第7話 契約と打ち合わせ
傭兵を雇う。
雇うには、依頼内容に見合った報酬を支払う必要がある。
その報酬の額面、そして支払い条件は、よく揉め事の種になる。
先払いにするのか、後払いにするのか。
先払いにすれば、引き受けた者に持ち逃げされる危険がある。
後払いにすれば、依頼した側に踏み倒される危険がある。
そういうわけで、たいがいの場合、
折衷案とは、半金、つまり報酬総額の半分を前金として先渡しし、成功報酬の半額を前金として受け取り、仕事を完遂した後に残る分を受け取るやり方だ。
けれども、報酬の総額が金貨千五百枚というこの仕事では、そういうわけにもいかない。報酬の十分の一でも、傭兵が生涯で稼げるかどうかという額面なのだ。ちょっとした貴族の身代金にも相当する額だ。
「
「分かりました。こちらとしてもその方が助かります」
手形というのは、数か月先に現金化できるという証文だ。字面が似ている道中手形とは違う。手形は、借金の証文とさほど変わりがない。
ただしこの手形、現金化するためには口座を持ってなければならない。
商人ほどでないにしろ、傭兵ギルドに登録している傭兵ならば誰しもが口座を持ち、金の貸し借りを経験する。というか、ギルド登録の条件の一つが口座を持っている事だ。口座を持っていない奴は、傭兵ギルド登録の際に開設する。
たいがいの連中は、宗教施設が提供している口座に登録する。俺もそうだ。
俺が産まれる前から、宗教施設のほとんどは公然と金貸しをしていて、私兵を備え盗賊や軍からの略奪を防いでいる。商人からの預金を預かったりもする。
宗教施設に加入登録し、金銭の記録と管理を行う仕組みを口座と呼ぶ。後にその仕組みは銀行と呼ばれる武装組織に引き継がれた。
『のう、ハル。こういうやりとりでいつもいつも思うんじゃが……』
「なんだよ」
『話が難しいんじゃああ……!』
「泣くなよ」
『手形とか口座がどうたらとかの話を聞いてると、頭がいたくなるのじゃああ……!』
「無理に理解しようとするからだよ馬鹿たれ。どうでもいい情報だから適当に流してろ。あと、おめーの頭ってどこだよ」
『失敬な……!』
そらお前、火縄銃の頭ってどこだよ。火薬詰めるところか。ああ、そこは胃か。
そういや師匠が言ってたな。内蔵された集積回路がどうたらとかクロック数がどうたらとかメモリがどうたらとか。さっぱりわからんかったが。
「ハル、こちらに集中してください」
ババアに叱られた。
「すまん」
『ばーか、ばーか。ハルのばーか』
うるさい。馬鹿はてめーだ。
「状況を整理したい。依頼の内容を確認するぞ。
一つ、五体満足の生きた状態で姫サンの身柄を確保する。
二つ、姫サンをアーヴァインにいる魔王サンの下へ送り届けることで任務達成とする。
これでいいか?」
「はい。その認識で大丈夫です」
「わかった。じゃあまず、道中に物資の補給地点をいくつか作ってもらいたい」
「それは……ああ、そうね。それなら可能ですわね」
俺の提案を否定しかけて、しかし、すぐにクレアは得心して肯定した。
相変わらず頭の回るババアだ。すぐさま、提案の意味を吟味し、検討して、可能であることを理解してくれた。
説明の手間がいらなくて助かる。
『どういうことなんじゃ……?』
「仕事の急所はどこか、ってこった。今回の話だと、頼める奴がいない、ってところが一番のポイントなんだ」
“国家に所属する騎士団に守られた姫を拉致する”というシチュエーション自体が、今回の話の難所なのだ。
国家反逆罪にあたるからだ。
目論見が露見すれば、関わった者全員が処刑されるからだ。
つまり、“さらったお姫様の逃亡を手助けするために誰かに何かを頼む”ということからして難しい。
頼まれた側に、処刑される覚悟を課すことになるからだ。仮に裏切られれば、全てが終わる。
俺のとリィの能力なら、お姫様をさらうところまではどうにかできる。
けれどもその先の、追跡を振り切りながらお姫様と共に魔王城まで向かう、ということはまず不可能だ。
補給が必要だった。
現地調達をするのは、一人では不可能だ。
食料。
生活必需品。
弾薬や、医療品。
買うにしろ、盗むにせよ、採取するにせよ、どこかで追跡者に見つかるような痕跡を残してしまう。時間もかかる。必然的に、移動に割ける時間が減ってしまう。
だが、協力者にギルド局長から頼まれた荷物を運ばせる、という場合ならどうだろうか?
