第2話 過去の栄光と死神の依頼
六年前――
都市国家群エヴィリファイの小国の姫が、屈折した性癖の
姫を救出するために、国内外から精鋭が招集された。
魔王を辟易させたクレア。魔短剣イルミナルティ。
魔王の分身たるルナ。荷電粒子砲および戦術核。(※奥の手と称して最後まで使わなかった)
魔王が一目置くライオネル。魔槍リュカオン。
魔王と踊るレベッカ。魔剣バルバネッサ。
魔王に祝福されしハル。魔砲グリグオリグ。
測量師にして発破技師の
俺はさておき、人類最強の面子が揃っていた。
その当時の俺は十六で、傭兵としては何の実績もない駆け出しだった。二つ名は師匠であるルナがつけてくれたものだが、その当時は気恥ずかしさ以外の何も感じなかった。
救出作戦に俺が参加できたのは、師匠が俺を推薦してくれたこと、そして何より、今も背負っている魔王の武器グリグオリグの使い手だったからだろう。
竜の巣のダンジョンは複雑な構造をしており、出現する魔物もそこいらの雑魚とは格が違っていた。だが、あの面子のレベルの桁はさらに上だった。
救出作戦は誰一人死ぬことなく成功し、俺もそれなりに名を上げた。
それからだ。
クレアに名前を憶えられたのは。
クレアから、無理難題を持ち込まれるようになったのは。
『ありゃ死神じゃ。下手に逆らえば首が飛ぶぞ』
「わかる」
『依頼を受け続けてもそのうち死ぬぞ。難易度が高いものばっかりじゃ』
「それもわかる」
手に負えない相手だ。
クレアの裏の家業は、死神の異名を持つ
表の家業は傭兵ギルドを監査する国務大臣。実力でも権力でも俺に勝ち目はない。敵に回せば潰される。かといって、部下になるつもりもない。過労死してしまう。
そういうわけで、エンカウント即、逃走が、俺にとれる最善手というわけだ。
これまでは。
しかし駄目だ。王都は駄目だ。地の利が違う。クレアのホームだ。道がどこに続いているのか、どこが行き止まりなのかを彼女は熟知している。一方で俺はほとんど知らない。俺の活動地域は街の外だからだ。逃げきれない。
「おほほほほほほ」
「~~~~~~!」
背中にかけられる、少女のけたたましい笑い。いや、もはや少女のカン高い声ではない。大人の女の声だ。足音から察するに、歩幅も大人の男とさほど変わらなくなっている。
俺は全力で走る。
「おほほほほほほほほほほほほほほほ」
「~~~~~~~~~!」
狂気を帯びた笑いを十分以上も背後から聞かされながら、歯を食いしばって逃げ続ける。おそらくクレアは遊んでいる。すぐ追いつけるのに、あえて速度を緩めてつかず離れず俺を追い詰めてくる。
『どーする、振り切れんぞ』
リィの言うとおりだ。
俺は立ち止まった。
「どうにもならん……はぁ、はぁ……」
息が上がっている。ばかばかしくなってきた。
「あら、もう諦めたのですか」
顔色を一つも変えず、呼吸すら乱さず、女が腕を組んで俺を見下ろす。身長が伸びていた。それだけではない。顔も老けている。もはや子供ではない。女でもない。老婆に近い、しわがれた顔をしていた。
「いい仕事を持ってきたわ」
「勘弁してくれ……」
「王宮に来なさい。来なければ貴方の傭兵免許を抹消するわ」
「……ち」
俺は舌打ちをした。いつもこうだ。
是非すらもなかった。
***
王都の中心地に、王宮はある。小高い山の上に位置し、人工の川に掛けられた跳ね橋を進むと中に入ることができる。当然ながら、跳ね橋の先には門がある。
門をくぐると、平和の匂いがした。
薬草を採取するために植えられた草木に、色が付き始めている。
鼻孔をくすぐる空気が、春の到来を告げていた。
『まーた死神に捕まってしまったか』
「すまねえな。欲をかいて王都に来るんじゃなかった」
リィがぼやく。不安らしい。俺も同じだ。ババアが怖い。
『いやその、ぬしの金がなくなったのはわらわのせいじゃからの』
「今度はもう少し多めに積み立てることにしよう」
