Lv.7 俺の恋物語は終わらない。
このグループ、いや、RPG風に言うならばパーティーだろうか。そのパーティーのリーダーである男が、俺に向かって問いかける。
「ここの教会の一番偉い人は誰かな?」
「俺だす」
「……いや、そうじゃなくて。神父さんとかいないの?」
「神父はわたしです」
「…………いや、そうでもなくてね。なんていうのかな……」
男は困って腕を組む。ナイスアシストオツキ!
しかし、オツキはそれだけ言うと、トコトコとシュンという名であるらしいのっぽのイケメンのもとへと歩み寄る。
顔を見上げてのっぽと会話するオツキを見て、俺はドギマギする。俺もあれくらい身長があれば! ――ここで補足情報。俺の現在の身長は155cm。オツキの身長は156cm。
見るからに170cm以上あるのっぽは、俺に構わず、オツキと思い出話に花を咲かせる。うらやましい!
そしてその隣、俺の身長よりデカい盾を装備した武骨な男は、巨人のようにデカい。多分3mくらいある。(後で聞いたら180cmだって。うそこけ!)
唯一の女性はローブを羽織っていて、見るからに魔法使いだ。しかしそのローブの下は水着のようなへそ出しの格好。なんて破廉恥な! 今のオツキを見てみろよ。顔以外全部修道服に隠れているのに、あんなに可愛いんだぞ!
最後にリーダー。身長はパーティーの中では小さめだが、たぶん平均身長はある(この世界の平均身長は知らないけどね)。
四人の人相を確認すると、俺はリーダーに質問した。
「何しに来たんだすか?」
もちろん威嚇しながら。舐められては堪らない。
するとリーダーは優しく微笑んだ。
「しばらくこの町に滞在することにしたから、この教会で泊まらせてもらえないか頼みに来たんだ」
決して怪しい者ではないよ、とリーダーは両手を挙げてみせる。
う~ん……俺は考えた。果たして本当に怪しい者ではなかったとして、しかし安易に教会の中に入れてしまってもいいものかと。だから俺はこう提案する。
「じゃあ荷物はすべてここに置いて。そしたらうちの神父に会わせてあげるます」
「わかってくれてうれしいよ」
リーダーは再度微笑んだ。なんだこいつハンサムだな。
「――遠路遥々ご苦労様。じゃが、この教会は如何せん小さくてな。貸し出せる部屋がもう無いんじゃ。大広間でよければ好きに使ってよいが、しかし女の子がおるからのぉ……」
気にしないでください、いやいやそんなわけにもいかないよと遠慮し合っているリーダーとジジイ。なんだか日本人みたいな会話だな~と思いながら二人の会話に聞き耳を立てていると、ジジイはとんでもないことを言い出した。
「そうじゃ。ならうちの修道士の部屋を一つ貸し出そう。屋根裏部屋なんだが、女の子一人寝泊まりするくらいなら十分じゃろう」
「ちょっと待てい!!!」と俺はジジイの寝室に殴り込む。
「え、待って。何言ってんのジジイ!」
「こら、ジジイとはなんじゃこの小童!」
いつも気にしてないじゃん。
「え、じゃあ何。俺はどこで寝泊まりするの?」
その質問に、ジジイは歯切れ悪くこう答える。
「……そんなの決まっておろう」
「あはは。もう他には大広間しか残ってないですからね……」
ハンサムが苦笑する。ジジイが薄ら笑いを浮かべている。
あんのジジイ! またなんか企んでやがんな!!
そんなわけで、どんなわけか。俺はこの冒険者男ども三人と、教会の大広間で寝食を共にすることになった。パーティー唯一の女性に屋根裏部屋を明け渡すと、俺たちは倉庫から布団を四組、大広間へと運び出す。その際、ハンサムが俺に話しかけてきた。
「俺の名前はケン。剣を主軸に戦ってる。で、そっちの細いのが」
「細いの言うな! シュンだ。よろしくな」
「で、あっちのデカいのがリキ」
リキと紹介された男が首を縦に振る。よろしくという意味であろうか。
「で、うちの紅一点がリンね」
剣、俊、力、凛。……なるほどね。
ケン……さんは、一通りパーティーの面子を紹介すると「君の名前は?」と俺に自己紹介を促してくる。だから俺は「入れ替わってる!」と答えようと思ったが、ここでギャグに走るのは薄ら寒いし、そもそもネタが通じないであろうことを思って、「俺の名前はアリーナ……です」と普通に答える。
「アリーナか。珍しい名前だなぁ。よろしく! アリーナ」
「よろしく〜」とシュンさんが続くと、リキさんも頷く。リキさんは喋らない系?
