Lv.15 そして俺は旅に出る。(前編)

「何事ですか?」


 そう言ってこの部屋に押し入ってきたのは、領主の息子・クラマだった。

 部屋全体を見回し、おおよその経緯を察したらしいクラマは、俺に向かってこう言った。


「よくぞやってくれました。

 あなたには感謝しておりますよ、アリーナ」


 称賛された。――称賛?

「どういう意味ですか」俺はあんたの親父を殺したんだぞ?


「そのままの意味です。父を殺してくれたことに感謝しています。父には《父殺しの禁忌》――すなわち、子が父を殺せないようにする呪い――を掛けられていたものですから……」


「……どういうことですか?

 つまり最初から、クラマ様は領主を殺したがってたってことですか?」


「ええ全く。その通りであります。父の悪行には手を焼かされていましたからね……そんなことより、早くオツキさんの様態を確認してはどうですか?」


 俺は確かにその通りだと思い、ベッドの上で今も眠っているだろうオツキの下へと駆け寄った。足にうまく力が入らず、よろめきながら進む俺に、クラマが肩を貸してくれる。

 オツキが汚されている――というと少し意味深だが――そんなことはなく、詰まる所、オツキは下着一枚を残してその身を保っていた。俺は出来るだけオツキから視線を外すよう心がけると、近くにあったブランケットをオツキに掛けてあげる。

 ……なのだが、ここで俺は一つの疑問を抱いた。


「オツキが目覚めない……」


 領主との戦闘はかなり激しかったはずだ。部屋を見ればわかる通り、椅子が粉砕し、ガラスが砕け、飛ばされたトーチが窓に掛かったカーテンを燃やしていた……てっ、

 カーテンに火はまずい!

 俺はその火を消すための詠唱する魔法に悩んでいると、代わりにクラマがその火を俺の知らない魔法で消してくれる。


「ありがとう」

「礼には及びません。それより……」

「ああ」


 俺はオツキに近づき、オツキの呼吸を確認した。どうやら命に別状はなさそうだ。


「ちょっと失礼」

 そう言って、今度はクラマがオツキの様態を確認する。


「呼吸、脈拍……問題なし。顔色も体温も正常値……。

 これはただ眠っているだけですね」


 嘘だろ?

 俺は気になり、再度オツキの顔を見やると、どうだろう。確かに問題はなさそうだ。とてもよく眠っている……とは言えなくない。そんな感じ。


 まるで白雪姫だ。キスでもしたら目覚めるんじゃないか?

「試してみますか?」

 クラマが笑顔でそんなことを言うので、俺は「遠慮しておきます」とだけ伝える。




「――それで、アリーナはどうしてこの城にいるのですか?」


 当然の質問だ。普段の俺ならこの質問に慌てながら答えるのだろうが、今の俺には事前の準備がある。


「……城内に魔物てきが蔓延っていたものですから。これは領主様の危機だと思い……、馳せ参じたわけであります」


 ちゃんと嚙まずに言えただろうか。クラマは考えるように顎に手をやる。


「はて……、城内になんか居たでしょうか?」

「えっ?」


 俺はそんなバカな! と思い、窓から城の裏口の方を眺める。


「……まあ、今はいないみたいですが」

 どうもジジイが敵を残らず一掃してしまったらしい。やり過ぎだ、ジジイ。


「いやでも、俺にはオツキを助け出すという目的が……!」

「確かに、父の悪行には困ったものです。ですが、それでは最初に述べた『領主の危機に馳せ参じた』と言うのと矛盾していますね。なんせ、その守るべき領主を殺してしまったんですから」

「うう……」


 痛いところを突いて来る。ここは素直に話した方が良かったか?


「それに、なぜあなたは、オツキさんがこの城にいるとわかったのですか? ……もしかして、それも“嘘”ですか?」

「そんなわけない! 最初から目的はそれだけだ!」

「それだけ……ね?」


 うう……。いやだこの人、この人と会話したくない。


「まあ、父を殺したことに関しては何も言いませんよ。むしろ感謝を申し上げたいくらいなのですから」

「え……はあ……」

「…………」

「……何ですか?」


 クラマは俺をじっと見つめると、何かをどう聞こうか悩んでいる素振りを見せた。


「……あなた、察しが悪いみたいですね?」


「……えっ?」

 何が言いたいのかわからない。なに、察しが悪い?


