Lv.10 俺の力は遠く及ばない。(前編)
「――《疾風斬撃・Gale Slash》」
「《加算魔法・Addtion for シュン》・《強化魔法・Boost》」
シュンが森熊――体長3,4メートルほどの肉食獣、中級者向け――に向けて短刀を振るうと、それをアシストするようにリンがシュンに魔法をかける。
俺とシュンがクラマに出会った日から二週間。今日、俺たちは町外れにある森の中へと入ってきていた。
というのも、俺のレベルが上がるにつれて、森の入口に住んでいる森兎では、俺のレベルを上げることができなくなってしまったからだ。
レベルを上げるためには魂の気化……つまり動物や魔物の殺害――狩りが必要なことは、どのRPGにおいても必要なことなので言わずもがなだが、どうやらこの異世界では、同じ生物を殺し続けるだけでは、途中でレベル上げが出来なくなってしまうらしい。
それはどういうことか。……まあ、考えてみれば当然のこと。
そもそも“経験値”とは、“経験”の度合いを数値化したものである。そして経験とは、実際に見聞きして“体験”することにより学習し、成長することである。
ゲームの世界においては当然として存在する“経験値”という概念。しかしよくよく考えてみてほしい。実際の現実世界における人は『ふしぎなアメ』を舐め続けるだけで成長ができるだろうかということを。別に他のことでもいい。足を速くするために、人は料理をし続けるだろうか。大学に受かるために、人は睡眠時間を増やすだろうか。ということを。
違和感があるだろう。つまりそういうこと。
普通、経験値を貯めるためには、それを実際に“経験”する他ない。足を速くしようとすれば、毎日走り込みをするなり、フォームを改善するなり。大学に受かろうと思うならば、寝る間を惜しんででも、過去問を解いて勉強をするべきだ。
ゲームにおける“経験値”とは、そのキャラクターのステータスを上げるためだけに必要な数値であり、実際の“経験”とは一線を画する。
……まあ、つまり何が言いたいのかというと、人はスライムをプチプチ潰し続けるだけでは魔王に対抗できない、と言う話である。
え、じゃあなんで俺は最初、森兎を他のメンバーに狩らせていただけでレベル上げができたのかって? ……それがこの異世界の不思議なところ。
この異世界はどこか異常だ。まるで現実世界にゲームの世界観を後付けしたような……、そんな違和感がある。どうも現実的でなく、なのに現実的だ。
――攻撃はクリーンヒットしていた。森熊は膝を付き、低い唸り声を上げている。
その状態を見逃すまいとシュンが次の行動に移ると、それに倣い、俺も攻撃のための魔法詠唱を開始する。
「《斬撃魔法・Slash》!」
「《強化斬撃魔法・Boost Slash》」
となりでリンが、俺に格の違いを見せつけてくる。
「《猛火大斬撃》」
「《暴風斬撃・Cyclone Slash》」
続けてケンとシュンが、それぞれの持つ最大火力の斬撃を放つ。
俺含め、全員の攻撃が命中すると、森熊は息絶えて地に伏せる。少しすると、森熊から淡い光の玉が溢れ出した。近づき、その光を少しでも多く貰おうと手を仰ぐと、その光は溶けるように俺の中へと吸い込まれていった。
「どう、手ごたえは?」
森熊の死体から、報酬となる森熊の肉を回収しているリキに、リンが俺の魔法の威力を問う。
「……まだまだイマイチだな。リンの足元にも及ばない」
すると、隣からシュンがリキの代わりのそう答える。リキは「俺の仕事が奪われた!」という感じで目を見開くも、すぐに自分の仕事はこっち! という風に、森熊の解体作業を再開する。
……と、そんなことより、
「ケン。さっきの《斬撃》、詠唱が短かったような気がしたんだけど……」
「え? ああ、あれな。俺もようやく、詠唱省略が出来るようになってきたんだ」
「詠唱省略……」
俺はジジイの作成した教科書の内容を思い出す。
『詠唱省略とは、能力値視認や無声詠唱が分類される、技能の一つである。概要は無声詠唱と大差なく、一部詠唱を省略して魔法や斬撃を発生させられる詠唱技能のことである。』
「……あーあれか。てか、やっぱりケンも日々成長してるんだな」
それに比べて……と俺が気を落とすと、
「気にすんなよ。最初は誰だって時間が掛かる、攻撃力が低いからな。でも大丈夫、時間さえかければ、誰だって一定以上は強くなれるんだ」
と、俺を励ましてくれる。……たく、ケンの野郎はできたやつだぜ!
俺が頷くと、ケンが笑った。
「さ、次行こうぜ! まだまだ日は高い」
――午後五時。森熊討伐を開始して七戦目の時、事件は起こった。
……と、重々しく語ってみても、これは初めてではない。ちょうど三回目。俺はジジイの書斎にある、長机の上で目を覚ました。
「気分はどうだ?」
ジジイが俺に、やれやれと言った顔で問いかける。
俺は少しだけ怠重い気持ちがして、起き上がりかけた上体を元に戻す。
「……貧血って感じ」
「そうか、ゆっくり休んでろ。オレのベッドを使うか?」
と、ジジイは俺を気遣うように優しい声音を掛けてくれる。
事件とは、要約すると俺が森熊に殺された、ということである。
日も傾き、「じゃあ今日はこれくらいで最後にするか」と気が緩んでいたことが大きな原因。
いつものようにシュンが森熊の気を引き、体勢が崩れたところを全員で攻撃する――それがうまく決まらなかったのだ。森熊はパーティーの中で最も弱いと考えられる俺、目掛けて突進し、リキの防御を掻い潜ると、俺に森熊ご自慢の鉤爪を食らわせた。
冒険服諸共、森熊が俺の軟い表皮を引き剥ぐと、俺はそのまま絶命したのだ。
一瞬の出来事。影が差し、森熊をうまく視認できていなかったことも要因の一つとして考えられるだろう。とにかく、俺は気が付くとジジイの書斎に戻ってきていた。
ケンはジジイから受け取っていた、最後の転移装置を消費したのだろう。ジジイの後ろの方で、ケンが申し訳なさそうに立っていた。
「気にするな、ケン。万が一に備えての転移装置だ。わしはちゃんと約束を守り、
「……当然です。パーティー全員の身を守るのが、俺の隊長としての定めですから」
ケンは俺とジジイに向かって頭を下げると、静かに書斎から退出した。
――俺が元気になっていた頃、ジジイは俺に訊く。
「有名、修行の調子はどうだ?」
抽象的なその問いに、俺は「ぼちぼち」とテキトーに返答する。
「行き詰っているようだが、ちゃんと《代理詠唱魔法》は練習しているのか?」
「うーん……。《代理詠唱》って使いづらいんだよね」
「……使いづらい?」
「うん。《代理詠唱魔法》って詠唱が長いからさ、言い終わるころには戦闘が終わっていることがほとんどなんだよね」
「なら、熟練度を上げて詠唱省略すればいいじゃないか」
「簡単に言うなよ。そうするための機会がないって話なのに」
「甘ったれるな。出来ない、やれない、機会がないなんて言っていたら、本当に必要なタイミングで、今回みたく何も出来ないまま終わるぞ」
「むー……」グーの音も出ない。
「……はあ。とりあえずケンには言ったが、これからは今まで以上に気を付けるんだ。次はないぞ」
文字通り、転移装置を消費しきってしまった今、俺が死んだ際、ちゃんと蘇生できる可能性は確実に低くなっていた。
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