第二話 《魔獣討伐:Beast hunting》(前編)

 とりあえず一か月間は独りで努力してみたのだが、全くレベル上げは捗らなかった。

 現在の経験値量は87。Lv.16まではあと153も必要である。このペースならあともう二か月必要だ……。

 そこで俺は、国の中心地であるここ、首都・トーキョウである特権を活かして、ここにしかない日雇いの魔獣討伐に参加することにした。


「えー。でも、魔飛蝗まバッタ一匹倒せない有名アリーナが、本当に魔獣なんて倒せるの?」と思ったあなた、朗報です! なんとこのバイトは、集まったメンバーで即席のパーティーを組むのでしたー、ぱふぱふっ!

 そもそも俺の一番の強みは、この豊富な魔法知識と《代理詠唱魔法》にある。《代理詠唱魔法》はその名の通り、他人の詠唱を肩代わりする魔法。元より俺は、一人でレベル上げをするようには出来ていないのでした!




 ……ということで、俺はさっそく寝起き一番に日雇いの魔獣討伐依頼所へとやって来た。


「よお、坊主。朝から元気だな、もしかして坊主も参加するのかい?」


 もう坊主と呼ばれることには慣れてしまっている。なんせ身長が156cmしかないのだ。子供と間違われても仕方ない。


「はい! 討伐はいつ頃開始ですかね?」

「人が集まり次第だな。特に、坊主みたいなのも参加するとなると、それなりに強い冒険者も必要だ。出発は大体10時頃だろう」


 言われ、俺は時計台を見た。現在の時刻は午前8時過ぎ。まだまだ始まるまでは時間が掛かりそうだ。

 すると暇つぶし程度に、依頼所のツルハゲ頭のおっさんが俺に話しかけてきた。


「坊主はどんな魔法が使えるんだい? 初級冒険者Lv.15みたいだけど、本当に参加しても大丈夫かい?」


 心配されるのも無理はない。正直、俺だって心配だ。おっさんには俺のレベルしか確認出来ていないみたいだが、俺のステータスは一般人よりさらに劣る。きっとステータスを見せたら目ん玉ひん剥いて驚くだろう。

 でも、「じゃあ君は、レベルが低すぎるからまた大きくなったらおいで」では困るのだ。元より隠すつもりもないし、自分の存在価値を見出すため、俺は自分の得意魔法を伝えた。


「――へー……《代理詠唱魔法》」

「……もしかしてご存じないですか?」

「いや、別に知らない魔法じゃないが、珍しい魔法を使うんだな」

「はい、……実は俺、ステータスがものすごく低くて……」

「なるほどな……。でも、坊主には魔法知識があると」

「はい! それはもう沢山。

 よかったら、おっさんの体力を使って、一つ魔法を発動させてはもらえませんか?」


 俺は自分を売り出すことを止めない。


「おっさん……って、仮にも雇い主であるおれにその言い草はないだろ……。

 まあ、力量を知っておくことは大事だからな。どれ、じゃあ……《強化魔法》でも発動してみてもらおうかな」

「お安い御用だぜ!」

 俺は詠唱する。


「《代理詠唱魔法・Read for おっさん》・《強化魔法・Boost》!」


 するとおっさんの元々パツパツの服が、さらにパツパツになる。つまり、おっさんの筋肉が肥大化する。


「おお、こりゃたまげた。魔法の掛け方もさることながら、魔法の還元率が優秀だ。それと《代理詠唱魔法》を“おっさん”なんて代名詞で発動出来てしまうことに驚きだ」

「ありがとうございます! ……てか、詳しいんですね」

「まあ、この仕事に務めて長いんでな、いろんな冒険者の魔法を見てきたのよ。坊主の《代理詠唱魔法》は間違いなく一級品だ。誇っていい」


「じゃ、じゃあ、この討伐に参加してもいいですか?」

 俺が控えめにそう問うと、おっさんはガハハとにこやかに笑った。

「なーんだそんなことを気にしてたのか。それは問題ない。……だが」

 と、おっさんは一瞬にして顔色を暗くした。

「――肝心のはどうするんだ?」

「相手……?」

「ああ。《代理詠唱魔法》は、相手――仲間がいないと成立しないだろ? 見ると、坊主は女っ気どころか仲間ひとりいないみたいだし……。まさかこれから探すーなんて言わないよな?」


