Lv.8 凛として俺は前を向く。(後編)

 ケンは後悔した。と顔に書いてある。

 きっとケンは、俺が魔王討伐を目標にしているからには、そこそこのステータスがあるのだろうと考えたのかもしれない。けれど残念。俺のステータスはオール4のLv.4。俺もこんな転んだらすぐに死んでしまいそうな奴とは一緒に冒険したくない。それほどに俺は弱い、弱すぎる。

 もしかしたらチート級のものすごい魔法を使えるのかもしれないと、ケンはひそかに思っているかもしれないが、それも残念。ジジイから教科書を貰った夜、俺にも魔法が使えるのかなあといくつか試してみたのだが、《着火魔法・Ignite》以外、まともに発動できた魔法はなかった。

 教科書によれば、魔法は熟練度、もしくは器用度がその魔法の水準を超えていなければうまく発動出来ないらしい。それと、魔法だって一種の物理現象。体内のエネルギーを利用、変換することで魔法を発動させる。改めて自分のステータスを確認したことで思い知らされたが、器用度4、体力総量4——これが謂わゆるMPに相当するらしい——しかない俺に、魔法を扱うなど到底不可能なのだ。

 ——一時間程歩いて、俺たちは森の前へとやってきた。


「ではアリーナ。これから魔物の倒し方を伝授していく。

 そのため、まずは君が、どれほど出来るのかを把握したい。何か得意な技や魔法、その他諸々、俺たちに披露してくれないか?」


 ケンは森を背にして俺に問い掛ける。ここで俺の魔法をババーンと披露できたらよかったのだが、生憎とここまでで体力も相当消費している。ただでさえ少ない俺の体力では、唯一の俺の魔法、着火だって出来るかわからない。さあてどうやってこの場を乗り切ろうかなあと考えていると、リンが俺とケンの間に割り込んできた。


「ケン、アリーナの能力値低いんだから、多分ろくな魔法使えないわよ。だったら初めは、そこら辺の兎でも狩って、能力値の底上げをするべきじゃないかしら」


「いや、もちろんそれも大事だが、そもそもアリーナの能力を知らないと森兎を狩るにも連携が取れないだろ」


「いや、だからね。魔法使いのあたしから言わせてもらうと、器用度4で発動できる魔法なんてたかが知れてるの。それともっと酷いのが体力。体力さえあればゴリ押しでいけるような簡単な魔法も沢山あるけれど、ないんじゃ話にならない」


 話にならない……。


「だったら最初は、魔法の使い方を学ばせるとかそんなことよりも先に、あたし達が狩って、それの経験値をアリーナに渡す。それが最も効率の良いレベル上げだと思わない?」


 おぉ……! なんか感動した。リンとケンが俺の教育方針について揉めてくれている。まさかここまで親身になってくれようとは……。それを聞いていたリキさんもうんうんと頷いていてくれている。うれしい……。

