Lv.12 運命に願って、手を重ねる。

 ジジイ、もとい、森羅しんら積和せきかずは、俺と同じ転生者。

 この事実は今になって思い返してみると、そう違和感のある話ではなかった。


 ジジイは俺の何を見破ったのかは知らないが、初めから俺を転生者=前世の記憶をもつものとして決めつけ、俺に転生録をつけるよう指示した。きっとそれは俺の異常性(低すぎるステータスや、いきなり教会の前に現れたこと)から察したことだろうが、それだって事前知識(経験)が無ければ、そうだと判断することはできないだろう。


 というか今になって思うと、この「転生録をつけろ!」と言うのは、なんとも奇妙な発言だ。前に同じような事例に遭遇してるか、もしくは自身の転生者としての経験則でもない限り、こんな発言はしないだろう。


 そう思うと、ジジイの「あれ、言ってなかったっけ?」発言は、全面的にジジイが悪いとは言えない。なんせ違和感が多すぎるから。俺が気づけなかったのも要因、俺がバカ過ぎた。




「――有名アリナ、お前はこれからどうする?」


 ジジイが控えめにそう問いかけ、俺の行く末を案じる。

 また逃げ出すか、ここでジジイと生活するか。俺は決断を迫られていた。


「無理する必要はないぞ。オレが無理強いしたんだ。辛い目に遭わせたな」


 心なしか、ジジイの発言が気弱だ。いつもの威勢はどうした?

 俺が黙って考え込んでいると、ジジイは自身の望む答えは得られないだろうと考えたのか、握った教科書と共に、俺の前から立ち去ろうとした。が、俺はその教科書を掴んで、ジジイをその場に足止めする。


「……ちょっと待って」


 俺は何を言うべきか考える。

 ……思考がまとまらない。


「……待って。……俺は……。

 ねえジジイ。ジジイはどうして……いや、なんていうか」


 何が言いたいのかわからない。

 どこに向かう? 俺は何がしたい?


「別に何かを望む必要はない。

 ただオレは、お前が生きやすい道を示すだけだ」

 ジジイの言葉の意味を考える。


「一人で歩けないなら、隣で一緒に歩いてやる。

 道に迷ったならオレに聞け。知っている道なら、最善の道を教えてやれる」


 ――じゃあ、

「俺はあのとき、どうしたらよかったのかな?

 俺が強ければ、シュンは助けられたのかな?」


「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。

 が、もし力があったのならば、別の選択肢があったかもしれない。

 強さっていうのは、選択肢の多さのことだよ」


 ……じゃあ、

「これを学べば、その選択肢は増えるのかな?」

 俺は、ジジイをこの場に繋ぎとめている教科書に目を向ける。


「少なくとも、これはオレが持ちうる選択肢のすべてだ。

 魔法はオレに強さを与え、強さはオレに生き残る術を与えた」


 じゃあ、

「ジジイ。俺に、魔法を教えてくれないか?

 もう俺は、何からも逃げたくない。立ち向かう勇気は、まだないかもしれないけれど、仲間と一緒に逃げられるだけの力が欲しい!」


 言い切って、俺はハッとした。

 言いたいことが言い切れたという感覚。いわゆる達成感。

 ジジイは俺の目を見ると、ふっと微笑みを湛えた。




 ――そのジジイの笑顔を見たとき、俺は唐突に過去のある情景を思い出した。

 詰まる所、前世の記憶が甦る。


 それは学校の教室。授業終わりか、学校終わりか。賑わいを見せる教室に、俺、らしい人物が、机に向かってある書き物をしていた。内容は数学。なるほど。この時の俺は、数学の問題を解いていたらしい。

 問題は特に難しくないらしく、俺はすらすらとそれを解き進めて行っている。

教室内は騒がしい。なのに俺はなぜ、一人でこんなにも数学の問題に注視しているのだろうか。

 すると、俺の様子を察したらしい、ある人物が俺の近くへとやってきていた。彼はとても大柄で、俺に向かって優しい眼差しを向けていた。


「おお、すごいな。もうこんなところまで進めてるのか!」


 驚いた様子のその人物。どうやら学校の教師らしい。担任だろうか。


「この様子だと、先生が教えられることはもう無さそうだな」

「(……いや)」

「……ん?」

「(いや……)」


 歯切れ悪い。俺はこの時からコミュ症なのか!?


