深海懲役3年はまっとうできない

ちびまるフォイ

突撃となりの深海

「だからぶっ殺してやったんだよ! ギャハハハハ!」


「被告は反省の余地が見られない!

 よって、深海懲役3年の刑とする!!」


「3年? 楽勝じゃねぇか!

 人の命ってのは安いなぁ!

 3年反省すれば人殺してもいいんだな!」


「早く連れて行け!」


抱えられるようにして裁判所を連れ出された。

次に目を覚ましたときには外は真っ暗だった。


「ここは……どこだ?」


外は真っ暗で何も見えない。

自分の周りは丸い透明な球体で覆われている。


最後の記憶は深海懲役を食らったときのこと。


「これが深海懲役なのか……」


もっと深海魚が横切ったりするのかと思ったが

あまりの暗さにそれも見ることが出来ない。


「へっ。海にいるってことは海上があるってことだろ。

 3年も待っちゃいられねぇ。さっさと外へ出てやるぜ」


うまく自分を包んでいる膜越しに振動を伝えながら

少しづつ、少しづつ上へと上昇する。


けれど前後左右がまっくらだと方向感覚もおかしくなり、

しだいに昇っているんだか横へ転がっているのかわからなくなった。


「はぁっ……はぁっ……くそっ……全然変わらねぇ……!」


それでも多少上がれば明るくなるのではと思ったが、

丸い球体を中から動かすのは大変で上昇幅もちょっぴり。

体力だけが搾り取られるだけだった。


「ちくしょう……こんな脱獄不可能の場所があるなんて……」


これまでもいくつもの刑務所を渡り歩き、

脱獄神とまで呼ばれた自分でもこれには手出しできない。


外と自分とを隔てる球体膜を傷つけてしまえば、

深海の圧力により一瞬でぺちゃんこにされてしまう。


球体は時間ごとにわずかに上昇していくうちに

3年でやっと海上に辿り着くから懲役3年なのだろう。


「ここで……3年……」


改めて自分の環境に目を向けてゾッとした。


陸の刑務所では腕力や恫喝でいくらでも強者になれたが、

深海において自分はプランクトンほどの力も発揮できない。


ただ食われるだけの存在だ。

はたして3年かけて海上に無事たどり着けるのだろうか。


外敵の存在はもちろん自分が正気でいられる自信がない。


「おおーーい!!! だれかーー!!」


叫んでみても外の暗闇はなんの反応もない。

深い闇がどこまでも続いている。


深淵に閉じ込められてしばらくすると、

もうなにもしなくなりただぼーっと過ごすようになった。


何かを考えたりしていると不安がつきまとってしまう。

3年をもっとも負荷なく過ごすためにはこれしかないと思った。


そのとき、なにか暗闇の奥でなにか見えた気がした。


「ひっ……! し、深海生物かっ……!?」


怯えたが逃げることもできない。

わずかな波の振動が球体の膜を伝わってくる。


闇の中からバカでかい口を開けた生物がやってくるんじゃないか。

クローゼットの奥に潜む怪物に怯える子供のように震えた。


暗闇からやってきたのは丸い球体だった。


「まさか……受刑者か!?」


見間違いではなかった。

透明な球体に閉じ込められている人間がこちらへやってきた。


膜同士をくっつけると振動が伝わるようになり声も聞こえる。


「お前も受刑者なのか!?」


「ああ! まさかこんな場所で他の人間に会えるなんて!」


とたんに元気がわいてきた。

これまで心細かったんだとはじめて自覚した。


「私は深海懲役5年の底からやってきたんだ」


「5年!? 2年ぶんも上に上がってきたのか!?」


「いいや、実際にはもうこれで深海10年目さ」


「じゅっ……十年!?」


「今じゃすっかり深海の目になってしまって。

 遠くで同じ受刑者を見たのははじめてだ。

 それで慌てて来たんだよ」


男の目はすでに人間のものではなくなっていた。

闇に順応するように黒目が大きくなりすぎて、白い部分がない。