ところで、と俺は問う。
「どうしてケンさんたちは、こんな町に来たんだすか?」
「だす?」シュンが反応する。
「ですか?」俺は訂正する。
「そうだなぁ……。別にあえて来たってわけではないんだけど、強いて言うなら帰省しに来たってだけかな」
「帰省……ですか。ということは、皆さんこの町の出身なのかすか?」
「かす?」シュンが反応する。
「ですか?」俺は訂正する。
「いや、この町出身はシュンだけだ。一年ぶりに故郷の様子が観たいって言うんでな。休息がてら帰省しに来たってわけだな」
「へぇー」なんか普通だな。
「じゃあじゃあ、おれからも質問!」
シュンさんが元気よく俺に手を挙げる。なんか子供っぽいなあ。
「アリーナは、いつからこの町に住んでるの?」
おっと!? 俺の秘密をどストレートにぶち壊すような質問だ。しかし当然といえば当然。シュンさんは一年前までこの町に住んでいたのだ。それで一年ぶりに帰って来てみたら、知らない奴が教会で、しかも幼馴染であるオツキと一緒にいる。もし俺が逆の立場なら、オツキが悪い奴に唆されていないか心配で心配で、居ても立っても居られない。気が気でない。
何をどうやって何から話そうかと熟考していると、布団運びが終わってしまった。
「まあ、細かい話は追々にしようぜ。夜は長いんだ」
俺に気を使ってか、ケンさんが話を切り上げてくれる。……ん、夜?
「とりあえずこれで終わりか。この後どうするケン。町でも見て回るか? それとも、一度森に行くか?」
「いや、今日はもう遅い、森は止そう。リキ、リンを呼んで来てくれ。町を見に行こうぜ」
リキさんは首肯する。
パーティーメンバーをまとめ、さっさと次の行動方針を決めてしまった。よくできた人だ、ケンさんは。
そんな姿に呆けていると、屋根裏部屋からリンさんとオツキがやってくる。オツキはリンさんの手伝いをしていたらしい。
「オツキが一緒に行きたいって! なんか町を案内してくれるらしいよ」
ハイテンションだ。今はローブを羽織っておらず、水着にショートパンツと派手な格好をしている。いや、ある意味では素体に近い落ち着いた格好と言えるのだろうか。はっきり言って、精神衛生上良くない。というか卑猥だ!
そんなギャルとは似ても似つかない清楚な(修道女姿の)オツキは、ぽかぽかと微笑みを湛えながら俺を呼ぶ。
「アリーナも一緒に行こ!」
「うん!」絶対行く♡
ケンさん達はいくつくらいなのだろうか。シュンさんはオツキと幼馴染だから、一つか二つくらい……いや、普通同い年じゃね? なんだよ俺と同い年かよ(俺は年齢不詳)。まあいい。シュンのことはほっとこう。
んで、ケンさんは知的で大人っぽいが、なんだかんだ二つ三つしか変わらないような気がする。笑った時の表情が柔らかい。どこか幼さを感じさせる。
リンさんはギャルだから、きっと15,6かな。リキさんは老けてるから……三十代くらい?
「あれがわたしの家。両親は喫茶店を営んでるんだ。わたしもたまに手伝ってるんだよ! 今度、皆で飲みに来てよ!」
それであれが——とオツキは案内を続ける。俺が初めてオツキと出会った時も、同じように案内してくれた。
懐かしいなぁと感じつつ、しかしたった二週間前であることを考えると、存外短いものである。それだけ俺が一人でいた時間が長かったのだ。それだけここでの日々が濃厚なのだ。
既に一度聞いている町案内を後ろから一人で聞いていると、この町の元住人たるシュンが俺の隣に足並みを合わせる。
「オツキは全然変わってないなぁ。お前の前でもあんな感じなのか?」
「……」
「あれ、おれとはしゃべってくれないの?」
「……俺。コミュ障なんだよ……」
「こみゅ……なんて?」
「会話が苦手なんだ……」
はえ〜とシュンは驚いてみせる。
「うっそだあ。あんなに楽しそうにオツキと喋ってたのに」
「いや、俺、人見知りなんだよ……」
「ふ〜ん」ま、そういうことにしてやるわ。とシュンは引き下がる。
うわぁいやだなぁこの感じ。この共通の友達を持つ、全く縁も所縁もない、友達の友達同士の会話。共通の話題は共通の友達しかないから、全く会話が弾まない。さらには俺はコミュ障で、弾まない会話をなんとか弾ませようとするシュンの気遣いを無駄にしてしまうんだ。うわぁやだやだ。本当にやだ。助けて! おつきちゃ〜ん!!
