第1回 魔王軍幹部・七賢者会(会議後編)
「まずキロン。勇者について、ペリアンドロスに説明してやってくれ」
「!? ……わかりました」
キロンは渋々ペリアンドロスに説明を始める。
「貴様の考える通り、“勇者”とは単純に言えば“超常能力者”のことだ。
それは先の貴様の考えの通り、または魔王様の発言から分かるように。
けれど、それは偏に言えない、という事実も言っておかなければならない」
キロンは息継ぎをする。
「問題は、貴様が先日提出した報告書にある」
「えっ、我の報告書ですか?」
ペリアンドロスは驚きを隠せない。
「ああ。貴様は報告書にこう書いたな。
『魔王様は我に対し、『あの子(アリーナ)は殺しちゃダメだ』と仰った。理由を問うと、『だって、あの子は勇者だから』と答えた』と」
「え、ええ……」
書き方に不備があったのか? とペリアンドロスは思案する。
「これがまさに今、問題なんだ」
「え……なぜですか?」
ペロアンドロスは質問する。
「この報告書によると、魔王様は『そのアリーナという人物が“勇者”だから殺しちゃダメだ』という風に解釈することができる。
ペリアンドロス、この解釈に間違いはないか?」
「はい」
タレスの確認に、ペリアンドロスは返事をする。
「ふむ……、つまりだな。これが事実だとすると、二つの既定事項が覆るんだ。
一つは、『“勇者”と“超常能力者”には、何の繋がりもないということ』。
そしてもう一つは、『勇者は殺してはいけないこと』」
「……ああ、なるほど」
ペリアンドロスはすべてを理解した。
「『勇者狩り』……、つまり勇者を殺すことが違反となる」
「その通りだ」
タレスが肯定する。
「……けれど、それはアリーナにしか適用されないのでは?」
ペリアンドロスが問うと、それを今度はクレオブロスが答える。
「いや、正直な話、一つ目の問題である『勇者と超常能力者の関係性』については、否定することの方が難しいんだ。
まずは過去の魔王の発言だな。『魔王と対等の力を持つ彼らは勇者』。ここでいう魔王とは超常能力者のことであり、つまり間違いなく勇者とは超常能力者のことであると言える。
そして二点目は、過去の伝承だ。シンラとアキツシマが超常能力者であり、かつ転生者であることはさっきまでの説明で知っての通りだと思うが、別に彼らが一度たりとも“勇者”に選ばれたことが無いわけではない。あいつ等は伝承によると、過去に何度か“勇者”として魔王と対峙したことがある。
まあ、ここで一つ訂正案を出すならば、その勇者が『魔王による発言』か、『領主による決定』かの違いは無視できないけどな」
つまり、『勇者と超常能力者の関係性』を完全否定するには、先の報告書による魔王の発言では弱いということ。
だとしても、『勇者は殺してはいけないこと』が否定されるわけではない。むしろこっちの方が問題なのだ。
「もし、その殺してはいけない“勇者”というのが、現存する“超常能力者”にも該当されるとすれば?」
タレスはペリアンドロスに問う。
「もしもそれによって、魔王様が吾輩たちに牙を剥いたとしたら?」
ペリアンドロスは考える。
「……ならば、殺さなければ良いのではないですか?」
単純な解答だ。殺して罪に問われるのならば、殺さなければいい。
けれどタレスは、その解答を良しとはしなかった。
「勇者は脅威だ」
「……え?」
「超常能力者は脅威だ」
「……つまり?」
「板挟み状態なんだよ、現状」
クレオブロスが解説する。
「勇者を殺せば、魔王に殺される。でも、勇者を生かしておけば、必ずや
もしもあいつ等が力を付けて、また魔王城に乗り込んできたとしたら? 己たちは魔王の壁だ。魔王にしか倒せない超常能力者に、己たちが敵うわけないだろ? つまり己たちは死ぬ。
タレスはそのことを恐れてるんだ。」
死を恐れている。生きている動植物ならば、すべてが持っている価値観であろう。けれど、その価値観はペリアンドロスには適用されなかった。
「あの魔王軍が。その魔王軍の幹部が。あろうことか“死”に恐れているのですか?」
「別にこれはただの悲観じゃない。事実だ。それは過去の出来事が証明している」
さっきの話か、とペリアンドロスは思い出す。過去に七賢者がタレスとソロンだけになったことがある。その原因はシンラとアキツシマだったようだ。詳細は知らないが、その2人が力を合わせれば、七賢者は二人まで減らされてしまうと。
「情けない……」
ペリアンドロスはそう呟いた。
「まあ聞けよ、後輩。本題はそっちじゃない。本題は『勇者狩り』について、だろ?
「え……」まさか、あれだけ臆しておいて?
