなら殺したくはない。

 それは本心だったが、どうにもならん。

 腹をくくった瞬間から、笑みがこぼれていた。


 銃剣の運用は槍に近い。

 攻撃方法は先端のナイフによる刺突が基本だ。手加減が難しく、殺傷能力が非常に高い。

 数十人の兵士相手に、自分が負けるとは微塵も考えなかった。考えても仕方がない。死んだ後の事は死んでから考えればいい。


 武装兵の斬撃。

 かわす。足をかけて態勢を崩す。

 横から別の者が突いてくる。銃剣でいなす。


「ははははは!」


 俺は笑う。笑いながら暴れる。


「ひゃひゃはははは、あはははははは!」


 笑いはすぐに、爆笑になった。

 狂喜を浮かべ、俺は銃剣を振るう。

 兵の腕が飛んだ。チェイングローブをつけたまま。

 返り血に構わず、俺は銃剣を振るう。

 兵の腹に穴が開いた。鎧をやすやすと貫いて。

 グリグオリグの銃剣は、物体のユゴニオ弾性限界を極限まで引き下げる。

 鉄の硬度など、俺とリィの前では水に等しい。


「ははははははははははは、あっはっはっは!」


 繰り出される銃剣の切っ先が、騎士の鎧を引き裂き、腹を、肩を、背中を、頬を傷つけた。

 兵たちがフルプレートメイルを装備していたのがあだとなった。鎧の重さは重量六貫(約二十キロ)にもおよび、動きが鈍くなる。そして俺の使う魔王の武器は、彼らの重く硬いはずの鎧を易々と貫く。


『あーあー、やりたいほーだいじゃのぅ』


 俺の能力を、そして戦力を、敵はなめてかかっていたのだろう。

 死神にすら一目置かれた傭兵の力を、魔王に祝福された者の力を、俺を捕らえようとした奴らは見誤った。


 俺が銃剣を振るうたび、武装兵が重傷を負って石畳へ転がった。

 負傷者の数を増やしながら、俺は門に近づいてゆく。

 ここにいる兵たちを全員殺せば、跳ね橋を降ろすためのハンドルを操作できる。

 跳ね橋を降ろせば、城門にたどり着ける。

 厚さ十寸(三十センチ)におよぶ城門に風穴を開けるのは、俺にできないことではない。バンカーバスターという技を使うための魔力と、それを扱うための集中力、それに少し長い呪文を唱える時間さえあれば。


「ええい、ひるむな!」


 何人くらい、戦闘不能にしただろうか。

 新たに襲い掛かってくる兵がいなくなり、怯えて遠巻きから彼を囲む者ばかりになった。


「はぁ……はぁ……、はははは、どけよ」

『おおう、正気に戻ったか』


 リィの茶々にも応える余裕がない。

 息が切れていた。当然だ。休む暇がなかったのだから。

 酸欠で身体が苦しい。

 疲労にまみれ、肩で息をしているていたらくだが、獅子奮迅の殺害風景にあてられたせいだろう。俺が一歩進むと、兵たちが三歩下がった。


『完璧にびびっとるのう』

「はぁ、はぁ……、はは、ありがてえこった……」


 銃剣を構えながら、息を整える。

 包囲網は、もう一押しで瓦解するだろう。

 そう思った矢先だった。


「…………?」


 嫌な感じがした。

 背筋が、チリチリとひりつく。冷たい汗が噴き出す。

 風切り音。


『上!』

「くっ!」


 言われてなければ終わっていた。

 俺の肩口へと飛んできた何かを、銃剣の切っ先が辛うじて弾いた。火縄銃を抱えた両腕が痺れ、弾いた衝撃で身体がよろける。


『矢じゃ! 硬いまま当たったぞ。痛い!』

「おいおい、まじかよ……!」


 リィの言葉で、ようやく何が起こったかわかる。

 驚き、そして、ぞっとした。

 鉄だろうがガラスだろうが、有機物を除く硬質素材を液状化させる魔砲グリグオリグの切っ先。その切っ先に触れたのに、その矢は固いままだったという。

 普通の矢ではありえなかった。

 おそらく、魔王の武器だ。

 ぞっとした理由はそれだけではない。

 銃が相手ならほとんど無敵の力を誇る俺の遠隔爆破能力は、弓矢が相手では通じない。

 無力なのだ。相性が悪い。


「貴様が!」


 声がした。

 太い腕が、目の前にあった。

 矢に気を取られた隙に付け込まれた。


「これを!」


 野太い声が続く。

 筋肉の塊たる剛腕が、俺の首にめりこんだ。


「したのか!?」

「がっ!」


 俺の身体が、吹っ飛んで空中を回転した。


「ああ、なんてことだ……こんなことになるとは……!」


 凄まじい一撃だった。首がもげたのかと錯覚するくらいに。


「っく……げほ、げほっ」


 強烈なラリアットを首にくらい、俺は大きくえづいた。

 この時、矢を射かけられたらひとたまりもなかっただろう。

 手が震えている。いや、身体の全部がだ。脚も、腕も、力が入らない。もがき、あがき、銃剣に手を伸ばすが、掴むことすらままならない。起き上がれない。

 それでも、相手を見ることだけはできた。

 顔をあげ、声をした方へ視線を向けると、鎧を着た筋肉の塊がこちらを睨んでいた。

 さらに、そのかたわらにいる小さな男が、こちらに向けて弓を構えている。


「いい。答えんでいい。分かっている。分かっておるのだ」


 筋肉男の大声は、しだいに嗚咽おえつにまみれていった。

 腕が太い。

 脚も太い。

 身体も太い。

 泣き声がうるさい。

 熊や鬼かとみまがおうほどのみっしりとした筋肉質の男だ。


「俺の名はバックス・フェルビナク。貴様が殺した騎士どもの主だ……!」


 滝のように、筋肉に包まれた男の瞳から涙があふれだしている。

 俺が殺した連中のことを言っているらしい。


「アルフレッド! 貫いても死なん場所をじっくりと射貫け!」


 小男に向かい、大男が命令する。


『どーする?』


 リィが問いかける。

 俺が知りたいくらいだ。

 頭はまだ働くが、身体が動かない。

 酸欠と疲労に加えて、くらった一撃が強烈すぎた。

 俺を吹っ飛ばした大男の隣で、小男が弓矢をつがえている。

 並々ならぬ殺気だ。

 弓矢の弾速は、銃弾の四分の一程度。人間の肉眼でもギリギリ追える速度。俺と小男との距離、およそ十間(十八メートル)。外れるのを期待するには、近すぎる。

 避けたかったが、動けなかった。

 身体が、言うことを効かない。


「クル、クルッポー!」


 上空から、間の抜けた鳴き声がした。

 きっと鳩だろう。頭を動かさぬまま、俺はそう思った。

 がたん、と音がした。石畳の上に、何かがぶつかる音。

 が、がたん、がたん、が、がたん、が、が。


『変なリズムじゃのう』

「…………!」


 リィの言葉で気づく。モールス信号。

 すぐに俺は息を止めた。

 俺を取り囲んでいた者たちが、バタバタと倒れていった。

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