Lv.9 俺はやっぱり俊れていない。(後編)

「やあ、シュン殿ではないですか。町に戻ってきているのならば、一報、我にもお伝えしていただければ、町を挙げて帰還を祝杯いたしましたのに!」


 俺がこの異世界に来て、初めて聞くような丁寧な言葉遣いに、俺はギョッとしてそちらを向く。見るとそこには、冬の粉雪のような白馬に跨った、中世貴族の、いかにもそれらしい王子様が、そこに佇んでいた。美形で、吸血鬼のように肌が白く、髪は金色で、他人の心を見透かすような紅い眼が印象的だった。

 驚きと、見たこともないようなきれいなその王子様に、俺が動けず、反応できずにいると、隣のシュンが、努めて笑顔を作って、その王子様に対応した。


「これは……まさか、クラマ様ではありませんか。……申し訳ありません。報告しそびれました」

「謝らないでください、シュン殿。あなた様はこの町の、ただ、我があなた様を祝いたかっただけなのですから」


 毅然とし、微笑みを湛える王子――いや、クラマ様。俺が「この人誰?」とシュンに耳打ちをすると、「知らないのか? この町の領主様のご子息だよ!」と若干怒り交じりで答える。


 俺が不躾な態度を取ったからだろうか。今度はその矛先……いや、クラマ様の視線が、俺の方へと向いた。


「それでシュン殿、その隣の子はいったい……」

「あ、アリーナです。……つい最近――一か月前くらいにこちらに来まして、今は教会に寝泊まりしています」


 言葉遣いを間違えただろうか。クラマ様は俺をじっと見据え、何かを考えこむように顎に手を当てる。


「……すみません」

 とりあえず謝っておく。


「……? どうして謝るのですか」

「いや……、なんか俺の態度が癇に障ったのかと思いまして……」


 すると、クラマ様は笑い出した。


「ははは、あなたの振る舞いは、幼いわりにかなり良くできていましたよ」

「……? では……」

「いえ、少し気になることがありましてね。転居してきたという報告を、教会の神父から聴いていなかったものですから。……あなたは、どちらからいらしたんですか?」


 自然な流れで、俺の秘密を解き暴こうとするクラマ様。はてさて、どうやって答えたものかと頭を捻っていると、突然シュンが、話を遮るようにこう言った。


「申し訳ありません。先約がありまして、急いで町まで戻らなくてはならないのですが……」


「なんと! そうでありましたか。それは失礼しました、シュン殿。では、我も道すがら、アリーナについて話を伺うことにしましょう」


「いやいやとんでもない。城と町の方向は反対、わざわざクラマ様にそんな遠回りをさせるなど……、後日、改めて神父に報告させます故、今日はここで失礼させていただきます」