俺は気まずさから顔を背ける。
しばらくの間、互いに無言の時間が続いた。前の方の楽しそうなオツキの声だけが響いている。
この沈黙にいよいよ耐え切れないと感じた時、先に口を開いたのは意外にもシュンだった。
「おれさ、この町から逃げたんだ。今にして思えば、それは最良の選択だっただろうし、後悔はあるが、今こうして元気なオツキと、町の様子を見て安心している自分がいる」
シュンは俯きがちに続ける。
「でもさ、やっぱり。何にも変わってなかった。変わってなかったんだよ。
何にも、元通りになんて、なってなかった」
その言葉には一際力が篭っていた。目には憎しみの色が見て取れる。
俺は困惑した。シュンは一体、なんの話をしているのだろうかと。シュンは休息ついでに帰省したわけではないのだろうかと。
俺は……何を言うべきか悩んでいた。いや、多分なにも言わない方がいい気がする。シュンにとっては聞いて欲しくない、プライベートな話題なのかもしれない。
だから俺は、考えに考えた。それはもううんと考えた。日は沈みかかり、そろそろ町案内も終了する。話の続きは幾らだってできるだろうが(なんたって夜は長いのだから)、しかし二人きりで話せるチャンスは今しかない。
だから俺は今言う。今から言うぞと気合いを入れる。よし、大丈夫。オツキは町案内に忙しそうだ。
「なあシュン」
俺はシュンを呼ぶ。強く握っていた拳が痛々しい。
憎悪の瞳をしたシュンが、なんだとその目で問いかける。
「お、おれさ」
声が裏返る。
「お、オツキが好きなんだ」
「……は?」
シュンは素っ頓狂な声を出す。
「いや、だ……だから。オツキが好き——」
「ぎゃははははは」
するとシュンはゲラゲラと笑い出した。
腹を抱え、遂にはその場に立って居られなくなり、地面を叩いて笑い転げる。
シュンは涙笑いを浮かべていた。
俺は続ける。
「いや、だからさ。シュンもオツキが好きなんだろうけど。俺も、その……オツキが好きなんだ。だから、お互いライバルとして」
「おれがオツキが好き? ぎゃはは。そんなこと誰が言ったんだ?」
「……へ?」
今度は俺が素っ頓狂な声を上げる。
シュンは笑う。
「ぎゃはははははははははははははは」
シュンが笑い過ぎて、町の人々がなんだなんだと様子を観に来る。俺は恥ずかしくなってシュンを宥めるも、腹が痛いとシュンは止まらない。
とりあえず俺はシュンに深呼吸させる。すーっと吸って、ふーっふっふっふと笑い出す。息ができないとも言い出した。
「ったく。なに勘違いしてんだよ」
ようやく落ち着いてきた頃、シュンはそんなことを言った。
「別にそういう意味じゃねえよ。おれとオツキはただの幼馴染だ。もう
「え、違うの?……てかホント?」
「ほんとほんと! 嘘ついてどうすんの」
「いや、でもさっき……オツキに振られたから町を出たって……」
「おれそんなこと言ったか?」
何を勘違いしたんだよとシュンは笑う。
「気にすんな。どの道おれはこの町を捨てた身。お前はオツキを好きなだけ守れよ」
えぇ……急な展開についていけない。てっきり俺は、ここからシュンと俺のオツキをかけた恋のバトルが始まるのだとばかりに思っていたのに。随分とあっさりだ。
「なんなら手伝ってやろうか?」
シュンはニヤニヤと笑う。その類いの笑顔は苦手だ。
「アリーナ! お前とはなんだか気が合いそうだ。オツキも楽しそうだし、安心したよ!」
シュンは俺の手を引いて立ち上がる。
「よろしくな!」
引いた手をギュッと握る。俺もその手を強く握り返す。
「う、うん。よろしく」
シュンと出会って三時間。
俺たちは友達になった。
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