Lv.9 俺はやっぱり俊れていない。(前編)

 今日の修行が終わり町に帰り着くと、俺たちは一日の疲れからか、教会に直行した。

 ……が、途中行く手をある少女に阻まれる。

 その少女の顔は幼いながらも、ものすごい凄みを感じる。ケンを含めた、パーティー全員が緊張する(リキに至っては盾に手を掛ける)と、リンがひとり抜け駆けしようとする。


「……あ、あたしはここらへんで失礼するね」

?」

「は、はい!」


 あまりの気迫に、リンが背筋をピンと伸ばす。


「リンさんも一緒に、みんなとお紅茶、飲みに来てくれますよね?」

「は、はい!!」


 いつもイケイケなリンが、借りてきた猫みたいに小さくなる。


「……じゃあ、一杯だけ頂こうかな」

「いらっしゃいませ。五名様ですね」


 ケンが渋々そう言うと、オツキは顔色をパッと変えて、接客をする、ウエイトレスのような笑顔を俺たちに向けた。




 ……どうしてオツキが怒っているのかは、容易に想像することができた。

 詰まる所、

「どうしてわたしを誘ってくれないの?

 わたしだけ仲間外れなんてヒドイ!」

 である。

 ドンッ、と俺たちのテーブルにお冷を運び終えると、空いた席にオツキが座った。

 シュンが開幕、口を開く。


「なあオツキ、そんなことで……」

「しゅんくんは黙ってて!」


 オツキがピシッと指を差して言うと、シュンは口を開けたまま硬直した。

 どうやらオツキは、俺以外と話をするつもりがないらしい。パーティー全員を呼び寄せておいたにも関わらず、今も俺だけに視線を向けている。

 だから今度は、俺が口を開いた。


「……えーっと」

「ねえアリーナ。わたしに何か、言うことがあるんじゃない?」


「え!?」と、俺はその妙な言い回しに目を見開く。

「えーっと……ごめんなさい?」


 とりあえず謝る姿勢をオツキに見せると、

「何で首を傾げるの?」

 と問い返された。

「ごめんなさい」と俺は慌てて、頭を下げて謝り直す。

 すると、今度はこんなことを言い出した。


「ねえアリーナ。わたしがなんで怒ってるか、ちゃんとわかってるの?」


 まるで俺の彼女だ。


「え!? えーそれは、えーっと……」


 俺は口をもにょらせる。

 が、もちろん! それは承知の助である。今、オツキが怒っている理由は他でもない、一番の原因は『一人にさせた』ことだ。オツキは仲間外れにされることを極端に嫌う。……いや、誰だって仲間外れは嬉しくないが、オツキは俺と出会ってからの二週間ちょっと、常に俺と一緒に行動していたのだ。今までは一人きりだったかもしれないが、これからは独りきりじゃない! ぼっちじゃないと思った矢先、この体たらくである。俺がオツキの立場だったら、ベッドに蹲り、ひとり泣いていたかもしれない。

 俺は頭の中で話すべき言葉と、伝えるべき思いをまとめていく。


 けれど、俺は二の次が言えなかった。

 せっかく集中してまとめていた言葉たちが、頭の中で飛散していく。

 掛けるべき言葉を見失ってしまい、俺はただ、もう一度だけ頭を下げた。


「――ごめんなさい」


 よほど俺の顔が逼迫していたのだろうか。オツキは首を横に振り、大げさに手を振って見せた。


「わたしこそごめんなさい。……アリーナを困らせたかったわけじゃないの。

 でも……、でもね。もう少しだけ、わたしのことも気にしてほしかったな……」


 空気が重くなる。

 誰も口が利けなくなっていると、突然、シュンが大声で提案する。


「よしわかった! じゃあ明日は、おれとオツキとアリーナの三人だけで行こう!

