第1回 魔王軍幹部・七賢者会(挨拶編)
「――遅いゾッ!」
光に当てられて鈍くなっていた視界が回復する頃、ペリアンドロスに向かってそんな幼子の声が掛けられる。
「まあいいじゃねえか。この短い間に転移紋を造ったってことだけでも、有終の美を飾れるね」
次は大人の男の声。
「
そして今度は女性の声。
「そういう意味じゃないけどな。
ビアス、人真似をするんだったらもう少し勉強してからにしろよ」
「フンッ。ダレがスきコノんでニンゲンのマネゴトなど……」
「もう良いか? やっと全員揃ったのだ、会議を始めるぞ」
最後に老いたおじいさんの声がした。
名前だけは知っていた。だが、こうして面を合わせるのは初めてだ。
「まずは自己紹介でもしようかの。
杖をつき、腰の曲がったその風貌は、威厳こそあれど、とても強そうには思えない。
キロンはゆっくりと会釈をすると、「よろしく」とペリアンドロスに言い、次を進めた。
「
ワラワは
以前会った時は魔獣の姿をしていたはずだが……、今は大人の女性の姿をしていた。生地の薄い朱いドレスを身に纏った彼女は、その豊満な身体つきが相まってとても扇情的だった。
「じゃあ次は
己は七賢者の第五席、七賢者唯一の人間、クレオブロスだ。あんたも元は人間なんだろ? 仲良くしようぜ、ペリアンドロス」
年齢はわからない。五十代前半ともとれるし、二十代後半にも見える。背は高く大柄で、革のジャケットに革のズボン。その上には革のローブを着込んでいる。無精髭と、何度も縫い合わされた傷跡が印象的で、筋骨隆々の身体からは肉弾戦を得意としているのだろうことが伺える。
……けれど当てが外れた。
「専門は呪術だ。以前、あんたの親父さんに頼まれて《父殺しの禁忌》を掛けたことがあるんだが……、流石に覚えてないよな?」
(こいつが……?)
ペリアンドロスは自然と両拳に力が籠る。
「おいおい、そんな怖い顔すんなよ。言ったろ、人間同士……いやあんたはもう魔人だが、仲良くしようぜって」
クレオブロスは両手を上げて、へらへらとへつらい笑う。
ペリアンドロスは思った。こいつとは仲良くなれそうにない。
「オレサマは
七賢者では六番目だけど、あれは入会順だからな。オレサマが魔王軍の中で一番強いッ!
オレサマはピッタコスだッ!」
威勢よく胸を張るその姿は、どうにも
“魔神”と言うからには、かなりの実力者であるはずだ。なんせ自らを“神”と称するのだ。よほどのバカか、無礼者でもない限り、自身を“神”だとは名乗れまい。
さて、このピッタコスはバカか無礼者、どちらに属するのかという話だが、紛い成りにも魔王軍幹部の一角を担っている以上、是非を問うのは難しい。
第六席が挨拶を終えた。ならば次は第七席であるペリアンドロスが挨拶をしようとすると、それをキロンが制した。
「お主の自己紹介はまた後で聞く。とにかく今は、早急に会議を始めなければならない。
付いて参れ、ペリアンドロスよ。お主に魔王城を案内しよう」
そう言われ、ペリアンドロスは再度室内を見渡した。全体的に室内は暗く、様子を細かく確認することが出来ない。好ましくないが、ペリアンドロスは少しだけ悪魔化する。
「へえ……、悪魔化すると暗視が出来るんだな」
隣でクレオブロスが興味深そうに彼を観察した。
見渡して気が付いた。……いや、可笑しいなとは思っていたのだ。まさか転移紋を会議室に造るはずは無かろうと。
ここは会議室ではなかった。転移室だった。しかもペリアンドロスの使用した転移紋だけではない。より強力な転移紋から、サッカーコート一面分の大きな転移紋まで、さまざまな転移紋が集められていた。
「早う来い。タレス殿らが待って居る」
キロンは杖をトントンと二回つき、こちらを催促する。
「――なっ……!」
ペリアンドロスはその光景に目を見開いた。
いくつもの高い塔を組み合わせることによってカタチを成している魔王城は、それらの塔を蜘蛛の巣上に張り巡らした、渡り廊下によって繋がれていた。
廊下から下を覗くと、底は霧がかかって見えなくなるほどに深く、また上は、空を覆い隠してしまうほどに複雑に廊下が架けられている。
転移室(転移塔)から出たペリアンドロスは、再度その光景に息を呑んだ。
「すごい……」
これほどに大きな城は、きっとカントーのどこを探しても見つからないだろう。それほどまでにこの魔王城は広く複雑だった。魔の王たらしめる威厳のある城だと胸を張って言えるだろう。
「こっちだ」
キロンはまた杖をトントンと二回ついた。その呼び寄せ方は止めてほしい。気に障る。
ペリアンドロスはもう少しだけその光景を見ていたかったが、ここに来た目的を思い出すと、駆け足でキロンの後を追った。
会議塔の大きな扉が開かれた。中には七人がゆったりと座れるだけの長机が置かれている。座る場所は決まっているらしく、奥には既に第一席と二席と思われる、二人の人物が座っていた。
