俺と領主と夢馬編

Lv.11 これを運命だと、そう思う。

 目が覚めると、そこはいつもの天井裏だった。

 ……いや、おかしい。天井裏はもう俺の部屋ではなかったはずだ。

 俺は飛び起き、急いで階下に降りると、そこには身支度を済ませたケンが居た。


「あ、おはよう。ケン」


 俺はケンが生きて帰ったことに安堵し、ケンに明るく挨拶をする。

 しかし、ケンは挨拶を返さない。――おかしい。ケンは元気よく挨拶をされたら、元気よく挨拶をし返さないと気が済まないような性格のはずだ。

 俺はいつもと違う様子のケンに、何かあったのか? という心配の目を向ける。

 が、ケンは俺と目を合わせようとしない。


「……なんだよ」


 俺はケンに疑いの目を向ける。

 ……と、俺はここであることに気が付いた。


「そういえば、リンやリキはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」

「――だよ……」


「……えっ?」俺は聞き取れず、ケンの口元に耳を近づける。


「――だ……」

「なんだって?」


 俺は声を大にしてもう一度問うと、ケンは俺の顔面目掛けてグーパンチを食らわせた。


「――死んだんだよ、何度も言わせるな」


 俺は後ろに吹っ飛び、殴られた頬に手を当てた。


「……死んだって」


 俺はケンの言っていることが理解できず、ケンに再度疑念の目を向ける。

 ――見ると、ケンの顔はひどくやつれていた。目には隈ができ、頬は赤く腫れていた。身体中に包帯が巻いてあり、ケンの愛剣は半分に折れていた。

 俺はよく状況が理解できなかった。考えたくなかった。

 ケンは語る。




「あの後、シュンを連れてを逃がした後、俺たちは奴と戦った。

 それでも、三人でも、全く歯が立たなくて、リンは言った。


『私が《必殺魔法》を食らわすから、その間に二人だけで逃げてね』


 俺は止めたんだ。

《必殺魔法》は、大賢人シンラが生み出した最強の魔法。

 けれど、あの魔法には大きすぎるデメリットがある。

 それは、使用者の体力をすべて消費することだ。

 お前もわかるだろ? 体力が無くなったらどうなるか。

 当然、そのまま眠りに就く。そしたら、その間に殺されるだろうな。

 だから俺は止めたんだ。

 けれどリンは止めなくて。

 死期を悟ってたんだろうな。もうあの時には片腕なかったし。

 でもそしたら、奴は標的を変えた。

 後方の、無防備なリンに目掛けて攻撃したんだ。

 そしたら、それを庇ったリキが、今度は重症を負って、そしたら、リキが言ったんだ。


『今までありがとう』って。


 俺は冗談だろ、って笑ったんだけど、

 そしたらあいつ、《自爆魔法》なんて魔法を使おうとして、

 そしたらリンが、


『きっとシュンは生きてるだろうから、これからは二人で冒険してね』って。


 俺は止めたんだ。

 だけど止まらなくて。

 奴を巻き込むようにして、リンとリキは死んだ。

 でも、でもさ。

 奴は生きてたんだ。


『イイモノミセテモラッタ』とか言って。

 アイツしゃべれたのかよって。

 そしたらアイツ、今度は腹抱えながら笑いやがって。

 俺は腹が立って、奴に俺の剣を食らわせたんだ。

 でも、そしたら剣は根元から折れて、それにアイツはもう一度笑って。

 そしたら言ったんだ。


『オマエハイカシテヤル。モトヨリ――』シュンを殺すことだけが目的だったって。

 それで、俺はおめおめと帰ってきたわけだ。




 ――笑えよ」

 ケンは引き攣った笑顔でそう言った。


「笑えって。どうせ俺なんか仲間一人守れやしない、愚図で怠惰な間抜けだって」


 狂ったような、死んだような目で扉に目を向けると、ケンは背中越しに俺に向かってこう言った。


「……シュンだけは、生きていると思ったんだけどな」


 バタンと、大きな音と共に扉は閉じられた。




 午前、俺は久々に修道服を身に纏い、教会の軒下で掃除をサボっていた。

 昨日あんなことがあったにも関わらず、今日の空はこれでもかと言うくらいに青々と澄んでいた。今日くらい、雨でも降ってくれればいいものを。

 すると、俺のもとに神妙な顔つきをしたジジイが現れた。


「ケンは……行ったか」


 問われているのか、ただの独り言か。判断がつかなかったし、答えるのもおっくうだったので、俺は聞こえないふりをして無視をする。


 ――どうにも、やる気が起きなかった。


「いつまでそうしているつもりだ。修行に出かけないのなら掃除をしろ」


 その通りだと思う。何もせずにここにいるのは失礼だ。……ただ、なんというか。こうしてシュンなり、リンやリキのことを考えて、気が沈んだように振舞わなければならないような気がして……いや、それはおかしい。俺は確かに悲しいはずだ。