 アリーナは、お前が強くなった姿をオツキに見せてやれ! そんでオツキも、これまで頑張ってきたアリーナの姿を、ちゃんと見てやってくれないか?」


 シュンの言葉を聞くと、オツキは俺の方を向いて訊ねた。


「アリーナは今まで、魔法の練習をしてたの?」

「……あれ、言ってなかったっけ……?」


 俺は確認を取るようにそう訊ねると、

「……知らないよ。……だって、何も教えてくれなかったんだもん……」

 と声を鎮めた。


 ……そうか、そりゃ……怒るよな……。

 俺が俯いていると、ケンがゆっくりと会話に参加する。


「――三人だけで大丈夫か? オツキは魔法が使えないし、アリーナだって未熟だ。どこか遠くに出かけるつもりならパーティー全員で……」

「そんな遠くまでは行かないよ。ちょっと川の方まで行くだけだ」


 心配はいらないとケンを説得すると、シュンは二回、手を叩いた。


「さあ話は終わりだ。はい解散!」


 百点満点の笑顔のシュンを見ると、俺も自然と頬が緩んだ。




 次の日。俺とシュンとオツキは三人で、過去にジジイとオツキの三人で来たことがある、小高い丘のある、近くに川の流れた緑豊かな草原へとやって来た。

 例の如く、オツキは白いワンピースを着てくるのかと思えば、今日は違った。リンに借りたらしい、へそ出しのキャミソールにハーフパンツ、上から薄手のフードローブを被った、所謂、魔法使いの冒険者、と呼ばれるような恰好をしていた。……正直、異世界にやって来た側の現代人である俺からすると、その恰好はどこにも冒険には適していないのだが、シュンもオツキもその恰好に大変満足そうだったので、俺はツッコむことを止めた。

 兎一匹見つけることも出来ない、何にもない草原には目もくれず、シュンは川の方へと走って行った。俺とオツキもシュンの後を追う。


「知ってるか? 魚釣りって、一番効率の良い修行方法なんだぜ!」

「へえー!」


 オツキが元気よく相槌を打つ。……ふーん、どっかで聞いたことあるな、それ。


「で、魚釣りっつっても、おれレベルになると一味違う」


 するとシュンは、腰に据えた短刀と鞘から抜くと、それをヒュイっと川に向かって投げ捨てた。


「……え、何してんの?」

「いいから見てろって」


 シュンが川の中から短刀を拾い上げると、なんと剣先には、両手に収まるくらいの川魚が刺さっていた。


「うわあ、すごいねアリーナ!」

「!?」


 オツキが楽しそうに俺の肩をゆらゆらと揺する。……そんな中、俺はたった今シュンがやって見せた芸当に、心底驚いていた。開いた口が塞がらない。


「どうやってやったの?」とオツキが質問する。


「無声詠唱って言ってな。ある程度、熟練度が上がると、詠唱しなくてもそのスキルが使用できるようになるんだ。

 で、今使ったスキルは《射出魔法》。アリーナが一週間近く練習して、結局、まーまーそこそこで終わったやつだな。それで短刀を魚目掛けて、一直線に放ったってわけ」


 さらっという割に、胸を張り「どやあ」と鼻高々に自慢するシュン。オツキは手をぱちぱちと鳴らし、「もう一回やって!」とお願いする。俺はそれを横目に、今度こそは見逃さないぞ! と視線に熱を込める。


「ヒュイ!」

 口で擬音語を発しながら、短刀を投げるシュン――いや、あの行為は射出になるのかな? 一直線に短刀が川の中へと吸い込まれる。

 先ほどは、川の中へと短刀を取りに入っていたが、どうやら短刀の柄に紐を取り付けておいたらしい。二回目の今回は、紐をズルズルと巻き取ることで、川の中の短刀を回収していた。

 見ると、今回もしっかりと剣先に川魚が射止められている。


「魚はどうやって捕まえてるの? まさか二つの魔法を同時詠唱……とか?」

「いんや。それは単なる技術。目で見て、川の大群に射出してるだけ」


 なんと!? 普通にそれだけですごいんじゃね?