俺が言っているのは、完全に無関係の第三者に、食糧などの補給物資を指定場所へ配達してもらうだけの話だ。それ自体に違法性は何もない。
「やはり、貴方を頼って正解でしたわ」
「勘弁してくれ」
褒められて悪い気分はしないが、高評価のおかげで死ぬ可能性が高い仕事を持ち込まれるのは勘弁して欲しい。もう手遅れだが。
「本心から申しておりますわ。果たして何人の人間が、即座に今回の依頼内容の問題点を把握して、その上で即座に実効的な解決策を示すことができるでしょうか」
わりといると思うけどな。
ライオネル。レベッカ姐さん。師匠。あと、カレナもか。
目の前にいるクレアだって、蛮族の対処に忙殺されていなかったらこのくらいのことは思いついているだろう。
『そいつら全員、超一流どころなんじゃが』
「…………。なるほど」
リィがつっこむ。
言われてみれば、確かにそうだ。
「こちらが手配するのは、目的地までの道中で貴方が立ち寄りそうなポイントに物資を置くだけ。何の為に置くのか、誰がそれを利用するのかは実際に物資を置く者には説明する必要はない。そういうことですね」
「ああ。それとどこに置いたのかも口外しないようにしておいてくれ。置き場所が漏れたら姫サンの捜索隊に先回りされかねん」
「当然ですね。補給物資は何を?」
「着替え用の丈夫な衣類を二人分と、姫サン用の動きやすい靴を一足。服は男物がいい。靴は姫サンに試し履きさせておいて、靴ずれしないものを選んでおいてくれ。
日持ちして携帯しやすい食料を二人前で一週間分。チーズとか干し肉とか。
煮沸した綺麗な水を一升の瓶に詰めてコルクで栓をしたものを四本以上。無理ならエール酒でもいい。それに石けんもだ。長旅だと疫病が一番怖い。
虫下しの薬草と虫除けの膏薬。水を詰め替えるための皮の袋を二、三個。
暖を取るための薪か炭を四
俺がこれから指定する補給箇所の近くに穴を掘っておいて、取り換えた衣服やらを埋めて隠せるようにしておいてくれ。目印はいらん。銃用の鉛玉を埋めておいてくれれば金属探知の魔法で探せる」
「分かりました。他には?」
言いつつ、クレアは羽ペンと墨を使い、俺の要望を紙にメモしていく。
「明日までに当座の旅費をくれ。金貨数枚と銀貨が二、三十枚くらいか。あのあたりだとデナリウス銀貨が使い勝手がいい。道中手形も欲しい。だがアンタの名義はまずいな。金を積めば発行してくれる
「何とかしてみましょう」
この調子で、およそ一刻ほど俺たちは打ち合わせを行い。
日が暮れかけた頃に、契約を交わした。
「――ところで、姫サンは自分が暗殺されかけてるってことは分かっているのか?」
「これからお話します」
『あー……』
「あー……」
俺はテーブルにつっぷして、頭をかかえた。俺とリィが同時に呆れるなんて、たいがいのことがないとなかったんだが。
「ばーさん。もしも姫サンに、暗殺の話を信じてもらえなかったらどうするんだ? 難易度が桁違いになるぞ」
「説得します」
「あのよー……」
「はい」
「引き受けたの、なしにしていいかな……?」
「なりません」
「だよな。はぁ……」
不安だけしかねえ。
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