Lv.10 俺の力は遠く及ばない。(中編)
後日、神歴2020年9月25日。
俺たち一行は森へは入らず、川の先、緑豊かな草原へとやってきていた。ここにいる生物はみな小動物、もしくは魔虫と呼ばれる小さな魔力を持つ虫だけだ。
昨日の今日でまた森に出向くなんて危ないことはしない。経験値量はかなり劣るが、新しい生物でなら経験値を得られる。生物のレベルや攻撃力は極めて低く、俺ですら一発で死ぬことはあり得ない。俺のレベルに合った、最適解と言えよう。
ケンは俺たちに指示を出す。
「始めからここに来ていればよかったかもな。とりあえず、アリーナがひとりで戦えるようになるまではここで修行を行う。町から二時間、少し遠いいから修行の時間は短くなるが、そこには目を瞑ろう。
魔虫は弱いがすばしっこい。まずは攻撃を当てるところから練習だな」
俺は修行開始五分で音を上げていた。
「はあ……はあ……」
「どうしたアリーナ! まだまだ始まったばかりだぞ!」
俺の隣を追いかけていたシュンが、俺のへたばりようを見て面白そうに笑う。
「すばしっこすぎて……、全然攻撃当たらないし……、体力ないし……」
「そりゃあ、体力のないアリーナが走り回りながら魔法を使ったらそうなるだろうな」
シュンはいやらしくニヤニヤと笑う。
はあ……はあ……と息が上がり、思考がうまくまとまらない。なんでこんなにも攻撃が当たらないのか見当もつかない。
回らない頭を何とか回して魔蝶を追いかけまわすも、魔蝶はまるで俺を誑かすかのように、あっちへ行ったりこっちへ行ったり、俺を右往左往へと躍らせる。
放ててあと一回だろう。
俺は立ち止まり、魔蝶の周回コースを先読みすると、そこに目掛けて《斬撃魔法》を発動させる。
「《Slaaaaash》!!!」
俺は魔法の《斬撃》を、魔蝶目掛けて放つ。
《斬撃》が空を裂いて魔蝶へと真っ直ぐに向かう……が、魔蝶の一歩手前、あと拳一つ分というところで、その《斬撃》はふっと虚空の中へと消えていった。どうやら体力が足らなかったらしい。
「くっそぉぉぉぉぉ……」
俺は最後の雄叫びを上げると、その勢いのまま草むらの上に突っ伏した。
「――あら、目は覚めた?」
気が付くと、俺は敷物の上で横になっていた。隣には俺を介抱していてくれたのだろうか、リンが暢気にお茶を飲みながら、今も魔蝶を追いかけまわしている、シュンとケンの姿を眺めていた。
「……リキは?」
俺がリンに問うと、リンは「そういえば――」という風に、辺りを見渡し始めた。……忘れられてた!?
すると、俺の後ろからリキが現れる。どうやら俺の介抱をしていてくれたのはリンではなく、リキであったらしい。
「ありがとう、リキ」
俺が感謝の意を示すと、リキは恥ずかしそうに顔を隠す。そして手を大げさに仰ぐと「どうってことないぜ」と答えてくれる。……相変わらず声は音になっていないが。
俺は時刻を確認するため、空を仰ぐ。太陽は南中よりやや西に進んでいた。
「どのくらい寝てた?」
と俺が誰に問うでもなく口を開くと、リンが「さあ」と興味なさげに答える。
「……お昼を食べている間は、眠っていたわね」
ということは、寝ていた時間は大体三、四時間といったところか。お昼寝にはやや長い。
俺は立ち上がり、身体の調子を確認するように足の筋を伸ばしたり、肩を回したりすると、音にならない程度の小さな声で「《斬撃魔法・Slash》」と唱えた。すると、手元に小さな空気でできた刃が、風切り音と共に現れる。
どうやら
俺は駆けるようにケンとシュンのもとに足を進めると、今度は大きな声で、魔蝶に向かって《斬撃魔法》を食らわせた。
魔蝶は跡形もなく粉々になる。ただそこに、それが生きていたという証の“気化した魂”だけが宙に舞っていた。
「よし、今日はこれくらいにするか」
ケンの提案に従い、俺たちは帰りの身支度を済ませると、帰路に就く。
途中、ケンたちは俺の今日の成長を褒め叩いてくれた。
「――いやあ、それにしてもよくやったな、アリーナ。正直、俺とシュンでも捕らえられなかったから、これは二週間コースだなって話し合ってたくらいなんだ」
「さっすがアリーナ。やっぱりおれの弟子なだけあるな!」
「何言ってんのシュン。アリーナはあたしの弟子なんだけど! それに大体、あんたはただ魔蝶と一人で追いかけっこしてただけじゃない! 何が弟子よ。ちゃんと教えるべきことも教えないで!」
「それがおれの教育方針なんだよ! リンにとやかく言われる謂れはないね。それに、おれはただ魔蝶と戯れてたわけじゃないぞ! おれが先に習得して、それをアリーナにも伝授してやろうと思ってたわけ」
「はっ、何よそれ。結局シュンは自分優先で修行してたってだけでしょ!」
「おいおい、なんでお前たちが喧嘩してんだよ」
シュンとリンの収拾が着かなくなってきた頃、ケンがそう言って仲裁に入る。
……全く、騒がしい奴らだ。
俺は彼ら、冒険者の姿を眺めていると、口元が緩み、ふっと笑みが零れる。
一体、どれだけの苦難をこの四人は、この四人で乗り越えてきたのだろうか。毎日のように喧嘩し、毎日のように仲直りをするシュンとリン。パーティーをまとめ、パーティーを導くケン。……リキは無口で小心者だが、パーティー全体を一人で支える縁の下の力持ちだ。
誰一人として欠けることは許されない。きっと彼らは四人で一つなのだから。
……そう思うと、俺は少しだけ寂しさを覚えた。
確か、「この町へ来たのは休息のためだ」と言っていたが、では、彼らはいつまでこの町に滞在していてくれるのだろうか。既に彼らがこの町に来てから一か月が……そうか、ちょうど一か月だ、それだけの期間が経過している。休息だけするのには長すぎる期間だ。
たぶん、今は『俺を強くする』という名目の下、この町に滞在している。
……では、俺が強くなったら?