 一方、シュンは一人で兎を狩っていた。……あいつはいいや。


「話は終わったか?」


 2、3匹狩ってきたらしいシュンが俺たちのもとに戻ってくる。ケンはリンの提案をシュンに話すと、早速、シュンは俺にたった今狩ってきた兎を手渡してきた。


「え、なに?」

「経験値だよ。まだ“魂の気化”は始まってない。こいつを持ってれば、勝手に経験値が手に入るぞ」

「……魂の気化?」


 俺が首を傾げると、ケンは「そんなことも知らないのか!?」と驚く。


「魂の気化っていうのは、生物が死んだときにおこる現象でね、それを体内に取り込むことで、レベルアップに必要な経験値っていうものに置き換わるの。

 そもそも、レベル上げには大きく分けて二つの方法があって、一つは成長過程におけるレベルアップ。もう一つが経験値を集めることによるレベルアップ」


 リンは一本、二本と指を立てながら説明する。


「アリーナはまだ子供だから、寝て起きるだけで経験値が手に入るけど、あたしらは大人だから、こうやって生き物を殺すことでしか経験値を集められないの」


 ……ほお。だから時たまレベルが上がるのか。


「まあ、“魂の気化”関係の話はこれくらいかしら」

「そうだな、詰まる所、アリーナはここで待機しててくれればいい」


 なんと! それはまた随分な厚遇だ。我ながら、自分のことを大層な身分なことと嘲りたくなる。

 方針も決まり、ではそろそろ始めますかなという頃、最後にとケンが付け加える。


「森の入口とはいえ、いつ魔物なり魔獣なりが飛び出してくるかわからない。そこでリキ、君だけはここでアリーナと共に待機しててくれないか?」


 リキは首を縦にふり、同意の意思を示す。


「よし、じゃあ各自討伐開始!」




 それから、大体三十分が経過した。

 現在、俺の周りにはたくさんの動物の死体が転がされている。

 それはまるで何かの儀式を行うような……魔法陣ともとれるその光景に、俺は若干以上の戸惑いを覚えていた。

 どうしよう。この後俺を中心に踊り出したら。恐怖のあまり逃げ出してしまうかもしれない……。

 その時、死体から無数の光の玉が現出する。それは昔、テレビ番組の特集で見た、蛍のような、そんな美しい風景だった。

 ぽわぽわと風に乗って舞い上がるそれらは、手を伸ばすと、自然と体の中へと吸収されていく。


「なんだか壮観ね……」

「これだけの数の魂が気化するんだ。……まあ、すごいな……」


 リンとケンは言葉を失っている。

 光はより一層強くなる。俺の身体をすっぽりと覆い隠してしまうほどに溢れ出ると、やがてその光はだんだんと弱まっていった。

 まるで最後に精いっぱいの抵抗を示すような、そんな儚げな光だった。

 光が完全になくなると、シュンがなんの感慨もなく俺に言う。


「お、レベルが上がったな。

 よかったなアリーナ。お前のレベル、Lv.8まで上がってるぞ」


 ……なんというか、あっさりだ。

 レベル上げはめっちゃ簡単! と勘違いしてしまいそうなほどに……ん!?


「Lv.8!? えっ、そんなに上がったの!! というかえっ? シュンは俺のレベルが見えるのか??」


 俺は驚き、慌てふためくが、シュンはさも当然なことのように言ってのける。


「見えるぞ……って言っても、爺さんみたく相手のステータスまでは、俺には見えないがな」


 けろッとしているシュン。どういうこと? と俺が困惑していると、リンが説明してくれる。


「アリーナはまだLv.8だから、自分の能力値すら見れないのよね。

 あのね、レベルが15になると、自分の能力値が見れるようになるのは知ってる?」


 俺は首を振る。


「まあ、見れるようになるのよ。その時に一緒に使えるようになる……スキル……魔法? あれは何に分類されるんだっけ?」


 スッとリキが手を挙げる。これは自分は答えを知っているという意思表示だろうか。


「技能じゃね?」


 空気読め男のシュンが即答する。リキの腕はゆっくりと下がっていき、最後には肩まで落としていた。

 リキーーー!!! もう健気で……叫ばずにはいられねえすよ!