「ええ、察しが悪いですよ。何か、あなたは我に聞くことがあるんじゃないですか?」


「……聞くこと?」

 俺は考える。……思えば、俺は悪いことをした側。俺が問い詰められる側、という考えに縛られていたが、そもそも論。


「なんでオツキがこの城にいたんだ?」

「いいですよ、その調子です」


「……それは領主が、時間と金を掛けてオツキを連れ出したから」

「そういう筋書きです」


「……筋書き?」俺は聞き返す。

「ええ、そういう筋書きです」


「……」

「案外、あなたはシュンから何も聞かされてはいないようですね。

 ……困ったものだ。確かにビアスの言った通り、彼に“勇者”は荷が重かったようです」


「シュン? ビアス? ……勇者?」

 俺は困惑する。こいつは何を言っているんだ?


「うーん……、どうやらあなたもダメそうだ」

「……?」


 クラマは右手を挙げると、その手で指を鳴らした。

 ――パチンッ。

 良く鳴る指だ。まるで魔法でも掛けたかのような……魔法?


 すると突然、オツキが目を覚ました。パチッと大きな瞳を開くと、ベッドから起き上がり、ブランケットを剥いで、下着を脱ぎだした。


「ええ、ちょっ、オツキ!」


 俺が何してんの! と訊くも、オツキに俺の声は聞こえないらしい。

 驚いて腰を抜かしていると、今度は部屋の扉がバタッと勢いよく開かれ、そこから無数の若い男女が入ってくる。


「はあ?」

 俺はわけがわからなかった。

 なぜならその男女は、みな水着――より際どい布地のメイド服を着ていたからだ。男の方は何と言ったらいいのだろう。エプロン状のふんどしとでも呼べばよいだろうか。


 部屋に入るだけのメイドたちが入ると、そのうちの一人の女の子が、現在真っ裸のオツキに、自分が着ているものと同じもの、つまり水着より際どい布面積のメイド服を手渡す。それをオツキはなんの躊躇も恥じらいもなく着替える。


「……はあ、どういうことだよ……」

「見てわからないかい? そのままの意味だよ」


 クラマはいつの間に持ってこさせたのか、この部屋の中で飛び切りに豪勢な椅子に座っていた。足を組み、胸を張ったその様子は、どこぞの豚領主より王様っぽい。

 オツキはメイド服に着替え終えると、クラマの椅子の肘掛けに腰を掛ける。オツキに腕を回すクラマの姿は、まさに金と女とすべてを手に入れた男のそれだった。


「どういうことだよ! クラマ!!」

「いい目になって来たな、アリーナ。でもそれじゃあ、まだシュン以下だ。シュンならすぐさま我に切りかかって来たぞ?」


 シュンが? というか……、


「そう、これが答えだよ、アリーナ。

 全ては我がやったこと。

 オツキをこの城に招いたことも。

 シュンが一年前、この町を出たことも。

 シュンとその一行が死んだことも。

 あの町に、オツキと同い年の男女が一人もいないことも。

 全ては我がしたことよ」


 わけがわからない……というか情報過多で、内容がうまく整理できない。

「つまり……?」


「こういうことですよ」

 ――パチンッ。クラマはもう一度指を鳴らす。

 するとクラマの肉体が変化する。金色の髪は銀髪になり、眼の白目の部分が黒くなる。紅眼はより煌々と輝き、頭部から二本の角を生やしていた。これではまるで……


「悪魔……」

「そのことが分かるのなら、まだ能無しというわけではなさそうですね。正しくはインキュバスという悪魔と契約した“魔人”です」


 魔人だって!? 魔人……、魔人ってなんだ?


「詰まる所、魔王側、所謂人間のってやつですよ」

「人間の……敵……」

「さっき言ったでしょ。はいないって」

「……」


「この際だから、自己紹介くらいしておきましょうか。

 どうも、魔王軍幹部・七賢者の第七席、クラマ・マクハリ改め、ペリアンドロスと申します。

 以後、お見知りおきを」


 そう言って、クラマは立ち上がりお辞儀をする。でもその後、

「まあ、もうあなたに用はないですから、死んでもらいましょうかね?」

 と物騒なことを言う。


「ちょっと待て! せめてもう少し説明してからにしてくれないか。これじゃあ死んでも死にきれない!」


 ちょっと胡散臭すぎるか? でも今は少しでも時間が稼ぎたい。


「へえ、ちょっとは駆け引きもできるんですね。

 いいでしょう。じっくりと思い出すがいい。その『ジジイを呼び出す魔法』とやらを。その間、我は事の顛末を語って差し上げます」


 全ては筒抜けらしい。でもありがたい。




 クラマはそうして、一年前の話を話し始める。

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