キロン、ビアス、クレオブロス、ピッタコスの四人が席に着くと、満を持してといった具合に、長机の長辺の一番端にいる男が口を開いた。
「ようやく七人揃ったな。さっそく会議を始めたいところだが、先に紹介を済ませよう。彼が……」
「タレス殿。儂らの紹介はもう済ませた。であるから、タレス殿らの紹介をお願いしたい」
遮るようにしてキロンがそう言うと、タレスはゲンドウポーズをして、未だ座らず長机の短辺の前に立っているペリアンドロスへと目を向けた。
「……ふむ、なるほど」
タレスはゆっくりと言葉を発した。
「吾輩は魔王軍幹部・七賢者の第二席。この七賢者会では議長を務めている。タレスだ」
ペリアンドロスから見て遠くにいること。光の当たらない暗がりにいること等、その他諸々の諸事情により、タレスの容姿をはっきりと明言することは出来ない。けれどこの広い会議室でも十分に声が通り、なおかつ声色が渋いということだけは明言しておく。
「……」
沈黙。タレスが黙ると、会議室は途端に閑散とした雰囲気に満ちた。
ペリアンドロスは前を見る。ちょうど彼の真反対には、魔王軍幹部・七賢者の第一席。魔王の右腕にして最古参の人物が座っている。
……長い、長い沈黙が過ぎた。
もうそろそろ、ピッタコス辺りが痺れを切らして暴れ出すだろうという頃。一言だけ、その最古参である人物は口を開いた。
「ソロン」
主語も述語も、接続詞すらない。ただ一言、第一席であるソロンが自分の名前を口にすると、次はお前だ、という視線が一斉にペリアンドロスに向けられる。
(今のが自己紹介のつもりか?)
ペリアンドロスは少しだけ、ソロンに不信感を抱いていた。なぜなら、ソロンからは少しも覇気が感じられなかったからだ。凄みというか、強さ。ソロンからは一切それらが感じられない。
他の幹部からはそれらが感じられた。ある分野において一番になったのであろう彼らは、王者の風格というか、内面より自信が満ち溢れていた。
けれどソロンにはそれがない。全くない。表に出さないように隠しているのかもしれないが、どうもそうであるとは思えない。そもそも、ソロンには感情のようなものがあるように思えない。
これはペリアンドロス特有の観点だろう。彼には読心技能がある。端的に言えば、他人の心を読むことができるのだ。そんな彼の思う“感情がない”は、他の誰かが言う“感情がない”とは比べ物にならないくらい重い思いだった。
「ペリアンドロス。次はお主の番だ」
押し黙っていた彼を催促するようにキロンが促す。
「初めまして。ペリアンドロスと申します」
作法に困って、とりあえず頭を下げることにした。別にペリアンドロスは頭を下げることに抵抗はない。過去にそれで彼を見下した貴族もいたが、すべて実力でねじ伏せてしまった。
「出身は?」
キロンが問う。
「マクハリです」
「マクハリッ?」「田舎じゃん」と口々に相槌を打つ者がいる。
「何が出来るのッ?」
今度はピッタコスが訊く。
「え……」
「いや、よい。技法の開示は来たるべき日にすればよい」
と、勝手にキロンがフォローする。
「……じゃあワラワからも。ソナタは
「ビアス!」
なぜかキロンがビアスを咎める。
「あ、それ
しかしそれを意に介さず、クレオブロスも賛同する。
「貴様ら……」
「いいじゃねえか。ペリアンドロスはあんたと違って、隠す気ないみたいだぜ」
その意見にペリアンドロスは感心した。いけ好かないが、お節介なキロンよりかはマシだ。
「契約相手は
「なーんだ、下級悪魔じゃんッ」
つまらなそうにピッタコスが呟く。
それをペリアンドロスは聞き逃さなかった。
「……一応、我の契約した
「でも
大した事ねーなッ、と鼻で笑う。
(舐めやがって……)
ペリアンドロスは沸々と怒りが沸き立ちそうになっていると、タレスがスッと手を挙げた。
「タレス殿!」
キロンが彼を指し示した。……さっきからなんなんだ、せかせかとして。なぜキロンは勝手に場を取り持とうとする。
再度タレスはゲンドウポーズを取ると、厳かに口を開いた。
「吾輩からも一つ質問をしよう、ペリアンドロスよ」
彼は一度言葉を区切ると、再度息を吸って大きく息を吐いた。
「貴君にとって、魔王とはなんだ」
「……え?」
質問の意図が読めず、ペリアンドロスは素の表情を返す。
「繰り返そう、ペリアンドロスよ。
貴君にとって、魔王とはなんだ」
「魔王……」
ペリアンドロスは考えた。
(魔王……って、なんだ?)
なんて考えてみるも、いまいち要領が掴めない。
「いや、気にするな。会議を始めよう」
タレスは自分から質問しておいて、勝手にそれを切り上げる。
いよいよ魔王軍幹部・七賢者会が始まった。
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