 まあ実際に叫ぶことはしないけれど。リンは続ける。


「能力値視認技能っていうのが使える……できるようになってね。それでまあ……ああもう! いちいち説明すんのめんどくさい!」

「まあ要するに、Lv.15になってからのお楽しみってことで」


 フォローにもならない、ただ匙を投げただけのシュン。

 そんな不届き者なシュンにリンが怒ると、二人は口論を始めてしまう。

 おいおい勘弁してくれよぉ……。

 私のために争わないで! と二人の間に割り込もうとした時、ケンが二人に呼びかける。


「そのくらいにして、次行こうぜ! まだ日は高い。今日中にアリーナがいくつか魔法を扱えるようにまではしてやろう」


 手慣れてる。これが一緒に旅をするということなのかと実感させられる。

 二人は渋々了承すると、仲直りをし、俺に魔法を教授する。




 ――時は流れて、あれから一週間が経過した。


「《斬撃魔法・Slash》!」


 俺が声高々にそう詠唱すると、目の前を逃げ惑う森兎の足元に、控えめな斬撃痕が刻まれる。


「おっしい~。あともうちょい右だったわね」

「惜しかったな、アリーナ」

「魔法なんかに頼らず、《斬撃》なら物理で攻めればいいのに……」


 と、俺の成長を喜ぶ声が次々と発せられる……いや、若干一名、俺に対してそれとは違う感想を抱いていたようだけれど。


 俺はこの一週間で、三つの魔法を習得した。

 一つ目は、今繰り出した、敵に切り傷を負わせることができる《斬撃魔法・Slash》。射程は短く、間合いとしてはシュンの言う通り、近接戦闘たる物理アタッカーとそう大差ない。が、魔法力(体力と魔法攻撃の総称)が低い者にも使え、かつ魔法力が上がれば上がるほど、その威力が強くなるという優れた魔法だ。


 二つ目は《射出魔法・shoot》。『投げ飛ばす』ことができる魔法だ。それ単体では効果を発揮せず、何かモノと交えて使うものだ。例えば石を投げてみたり、相手を投げ飛ばしてみたり。これも《斬撃魔法》同様、魔法力が上がれば上がるほど使い勝手が良くなる魔法だ。……まあ、残念なことに、今はまだ自分の肩力で投げた方が、飛距離が出るという……。素直にレベルを上げよ。


 そして最後、三つめは何と驚き、体力を一切消費しない魔法だ! そんなチート魔法が存在してもいいのか!? と疑問を投げかけたくなるかもしれないが、ちょっと待ってほしい。なぜなら、この魔法は使用者に一切の効力を示さないからだ。……では、その魔法にどんな意味があるのだろうか。

 その名前は《代理詠唱魔法》。察しの良い人なら、このネーミングだけでわかりそうなものだが、つまりこの魔法は『他人の魔法を、その人に代わって詠唱する』というものだ。これの何が優れているのかは、正直、今でもよくわかっていない。だが、この魔法のおかげで、俺はようやくこのパーティーの一員として役割を果たすことができた。

 この魔法の、唯一優れている点は、味方のサポートができるということ。具体的には、今、目の前でシュンが襲われそうになっているとする。シュンは物理攻撃専門なので、魔法詠唱に長けていない。そのため、素早く防御魔法を発動、もとい詠唱できないとする。そこで俺の出番だ。シュンの代わりに、シュンの体力を使って、シュンの身を守るために、シュンの使える魔法を、詠唱する。


 リン曰く、ジジイレベルの魔法使いならば、まずこのポジションの人間はいらない。自分のことは自分で守れるし、代わりに詠唱を手伝ってもらうほど、逼迫した状況には成り得ないからだそうだ。(……ジジイってそんなにすごいの!?)

 だからこの魔法はあくまで、俺が強くなるまでの繋ぎ。将来的には必要のない魔法になる。……けれど、まだ若い魔法使いや、若い人間の多いパーティーならば、必要となる場面もややあるということ。リン曰く(これもリン談)、


「パーティーの強さを決める指針は大きく分けて三つ。防御に徹する近距離、攻撃に徹する中距離、支援に徹する遠距離、このバランスが丁度いいこと。個々の能力値が、みな一様に優れていること。……そして三つ目が、いかに戦いにおいて知識を有しているのかということ」


 であるらしい。リンは続けて言う。


「アリーナはまず、知識を貯めなさい。魔法でも斬撃でも、射撃でも打撃だろうとなんだっていい。戦術とか、歴史に学んでみるのも一つの手かもしれない。

 魔法使いってのは、基本的に学校で習ってからなる役職なんだけれど、その学校でだって、すべての魔法を勉強できるわけじゃない。

 だから、アリーナは知識を貯めて、その知識で有利を取りなさい。《代理詠唱魔法》は、あなたに扱えない魔法だって、その被使用者に扱えれば発動できるんだから」


 俺はリンに感心した。さすが、学校に通っていただけのことはある、そう思わされた。


「――《火炎射撃魔法・Flame Shot》」


 リンがそう唱えると、俺の斬撃を躱した森兎が、全身黒焦げになって死んだ。数瞬後、“魂の気化”が始まる。


「だいぶ上達してきたわね、アリーナ」

「うん! ありがとうリン」

「どういたしまして」


 俺が微笑むと、リンが微笑み返してくれた。

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