『そうじゃな、それがよいわさ』
「まあ、次があればな。こうなっちまったらもう、どうにもならん」
今度は何をさせるつもりだろうか。
嫌な予感がぬぐえない。
本音は今すぐ立ち去りたいのだが、これまで築き上げてきた“しがらみ”がそれを許さない。というかケツをまくった後のババアの報復が恐ろしい。
俺は今、城塞都市の一角にある貴族の邸宅に招待――
王国フェルビナクの首都、トライコア。その中枢部にある大邸宅だ。
邸宅に着くと、豪華なしつらえの部屋へ案内された。応接間だろう。大きなテーブルと十脚を超える椅子があり、小麦の収穫をする農婦が描かれた絵画が飾られている。盗んで売ればそれなりの値がつきそうだ。やらないが。
テーブルに視線を移す。
青みかった
焼き菓子もある。高級品の白砂糖がまぶされた代物だ。
勝手に食べろということだろうか。
しかし、毒が入っているかもしれない。
『何もかも場違いじゃのう』
「まったくだ。俺らみたいな田舎者にはよ」
『待て。一緒にするな。わらわはやんごとなき出自じゃぞ』
「スライムを食う貴族なんぞ見たこともねえわ」
こんな時でもくだらない話をする、相方のマイペースぶりがありがたかった。
壁に背を預け、俺は入り口のドアと窓を確認できる位置に立っていた。
大きなテーブルと、その周りにある数脚の椅子。座らないのは、制圧部隊の突入を警戒したからだ。理不尽に捕えられ、てきとうな理由で処分されることを危惧(きぐ)したからだ。
口封じを警戒せねばならぬほど、公にはできない案件をいくつも処理させられてきた。
【火器と爆発物のスペシャリスト】
いつしか、傭兵の界隈でそう呼ばれるようになっていた。
ドアをノックする音がした。
「いるぜ」
「お待たせしました」
分厚い眼鏡をかけた、五十がらみの女性が現れた。
日は正午をとっくに過ぎて、もうすぐ暮れようとしている。
***
現れた、年増の女。
浮かべている愛想笑いが、どことなくくたびれていた。肌に張りがない。
化粧で誤魔化してはいるが、首筋や顔には隠し切れぬしわが刻まれている。王都で会った少女の擬態の姿もくたびれたものだったが、こちらは積日の疲労が蓄積された感じだ。きちんと眠れているのだろうか。
いや。おそらく、それも擬態だろう。
昼間の追いかけっこの時は、生き生きとしていた。
相手は魔王を辟易させたクレア。死神の異名を持つ女である。
「お菓子はお嫌いでしたか?」
クレアは、まったく手を付けられていないテーブルの上を見た。
「用件は?」
「お座りなさい」
疲れた笑顔の中に、有無を言わさぬ圧がある。
少しためらったが、俺は座った。どうせ逃げられないからだ。
「紅茶にします? それとも新大陸から取り寄せた珈琲を試してみます?」
「うまけりゃどっちでもいい」
「それでは珈琲にしますわ。少し時間がかかるのでお待ちくださいな」
こぽこぽと、かすかな水音がする。
砕かれた浅黒い豆の上に、クレアが少量の湯を注いでいた。知らない儀式だ。コーヒーと言ったが、どんな味がする飲み物だろうか。薬のような匂いに、どす黒くいぶされた豆の色が気になるが。
「用件は?」
「せっかちさんですね」
「まどろっこしいやりとりは嫌いだ」
「頼みたいことがあるの。この仕事は貴方にしかできませんわ」
「おいおい、またかよ」
「いつもの依頼とは毛色の違う話です」
「その前口上もいつもと同じじゃねえか」
「本当に今回の仕事は特別です。アリシア様の命が狙われているの」
「アリシアの命が?」
『アリシア? 誰じゃ?』
「何だリィ、知らんのか」
『知らん』
「実は俺も知らん」
『おい。おい』
「ばーさん、アリシアって誰だ?」
「は?」
ぽかんと口を開けて、クレアが俺の顔を呆れた顔で見つめた。
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