「ははは、気にすんなよ。先生も昔は、会話が不得手だったんだぞ。

 ……おっ! 間違い発見。先生にもまだ教えられることはありそうだな」


 俺はその発言に喜んでいた。どうやら、その時の俺は「いや、先生に教えてもらいたい箇所はたくさんあります!」と言いたかったらしい。それで自身が苦手視している箇所で、間違いを見つけてくれたことがうれしかったようだ。


「…………」

 俺は頭を下げた、ありがとうと言いたかったらしい。

「いいってことよ。これが先生の仕事だし」


 俺は次の問題を解き始めた。……その教師は、なおも俺の隣で、俺の様子を眺めている。少し気にかかるが、それよりも次なる数式が俺を待っていた。

 と、その時、その教師は俺に向かって言った。


「――。勉強は好きか?」




「……え?」

 その問いかけに俺は困惑する。


 ――今は修行の真っ最中。夕日をバックに佇むジジイに、俺は疑問を投げかけた。


「なあ……。もしかしてジジイは、あの時の先生なのか?」

 突然の問いに、けれどジジイは驚かない。


「さあな。なんせ転生してからもう六十年近く経つんだ。もう前世での記憶なんてほとんど残ってない。

 けれど、お前を見ていると、時々思い出す生徒がいる。もう名前までは憶えていないが、そいつは数学が得意でな。いっつも昼休み、数学の問題を解いていた。

 お前は、その生徒によく似てる」


 確証はないが、きっとその生徒というのは俺のことだろう。

 俺の過去に関する記憶。俺が失った、大事な前世での記憶。


「その様子だと、何か掴んだみたいだな。

 魔法詠唱に関する感覚か?」


 俺は首を横に振る。


「なら、何か前世の記憶でも思い出したのか?」


 俺は首を縦に振る。


「……そうか」

「別にすべてを思い出したわけじゃないけどね。

 ――それよりさ、この《強化魔法》っていうのは、どこに向けて魔法を放てばいいの?」


「えっ……、ああ《強化魔法》な。いきなり話を戻すから困惑したぞ。

《強化魔法》は文字通り、魔法の威力や効力を高める魔法だ。イメージとしては、『放つ』というより『込める』という感じだな。

 どれ、やって見せるから見てなさい」


 そう言って、ジジイは俺に《強化魔法》のやり方を教授する。




 その日一日、昼から夕方(午後六時)に掛けての時間だけで、俺はかなりの魔法をジジイから学んだ。ジジイはほぼすべての魔法が扱えるらしく、その豊富過ぎる知識量に俺は息を呑んだ。


 リンの言っていたこと『知識で有利を取りなさい』。そのことを思い出すと、俺はこのジジイの知識をすべて飲み干すくらいの気概を持つ必要があることを悟った。まだまだ時間はかかるだろうが、とにかく学んでいくほかない。


 明確――と言えるかどうかは定かではないが、進むべき方向性を見つけた俺は、その後三日間、毎日のようにジジイと魔法の修行をした。

 ……正直、こんなにもジジイが俺の修行に親身になって付き合ってくれるのならば、最初からそうして欲しかった……という気もするが――多分、ジジイにも何か思惑があったんだろう。


 思い当たる節はある。ジジイは言っていた。

『学校は必要だ。学校は同年代の友達が作れる最高のコミュニティだからな』


 今にして思えば、これは教育者の切実な思いだったんだなとわかる。だからジジイ的に、俺には同年代の人間と、出来るだけ長い時間を共に過ごしてほしかったんだろう。オツキに対しても、積極的に一緒に過ごすよう、例えばピクニックに行ったりもした。


 ……あっ。

 そういえば今日、9月29日はオツキの十五歳の誕生日だそうだ。

 それを思い出すと、俺はジジイに

「今日はちょっと早めに切り上げない?」

 と提案する。

「……そうか。今日はオツキの誕生日だったな。帰ってパーティーの準備でもするか」

「賛成!」と俺は早々に帰り支度を開始する。

 ジジイも満更でもないように微笑むと、「こら、もう少し真面目に取り組む姿勢を見せんか!」と俺を優しく咎める。




 ちょうど昼頃、教会に帰り着くと、そこには先客が居た。


「あっ! 神父様」

「おや、オツキのお母さんではありませんか。

 何か、困りごとですかな?」


 ジジイが久々に、教会の神父らしい態度を取る。


「実は、今朝から娘の姿が見当たらなくて。町中を探し回ったんですけど、どこにも見つからないんです」


 俺はその言葉に愕然とした。


「な、何か。いつもと変わったことはありませんでしたか?」

「……そういえば、今日実は、うちのお店に領主様が訪れになられたんです。ご子息様とご一緒で、『今日は、あなたの娘さんに会いに来ました』と言っておられました」


 なっ!? 領主だと。

 俺は若干、嫌な感覚を覚えて、オツキの母に続きを話すよう促す。


「……それで、領主様は、オツキを使用人に雇いたいと仰いまして、けれど娘はそれを断ったんです」

「じゃあ、もしかしたらそれで……」


「……? それがどうかなさったんですか」

「ええ!?」


 あまりに素の表情で聞き返されてしまって、俺は驚いてしまった。どうして今の流れで「領主が怪しい」と思わない。想像力が足らないのか?


 俺がものを言えなくなっていることを悟ると、ジジイが俺の代わりに口を開く。


「……わかりました。とりあえずお母さんは、もう一度町中を探してみてください。我々は町の外を探してきます」


 ジジイが「それでいいな?」と視線で問うので、俺は首を縦に振って同意する。




 ――かくして、次なる災難が俺を襲う。

 次こそはもう誰も傷つけさせまいと誓うも、果たして、運命の女神は俺に微笑むだろうか……

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