 おっさんのその発言に、俺はギクッと肩を震わす。おっさんは溜め息を吐いた。


「おれも最小限手伝うが、交渉は自分でするんだぞ。

 この仕事は歩合制だからな。取り分の取り決めはしっかりとしておきなさい」


「はーい」と俺は、まるで教師に宥められる生徒みたいな対応をすると、さっそくやって来た討伐者達に声を掛けた。




 一組目。

「《代理詠唱魔法》? 悪いけど、ぼくたちはパーティーで参加しているんだ。連携の確認目的も兼ねてるし、君と一緒に討伐することは難しいかな」

「ごめんね」

 4人組・男女二人ずつで構成された青年パーティー。現実世界でいうところの大学生みたいな風貌の彼らは、まるで小学生を相手取るような感じで、俺をやんわりと断った。


 二組目。

「ガキんちょてめー。だれに口きーてんだてめぇー」

「そうだぞおめー。だれに口きいてんだおめぇー!」

「おめぇーよお、てめぇー」

「止めろお前ら!

 わりいな坊主。ワシら、坊主の相手してやれるほど、暇じゃねえんだ」

 4人組・ヤンチャなお兄さん方に目を付けられてしまった。3人の下級冒険者を取り巻きとした、兄貴と慕われる上級冒険者のパーティー。

 この世界にヤクザのような組織があるのかどうかはわからないが、まだ優しく接してくれる内にさっさと退散しよう。


 3組目。

「なにこのガキ?」

「ちょーやべー。まじぱねー」

「それな。まじやばすぎてちょーやばい」

「まじやば~」

 4人組・ギャルでぴーぽーでぱーりーないとな日焼け男たちは、俺が声を掛けるや否や、そんなどこぞの世界で通づるのだろうという言語を用いて会話をし始めた。「ぱねー」「やべー」と会話する彼らを見て、俺は声かける相手を間違えた! と思い、足早に退散する。……どうでもいいけど、ちょっと古いんだよなあ……。


 4組目。

「筋肉! 筋肉! 筋肉!」

「よっ! 肩に森熊が座ってるよ!」

「森熊より、筋肉デカいよ!」

「まるで筋肉の大賢人だ!」

 5人組・鎧の類を一切纏わず、鋼の肉体だけで魔獣討伐に挑もうとしている危ない奴ら。テッカテカに黒光りする肌と、キッラキラに光る白い歯が印象的で、俺も参加したら上半身裸になることは避けられないだろう。


 しかし今までの参加者とは違い、俺に優しく返答してくれる筋肉たち。

「すまんな少年! 我々は筋肉だけで戦うから、魔法の類は点でダメなんだ」

「少年と一緒に戦いたい気持ちは山々だが、ごらんのとおり、既に筋肉で山々でな」

「もし少年に危険なことがあれば、すぐに駆けつけよう。筋肉だけにな」

「筋肉! 筋肉! 筋肉!」

「安心しろ! 筋肉は裏切らない!」

 ……うん。やっぱり危ない奴らだ。




「おーい坊主~」

 10時も回り、そろそろ魔獣討伐も開始となる頃。別の組に声を掛けてくれていた雇い主のおっさんが、俺を遠くから呼び寄せた。

「なんですか?」と俺が走って駆け寄ると、おっさんは嬉々として彼女たちを紹介する。


「坊主と一緒に討伐してくれるってよ。取り分も均等でいいってさ」


 見ると、おっさんの後ろには現実世界で言うところの女子大生みたいな3人組が、防具一式を身に纏って参加していた。


「彼女が隊長のカレンだ」

「あら、可愛らしい冒険者さん」

 手を差し出してきた隊長のカレンさんは、俺より幾許か身長が高く、胸が豊かで妖艶だ。紫眼とポニーテールの金髪が印象的で、役職は長剣を用いた斬撃攻撃手アタッカー


「ア、アリーナです。よろしくお願いします」

 俺は上擦る声音を何とか抑えて、恐る恐る握手する。ひやぁ、手が柔らかい!