「お前も知っての通り、シンラ・セキカズはあの魔王が殺したんだぞ? つまりさ、話が矛盾してんだよ。
『勇者だから殺しちゃいけない』とか、『勇者=超常能力者』とか言っておきながら、その判り切った超常能力者であるシンラは、その魔王に殺されてるんだよ。
しかも知ってるか? シンラを魔王が殺すと決めたのは、実際は魔王本人だったんだ。
魔王は言っていた。『このままだと、また幹部がシンラに殺される』と。つまり魔王は、勇者=超常能力者が死ぬことより、己たち幹部の生死を案じたんだ。
だから、方針は今まで通り変わらない。
勇者、もとい超常能力者は、強くなる前に摘む。
既にミュソンは、その超常能力者に殺された。『殺しちゃいけない』云々の話はまた後。今は一刻も早く、そのアキツシマ・ユイガを殺さなくてはならない」
「……つまりそれが」
「そうだ。つまりこれが本議題、『勇者狩り』についての詳細だ」
最後にタレスが、そう締めくくった。
「魔王様の発言や考えには、これからも常に注意しておくこととし、とりあえずは現状、今までどおりの計画を実行する」
「……では、その『勇者は殺してはいけない』というのは、アリーナにしか適用されないと」
キロンが控えめにそう問うと、
「いや、それについては明言しない」
とタレスが明言した。
「先にアキツシマ・ユイガの殺害担当を決めた方がいいだろう。
……さあ、誰か立候補する者はいるか?」
途端、会議室内はどんよりと静まり返る。それもそうだ、幹部の一人を殺した人間を、しかもれっきとした超常能力者であるとされている人物を殺すなど、そうほいほいと安請け合い出来るような仕事ではないし、そこまで彼らは愚かではないのだ。
だからタレスは、議長として決定を下す。
「ならば吾輩が決しよう。
ビアス、これは貴君の担当だ」
「……はあ、やれやれ」
その態度に、ペリアンドロスは少しだけ疑問を持つ。そこまでいやそうではない。
「わかりきっていたよ。これまでも、
その発言に、ああとペリアンドロスは納得する。そういえば、勇者と彼が認定したシュンは、ビアスによって殺されたのだ。
「それにビアスの特性は、報告にあるアキツシマの攻撃に有効であるといえる。
頼んだぞ、ビアス」
「ワかった」
ビアスは了承する。
「……さて、ではこれで今回の七賢者会は終わりだな。誰か他に論じておきたい議題はあるか?」
すると、キロンが手を挙げる。それをタレスが差し示す。
「このアリーナ、という人物についてはどう致しましょう。
現状、彼のレベルは、報告段階ではLv.14。とても我々に対抗できるとは思えませんが……、しかし彼は魔王様直々に“勇者”の称号をもらっております」
「ふむ……。しかしだな、キロンよ。彼は転生者でもなければ、ペリアンドロスの報告によれば超常能力者ですらないみたいだぞ」
「ええ、それも理解の上での話です。
彼、アリーナには、特出した事例がない。あるとすれば、“異常に能力値が低い”ということのみ。あとはシンラ・セキカズの教えを受けているということだけでしょうか」
「しかし、アリーナは魔王より『殺すな』の命令が下っている。脅威でもない彼を、放っておくことにどんな不都合が生じる?」
「いえ、だからこそ監視を付けておくべきではないかと」
「……」
タレスが頭を悩ましていると、そこにペリアンドロスが参加する。
「……あの、アリーナに関して。実は彼を“マクハリの勇者”と認定しておりまして……」
「なんと!」
キロンが驚く。
「つまり、アリーナは我の精神的拘束下にあります。個人的に彼とは因縁もありますし、現状はこのままでも問題ないかと」
「……決まりだな。では、アリーナの件についてはペリアンドロスに一任しよう」
「わかりました」
タレスの決定にキロンは合意する。
「以上だ。解散してくれ」
午後八時頃、本日の七賢者会は終了した。
去り行く幹部の面々を見ていて、ペリアンドロスは一つ思ったことがあった。それは、
「魔王とは、一体なんなのですか?」
純粋な疑問だった。組織的に仲間であるはずの魔王を、なぜタレスはこうも恐れているのだろうかと。他の者も言及はしなかったが、同じような思想が見て取れた。恐れる――とは少し違えど、しかし明らかにペリアンドロスの想像する魔王軍幹部とは違った。魔王を疑問視しているクレオブロスの発言も気になる。
その疑問に、ソロンは答えた。
「魔王とは、崇拝の対象である」
その疑問に、タレスは答えた。
「魔王とは、畏怖の対象である」
その疑問に、キロンは答えた。
「魔王とは、従属の対象である」
その疑問に、ビアスは答えた。
「魔王とは、羨望の対象である」
その疑問に、クレオブロスは答えた。
「魔王とは、興味の対象である」
その疑問に、ピッタコスは答えた。
「魔王とは、尊敬の対象である」
「ペリアンドロスよ、もう一度問おう。
貴君にとって魔王とは、一体なんだ?」
タレスは問う。その答えを他の幹部も求めていた。
(我にとって、魔王とは……)
ペリアンドロスは考えた。
崇拝・畏怖・従属・羨望・興味・尊敬。
少なくとも、彼の想いはそれのどれにも当てはまらなかった。
元より、自分はなんのために幹部となったのか。
ペリアンドロスは考える。
(ああ……)
彼は思い出した。あの日抱いた、あの感情を――
『暇』
そう、暇だった。ずっとずっと、“暇”だった――。
思い返し、そしてペリアンドロスはふっと笑った。
「魔王とは、遊戯の対象である」
ただの暇つぶし、気晴らし。ただの気紛れだ。
そこに意味なんてなく、純粋な遊び心である。
彼の発言を、他の幹部はどう思ったのだろうか。
ある者は悲痛な表情を浮かべ、ある者は歓喜の笑顔を浮かべていた。畏れ多いと宣う者も、面白い奴だと楽しむ者も。無表情に顔を動かさない者もいれば、やはり興味なさげに去って行く者もいた。
けれど彼らの、そんな心の移ろいを見ていたペリアンドロスは、一つの結論を得た。
――所詮は幹部。
どうにも、我に敵う者などいないようだ。
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