 半ば強引に、シュンは話を切り上げると、俺の手を引いて、オツキの方へと駆けていく。

 途中――


「いいのか、あんな感じで断っちゃって」

「……」

「なあシュン」

「ちょっと……。悪いが、今は黙ってくれないか」


 オツキのもとに着くと、そこにはビール腹の領主様がやってきていた。王子とは正反対に、顔は醜く、周りには五、六人ほどの護衛を付けていた。


「お前、とても可愛いのお。どうだ? 吾の下で使用人として働かぬか?」

「え、えーっと……」


 オツキは川を背に、とても困った顔をして、周りの護衛に助けを求めていた。だが、彼らはその小太り領主の使用人。誰も止める者などいない。

 そこにシュンが、俺の手を引きながら割って入る。


「すみません領主様。彼女、これから急用がありまして、ここで失礼させていただきます」

「ん? お前は誰だ」


 醜い顔面を、シュンの顔に押し付けるように問い質す。つい、うーっわキモ! セクハラ! と訴えなくなるレベル。

 もう一度「すみません」とだけ、シュンは領主に伝えると、「《俊足魔法・Swift》」と魔法を唱える。

 俺は背中を風に押されるような感覚を覚える。三人に同じ魔法をかけたらしい。

シュンはオツキと俺の手を強く握ると、彼らから逃げるように走り続けた。




 町には三十分ほどで帰り着いた。行きは話しながらとはいえ、一時間近く掛かっていたことを考慮すると、やはり魔法の威力は絶大であるという他ない。

《俊足魔法》も覚えとかないとなーと、俺が暢気に考え事をしていると、ここまでの魔法の連続使用で疲れたらしい、シュンが息も絶え絶えに俺に言う。


「悪い、話はまた今度だ。……どうやら、にも魔法が掛けられてたらしい」


 おれ? 俺が不審に思って「それってどういうこと?」と訊こうとしたとき、シュンは俺の口を塞いでこう言った。


「悪いが言えない。……だが、必ずお前に伝えるから……、その、いま感じた不信感だけは……忘れるなよ」


 シュンはかなり疲れたのか、膝を付き、そのまま道の真ん中で眠りに就きそうになる。それを何とか受け止め……られず、横からオツキが手を貸してくれる。


「……魔法って、かなり体力を消耗するんだね。わたしも手伝うよ! とりあえず、教会まで向かお!」


 先ほどの領主の迫りようがよっぽど怖かったのか、今のオツキの笑顔は、どこか輝きが損なわれていた。




 ――今日の一連の出来事を思い返して、俺は久々にしっかりと転生録を付けることにした。

 シュンの今日の顔、特にこの町の領主の息子・クラマに会ってからの顔は、シュンと出会った初日、憎しみの色に染めたあの力強い瞳を、彷彿とさせる何かを感じた。

 どうにも一筋縄ではない様子で、シュンが結局のところ、何に対して怒っていて、誰に対して嫌悪しているのかは、想像がつかなかった。


 途中、シュンが無理やり領主からオツキを引き離したところも、何か引っかかる。確かにあいつは危なさそうだし、絶対ロリコンだ(……いや、オツキはすでにかなりのレディだと思うけどね)。

 息子とは対照的で……というか、あの領主の息子があのイケメン!? ……よっぽど、きれいな奥さんなんだろうなとしか言いようがない。

 それと、どうにも住人の年齢問題については、領主が関わっているようなのは間違いないらしい。……そういえば、ジジイも教会で学校を開こうとしたとき、領主に怒られたんだっけか。


 そして、その年齢問題を話題に挙げる前、シュンは「魔王討伐を目指しているのか?」と確認した。つまりだ。年齢問題は魔王関連で間違いなく、で、その年齢問題は……どうにも領主が関わっているらしい、ってことから……はっ!? つまり、領主は魔王関連者! なるほど……だからシュンは、その魔王の強大な魔法で口封じをされてるんだな。


 ……いや、早計過ぎか?


 確かに魔王と年齢問題は、シュンの発言から断定できるが……、年齢問題と領主は、そのまま関連性があるとは……言えないか。だって……うん、そうだよ。その年齢問題を話題に、話を始めようとしたタイミングで、たまたま領主の息子が現れただけだもんな。


 こりゃ失敬。あまりにも領主の顔が悪役過ぎて……あらぬ疑いを掛けてしまったぜ!


 ……で、話はそれだけだったか?


 あ、そうだ。シュンがクラマから「勇者」と呼ばれていたことも書いておかねばならない。

 どうしてそういう風に言われるのかは知らないが、領主の息子からそう言われるとは、シュンはよっぽどの冒険者らしい。……ただ、気がかりなのは、それを言われた時のシュンの顔と、領主はシュンのことを「お前は誰だ」と問いかけるほど、存じ上げなかったということだ。

 勇者は、決まって有名人ってわけではないのだろうか?

 謎がまた一つ増えたな。


 シュンが俺にどこまでの話をしてくれて、何の話が出来るのかはわからないが、それは明日以降、考えることにしようと思う。


   神歴2020年9月10日

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