「なに緊張してんの、かわいい~。あたしはローラ」

 こちらもスッと手を差し出してくるので、俺は嫌味にならないよう、心がけながら握手する。わあ、こっちも柔らかい。

 肩に弓矢を担いでおり、斜め掛けされたそれが豊満な胸部をさらに強調していた。白い肌にストレートの黒髪が特徴的な、豊麗な女性だ。役職は射撃後衛手サポーター


「アリーナくん、よろしくね。わたしはエリー」

 ショートカットの茶髪な彼女は、例にもれず立派なバストを携えており、身体を隠すように抱えられたステッキと、白を基調とした上下一体型のウェットスーツみたいな装備が……って、なんだこれ? なんでこんなボディーラインがはっきりと出るような衣装を着ているんだ?


 俺が不思議そうにまじまじと見つめていたのが恥ずかしかったのか、彼女は顔を赤らめると、さささーっとローラの裏へと隠れてしまう。


「なに恥ずかしがってんのよ、エリー。最新鋭の装備だ! って言って、なけなしの金をはたいてそれを買ったのは、どこの誰子さんだっけ?」

「だってえ……。お店で見た時はわたしでも似合うかな~って思っちゃったんだもん……。まさかこんなエッチな装備だとは思わなくて……」


 なるほど。どこぞのSF作品に登場するようなパイロットスーツを着ていた理由は、そういうことだったらしい。恥ずかしいと身体を隠しながらも、しかしそれを装備する理由は、よっぽどその装備が高かったのだろうことが伺える。


 3人との自己紹介を終えると、後ろで鼻の下を伸ばしていたおっさんに、俺はこっそりと耳打ちした。


「本当に、あのお姉さんたちと討伐するんですか?」

「なんだ、気に食わないのか?」

「いや……、気に食わないっていうか、俺には不相応というか……。なんかもっとこう、普通の冒険者の方々が良かったです」


 すると、おっさんは俺の肩を勢いよく抱き寄せると、さらに声を潜めてこう言った。

「知ってるか? この討伐会はな、男女の出会いの場としての意味合いもあるんだ。様子を見るに、随分と気に入られてるみたいじゃねえの。あんな上玉の女3人と行動できるなんて滅多にないことだぞ。これを気に誘ってみたらどうだ?」


 嬉々として語るので、俺も少しだけそのことを考えてみたのだが……、

「いや、確かに魅力的ですけど、俺コミュ症なんで。うまく会話が出来ない可能性の方が心配なので……」

「贅沢言うなよ。代われるならおれが代わってやりたい!」




 おっさんのキモさが増してきたころ、おっさんの部下である女性が「そろそろ」と声を掛けてきた。


「集まったか?」

「合計50人くらいですかね。一人の方も何人かいましたが、即席でパーティーを組んでもらいました。いつでも討伐に向かえます」

「わかった。皆さんを集めてくれ」

 そうして、魔獣討伐に関する説明が行われる。


「今回の討伐対象は、魔狼の群れだ。魔獣の中では下級扱いの奴らだが、こと集団戦となると厄介になる。先遣隊の情報では、優に100匹を超えるらしい。みな心してかかってくれ。

 討伐報酬は1匹につき3000円。みなパーティーを組んでもらっていると思うが、報酬はパーティー単位で支払わせてもらう。

 この後記入してもらう合意書に署名をしたら、討伐開始だ。何か、質問のある者はいるか?」


 おっさんは一周だけ俺たち冒険者を見回した。


「よし、問題はないみたいだな。それでは行きましょう」

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