きっと……いや、確実に、彼らはまた別のところに旅をするのだろう。
それは何というか……、やっぱり、寂しいな。
恥ずかしさと邪魔したくないという思いから、俺はきっと最後まで言わないだろうけれど、出来ることなら「俺も連れてってほしい」と言いたい。
勿論、彼らの旅路の邪魔はしたくないし、彼らのお荷物にはなりたくない。さっきも言ったが、彼らは四人で一つなのだ。誰が欠けることも、誰が増えることも良しとしない。
でもきっと、俺がそう彼らに言ったのなら、彼らは快く引き入れてくれるのだろう。
パーティーの五人目。リンに次ぐ、魔法使いとして。
……いや、やっぱりそれはダメだ。この町にはもう一人、大切にしたい人が居るのだった。
彼女無くして、ひとり旅に出かけられるだろうか、いや出来ない。
もう、誰も彼女を一人にしてはいけないのだ。シュンともそう約束した……よな? うーん……ああ、したした。『お前の好きにしろ』って言われた。
だから好きにしよう。もし、俺が彼らと旅立つとき、彼らに付いて行くことになったら、その時は彼女――オツキも一緒に連れて行かせてもらおう。
パーティーの六人目。六人は……大所帯過ぎるかな?
――なんて、俺が他愛もないことを考えていた時、ふと、俺の後ろを守るように歩くリキが、俺を手で呼び寄せた。
「(すぐ近くに魔物の気配がする。おれの近くから離れないで)」
耳をくすぐるような小さな、しかし低音で、俺の心を安心させるような声だった。
初めて聞いたともいえるようなリキの肉声に、俺は若干の高揚を覚えつつも、リキの指示に静かに従う。その後、リキは――魔法だろうか、俺の前方を楽しそうに歩く三人にも、俺に伝えた内容を同じように伝えた。
ケンが声を潜めて言う。
「(……この気配はやばい。シュン、先にアリーナだけ連れて町に帰れるか?)」
「(おいおい、何言ってんだよ。逃げるなら全員まとめてだ。……この感じ、おれたち全員が束になっても勝てなさそうな感じがするぞ)」
「(それ、かなりやばくない? 転移装置ももうないし、どうやって振り切るの?)」
ケンとシュンは同時に頭を抱えた。作戦を考えているようにも見えるし、この状況に困惑しているようにも見えた。
……そんなにもやばい相手なのだろうか。俺にはそういった技能がないため、後方に敵がいるのかどうかさえ察知できない。……むしろドッキリでした! と言われるのを待っている節すらある。
少しだけ今のまま歩き続けたところで、シュンが提案した。
「(なら、俺が少しの間だけ足止めするから、その間にお前らは逃げろよ。俺には《俊足魔法》があるから、すぐに追いつける)」
しかしシュンの作戦に、ケンが「待った」を掛ける。
「(束になっても敵わないんじゃなかったのか?)」
「(逃げるための足止めだよ。おれ一人で倒そうだなんて思っていない)」
「(いやでも、下手すれば命を落とす可能性だって……)」
「(そうだ。援護のない状態での戦闘はまずい。特に、今回は相手がわからないからな)」
リンとケンがそう言って、シュンの作戦を却下する。だが、シュンは引き下がらない。
「(……じゃあどうするってんだよ。正直、言いたかないけど、このパーティーの中では俺が一番強い。たとえ俺が足止めできないような相手だったとして、じゃあ他に、この中の誰が代われるって言うんだよ。……残るやつはできるだけ強い方がいい)」
「(だから、誰かが残る前提で話を進めるな。俺は全員で逃げた方がいいと思う)」
リンも隣で、首を大きく縦に振る。
――と、その時だった。
瞬間、リキが全身全霊の力をもって、相手の攻撃を盾で防いだ。
ガギーンと鈍い金属音が鳴り響くと、それが交戦開始の合図となる。作戦もろくに立たないまま開戦してしまった。俺はどうすることもできず、ただリキの懐に隠れる。
「《Boost Swift》」シュンが加速した。
「おれが時間を稼ぐ。今のうちに逃げろ!」
シュンが大声で俺たちにそう告げる。
ケンは何か言いたげだったが、深く深呼吸をすると、シュンに大声で返した。
「すぐに戻れよ! 俺たちは先に行く」
ケンは俺の手を掴み、リンに命令する。
「《俊足魔法》だ。アリーナだけでいい。それくらいなら体力も持つだろ」
リンは杖を胸に抱えて首肯する。
「《俊足魔法・Swift for アリーナ》!」
リンが若干、声を上擦らせながらそう詠唱すると、途端、俺の身体が軽くなる。――魔法の掛け方が丁寧だ。シュンのとは別の魔法みたいだ。
さあて町に向けて一っ走りだ、という頃、視界の端で、何かが俺たちの前方に飛んでくるのが見えた。
それは紅く、この緑色の草原の中ではとても浮いて見える。
――隣で、俺の手を引くケンが絶句した。
リンが悲鳴を上げる。
「「「シュン!!!」」」
一瞬の出来事だった。
一撃で、シュンが死んだ。
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