 ただ……なんというか。


 ものすごく心が枯れている。


 泣くことも悲しむことも、修行をすることも掃除をすることも、何をするにも面倒で、やる気が起きない。何もしたくない。ただ、ずっとこうして、意味のない時間を過ごして居たい。そう思った。

 なおもそうして空を見上げるだけの俺に、ジジイはあるものを手渡した。それはジジイが自ら執筆した教科書だった。

 俺はそれに薄く笑う。


「今更こんなものあったって、何にもなりやしない」

 俺がそれを払いのけると、ジジイは言った。


「諦めるのか? 結果ばかり追い求めていても、何も成し得はしないぞ」

「いいよ、どうせ俺には何も成し得ない。

 それに、元々俺は、何のために魔王を盗伐したかったのかもわからないし」


 そう、俺には特にこれと言った目標はない。

 思えば、こうして修行をしていたのだって成り行きで、魔王討伐だってジジイの受け売りだ。そういえば、俺はここに異世界転生してやって来たわけで、ここで過ごして居るのも、ここでしか生きていけなかったからだ。


 そう思うと、俺は何のためにこんなことをしていたのだろう。そう思えてくる。

 突き詰めれば空っぽで、自分の意思が介在していない。

 きっと、前世でもそうだったのだろう。生涯に意味はなく、それが嫌で逃げ出してきたんだ。きっとそうに違いない。

 ――なら、また逃げ出すか……


「逃げるのか?」


 突然、ジジイはそんなことを言い出した。

 いつかに聞いたセリフだ。俺はあの時の、ジジイとの出会いの会話を思い出す。


「どこまで逃げるつもりだ?」


 俺は考える。

 どこまで……、そりゃあ逃げられるのならどこまでだって。


「その先に、未来はあるのか?」

 抽象的だ。『未来』ってのは、どこの何を指しているんだろうか。


「俺は、何のためにここに来たんだろうな」

 それは生まれてきた意味を問うようなもので、ジジイに何かを期待して訊ねたものではない。

 けれど、ジジイは確信を持ったような声でこう言った。


「運命だろ。それ以外に何か必要か?」


 随分あっさりと言ってくれる。何が必要とは言えないが、それだけだと不十分だろ。


「神のみぞ知るってか?

 俺はそんな不確かなもの、信用していない」


 すると、ジジイはケロッとした表情でこう言った。


「神は居る。まあ尤も、今は神でなくだがな」

「…………は?」

「そのままの意味だ。神は魔王、魔王はこの世界を創り出した神だ」

「いや、それは――」


 おかしいだろ。なんで神が魔王なんて名前で恐れられなくちゃならないんだ。というか、


「何でそんなことが分かるの? ていうか、ジジイは何を知ってるの?」


 俺は混乱からか、息もつかずに質問をぶつけ続ける。

 そんな俺の様子とは裏腹に、ジジイはさも当然のようにこう言った。


「さあな。オレも何を知っているのか、知り過ぎてよくわからん」


 妙な言い回しだ。『知っている』というのは、自認出来るものではないのか?


「何のために魔王を盗伐するのか、って話だったな。それなら話は簡単だ。

 オレは知りたいんだよ。何のためにこんな世界を創り出して、何のためにオレをこの世界に呼んだのか。どんな知識でも与えるくせに、肝心なことは何一つ語らない。

 ただ、魔王と対峙してみたいだけなんだ。そのためにお前を巻き込んだ。同じ身の上の仲間が欲しかったんだな。

 全く、こんな年にもなってみっともない。悪かったな有名アリナ、お前がそう望まないのならもう――」


「なんだって?」

 俺はジジイの言葉を遮った。


 今、ジジイはとんでもないことをしれっと言いやがった気がする。なんだって、


「今、ジジイは『』って言ったか?」

「なんだ、そう言わなかったか」


 ジジイは俺の驚いた顔に驚いたような顔をする。なに、既知の事実みたいな顔して語ってんだよ。


「あー……確かに、言ってなかったかもしれないな。

 オレの本名は森羅しんら積和せきかず


 オレもお前と同じ、転生者だよ」

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