「まあまあ、シュンさんにかかればこんなもんよ!

 さあ、二人もやってごらん」


 手に持っている、先ほど川魚を捕まえた方の短刀をオツキに渡すと、シュンはもう一本、今度は傷一つない、新品の短刀――これはどちらかと言うとナイフだ――を俺に手渡す。


「これ、アリーナにやるよ。大事にしろよ」


 どこか意味深なその言動に、俺は戸惑う。だが、当の本人は特に気にした素振りもなく、オツキに《射出魔法》について教えていた。


「《射出魔法・shoot》!」


 俺は詠唱する。手に握られたナイフが一瞬、宙に浮くと、そのまま自由落下をして、ちょぽんと、川の中へと落ちていった。




 三十分が経過したころ、俺は疲労感から「休~憩~」と、シュンが休んでいる木陰の中へと歩いて行く。


「随分早いお帰りだな」


 俺を茶化して言うシュンに、俺は今残っているすべての体力を使って、「お前、俺が体力ないのわかってんだろ」という視線を向ける。


「……今のレベルはLv.9か。十回も投げられたらいい方だな」


 その通り。体力総量9である俺は、たとえどれだけ出力を最小限に抑えたとしても、最低消費体力量1である《射出魔法》は、九回出来れば十分なのである。


「オツキは……元気いいなあ」


 俺もシュンの隣に腰を据えると、川で未だ魚釣り(魚捕り)を続けているオツキの方へと視線を向ける。俺が隣でやっている頃には一匹も捕まえられていなかったはずだが……飽きることなく、ワイワイと楽しんでいた。

 俺は微笑ましくオツキの様子を眺めていると、隣からシュンがこんなことを言ってきた。


「なあ、アリーナ。……お前、魔王討伐を目指してるんだってな」


 確認を取るような言い草に、なんども答えたはずだけどな……と思いながら「そうだよ」と答える。


「だったら……、お前に話しておかなきゃならないことがある」

「話さなければならないこと?」


 俺が首を傾げると、シュンは遠くを見ながら続きを話す。


「……前に、……まあ、お前は聞いてなかったかもしれないけれど……、おれはこの町から『逃げたんだ』って話をしただろ?」

「うーん……言っていたような気がする……」


「……それでな……この話は、実は爺さんにもしていない話なんだが……お前にだけは、話しておこうと思って……」

「前置きが長いな。話すならとっとと話してよ。オツキが帰ってきちゃうよ」


 催促するよう俺がごねると、シュンは「わかったわかった」と言い、深呼吸をする。……そんなに大事な話なのか?


「……実はな、その話ってのは、あの“町”についての話なんだ」

「ほうほう、それで?」

「それで……な、お前も、もう気が付いてるかもしれないが……、あの“町”には、オツキと同い年の住民がひとりもいない……いや、いなかっただな。今はお前がいる」


 最後、付け加えるように早口になるシュン。

 だが、俺はその話に驚いた。まさか、俺以外にもそのことに気が付いている人間が存在していたとは! 前にジジイとそんなような話をした時、ジジイはオツキに同い年が居ないことをはすれど、それが不自然――であるとは一言も言わなかった。


 だから俺は、そんなもんなのかな(過疎化でもした?)くらいにしか考えないようにしていたのだが……まさかここでその話が聞けるとは!

 俺は「ほうほう、それでそれで!」と再度、催促する。


「ちょっ、落ち着けって。それで……実はその話をするには……、おれが町から逃げることになった一年前の話をしなきゃなんだが……」


 と、シュンがようやく話を前に進めようとしたとき、ふと俺たち二人に、見知らぬ人間の声が届いた。


「やあ、シュン殿ではないですか。」


 俺がこの異世界に来て、初めて聞くような丁寧な言葉遣いに、俺はギョッとしてそちらを向いた。

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