「あんた2年なんだろう。2年で海上に到達できるんじゃないのか」


「最初はそう思っていた。2年なにもせずに過ごしていたが

 ここから解放されることはなかった」


「そんな……」


「だから自分の力で外へ出ることに決めたんだ。

 でもいくら泳いでも上がっても出られない。

 天井のようなものがあるみたいなんだ」


「天井……水圧で作られる壁みたいなものか……?」


「わからない。わかるのはここからは2年待っても

 10年待っても脱出できやしないってことだ」


「それじゃあんたはなんであがいてたんだ」


「ふと考えたんだ。どうやってここまで私達を運んだのかって」


「どういうことだ?」


「海に投げ捨てれば深海に落ちるってわけじゃない。

 ちゃんと深海まで"運ぶ"必要があるってことに気づいたんだ」


「まさか……」


「ああそうさ。私は他の深海受刑者が運ばれるとき、

 そこをジャックして海上にあがろうって作戦だ」


考えてみれば浮上に3年かかるほどの深海なんて多くはない。

どうしても場所は密集してしまう。

受刑者を運ぶためにやってきた深海船を襲撃することもできるはず。


「その作戦、俺も乗らせてくれ!」


「もちろん。ひとりじゃできないから、

 こうして声をかけるためにやってきたんじゃないか」


それからというもの、二人で闇に目をこらす日々が続いた。

ただ闇を漂うだけの日々よりもずっと有意義だった。


ある日のこと。


「お、おい! 今、一瞬光が見えなかったか!?」


「本当か!?」


「やっぱり! ほらあっち!」


見間違いでも、闇が見せた幻覚でもなかった。

明らかな人工の光がちらついたのが見えた。


「いくぞ! このチャンスを逃すな!!」


ハムスターボールのように膜を転がして動いていく。

ついに深海探査船へとたどり着いた。


「受刑者の球体は積んでないみたいだから、

 深海に落としてから戻る途中だったみたいだな」


「ようし、なかに入ろう」


よもや深海受刑者が襲ってくるとは思ってないだろう。

探査船に膜ごと滑り込んでいく。


中に入りこむと、やっと膜から外に出ることが出来た。


「ああ……この開放感、久しぶりだ!」


「静かに。ここからが本番だ」


自分たちの本来の仕事を思い出して声を潜める。

操縦デッキへとそっと近寄り音も立てずにドアを開ける。


「っ……くさっ。何だこの匂い……」

「静かにっ」


ツンとした匂いに咳き込みそうになった。

操縦席には背もたれごしの背中が見える。


「おいてめぇ! この船をよこしやがれ!!」


勢いよく肩を握った瞬間。

操縦席に座っていた男はボロリと腐り落ちた。


「わっ! な、なんだ!? 死体かよ!?」


「……ま、まあ。これで晴れて深海船は手に入れられたな」


一番恐れていたのは屈強な乗組員により返り討ちにされることだったが、

相手が死体だったので難なく奪取できたのは幸いだった。


「よし、燃料も残ってる。これなら行ける」


「これで深海懲役を一気に省略だ!」


上昇レバーを一気に引くと船は浮上した。

そして、ドンと船全体を揺らす衝撃で浮上を止めた。


「いってぇ……なんだ? なにかにぶつかった?」


「いや……何もないみたいだけど」


「例の水圧の天井かな?」


何度浮上しようとしてもぶつかってしまって上がらない。


「ちくしょう! なににぶつかってるっていうんだ!

 せっかく船を手に入れて外に出られると思ったのに!!」


「何も見えないがきっと何かにつかえただけだ。

 ああ、そうだ。ほらライトがある。これで照らしてみよう」


燃料を使うので控えていた船のライトを点けた。


巨大な歯の裏側がライトで照らされたとき、

やっと自分たちがどこにいるのか悟った。


「ちがう……深海じゃない、俺たちは……もう食われて……」

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