俺と剣と俊と凛と力編

Lv.6 俺の恋物語は始まらない。

 今日は朝から町の様子が慌ただしかった。

 結局、教科書に読み耽った俺は、一睡もせず朝を迎えたのだが、なぜこんなにも住民が慌てているのかすぐにはわからなかった。

 原因は朝の鐘。時報や、レベルアップを知らせる鐘は魔法によって動いているらしいのだが、住民の起床を促す鐘だけは、ジジイが手動で鳴らしていたらしい。

 その鐘をジジイが鳴らさなかったために、みな起床が一時間近く遅れ、その逃した時間を埋め直すよう、きびきびと働いているらしかった。

 普段からジジイの鐘ではなく、ジジイの怒号で起きている俺にはわかるまい。

 今日はジジイもやってこないし、ひと眠りしようかなとベッドに潜って俺ははっと気が付いた。

「ジジイはどうした!」

 急いでジジイの寝室に向かうと、ジジイはベッドの上で動けなくなっていた。

「たすけてくれ……」とか細い声で俺を呼ぶ。

 何があった、説明してみろ、敵は誰だ、俺が必殺魔法で退治してやるぜと駆け寄ると、ジジイは弱々しい声で俺に語り掛ける。

「ぎっくり腰じゃ……」

「ぎっくり腰!?」

 それは何だ! どんな敵だと考えて、俺は気が付く。

「なんだよ、ぎっくり腰かよ」

「やめて、本当に痛いから……」

 ジジイは涙ながらに訴える。

 原因は、昨日の帰り道にオツキをおぶったことにあるらしかった。だから止めとけと言ったのに(言ってない)。

 そのことを、教会にやってきたオツキに言うと、「まあ、それは大変ね」と言い、こんなことを言い出した。

「じゃあ、私が代わりに神父さんになるわ!」

 ……は?


 そうして、オツキの一日神父さん生活が始まった。

 厳密にいえば、オツキの格好は神父さんではなく修道女シスターさんで、そもそも女の子は神父になれないことは、黙っておいた。

 オツキの修道女姿は新鮮で、見ていて微笑ましい。眩しい笑顔を湛えながら、オツキは俺に質問する。

「ところで、神父さんってなにするの?」

 なにするの? それは俺が聞きたい。

 というかなんでそんな意気揚々と着替えてこれたのかも知りたい。オツキの辞書に“不安”という言葉はないのか?

 ニコニコと俺を楽しそうに眺めているオツキを見て、俺はふと思った。

 もしかして俺、頼られてる!?

 おっとそれは、なかなか悪くないですなと鼻の下を伸ばしながら俺は答える。

「……教会の掃除かな」

 とりあえず、俺がいつもしている仕事に取り掛かる。


 今まで通りなら、午前中、俺が掃除をしているときは来客者なんていない。午後にはジジイも回復しているかもしれないし(ぎっくり腰がどれくらい痛いものなのかは知らないが)、このままのんびり教会の掃除でもしていればいいだろう。と考えたのだが、それは浅はかだった。

 こんな日だからこそ、普段、訪れない人間がやってくるのだ。

 最初に訪れたのは、生まれたばかりの子供を抱きかかえた30歳の女性だった。

「今日はどうしても夫の仕事を手伝わなくてはならなくて、昼の二時までここでこの子を預かってはいただけませんか?」

「心得ました! お仕事頑張ってくださいね」

「ちょっとまてい!」

 あっさり引き受けたその仕事を、俺が遮る。

「え、何言ってんの。赤ちゃんの面倒なんか見れないよ!」

「大丈夫だって。わたし大人だもん♪」

「えぇ……それは関係ないってか、おむつは? 泣いたらどうするとか全然わかんないよ」

「心配しない~しない~。全部おつきお姉ちゃんに任せなさい!」

 ドンと胸を張るオツキ。

「では、よろしくお願いしますね」と立ち去る来客者を見て、「えぇ……」と俺は溜め息を出す。


 MISSION1「赤ん坊をあやしつけろ!」


「はぁ……」俺はもう一度溜め息を吐く。

「そんなにため息ついてたら、幸せが逃げちゃうよ」と笑うオツキを見て、俺は肩の荷が増えたことを実感する。

 このまま仕事が増えては堪ったものではない、というか手に負えないので、ジジイの回復を急かしに行く。

 ジジイの寝室に向かうと、中に居たジジイは朝見つけたときと寸分違わぬ格好をしていた。おい、うっそだろと思い近寄ると、ジジイはか弱い声で言った。

「腰を……おしぼりで……お願い……」

 朝より酷くなっていた。ぎっくり腰ってそんなにつらいのか。

 俺は早く回復して仕事をしてもらうために、ジジイを介抱する。少し落ち着いたらしいジジイの姿に安堵していると、階下から俺を呼ぶ声がする。

「アリーナ大変! 赤ちゃんが泣き止まないの!」

 それは大変だ、というかそれくらいはできる前提で引き受けろ! と考えていると、教会に本日二人目の来訪者が現れる。

「すみません。仕事場で怪我をしてしまって。神父様の治療術で直してはいただけませんか?」

 怪我!? そんなの病院で診てもらえ! と思ったが、流石にそんなことは言えないので、俺は慎ましく丁重にお断りしようと試みる。

「それは大変ですね。任せてください!」

「ちょ、ちょっとまてい!!」

 依頼を引き受けるオツキに、俺はすかさずツッコミを入れる。

「何引き受けちゃってんの? もう俺たち手いっぱいだって」

「大丈夫! お兄さんの怪我も大したことなさそうだし」

「いやでも、俺、治療術とか使えないし……」

「おつきお姉さんに任っかせなさーい!」


 MISSION2「男性の怪我を直せ!」


 強引に話を押し通すオツキ。けれどまあ、これは致し方ないところもある。なんたってこの町にはこの教会以外に“病院”と呼べるような施設がないのだから。それもう町ってか村より酷くね? これのどこが理想郷だよとツッコまずにはいられないが、ここはそういうな町なので受け入れるしかあるまい。

 早速、オツキは男性の治療を開始する。その間、俺は泣いている赤ん坊をあやさなくてはならなくなってしまった。

 これはいかん! どうしたものか。

 とりあえず、赤ん坊を左右に泳がせてみる。お歌を歌い、楽しそうに微笑みかけるも全く効果を示さない。これあれだよ。絶対お母さんに会えなくて泣いてるやつだよ。

 おかあおつきさ~んと泣きつくと、オツキの方はすっかり治療を終えていた。男性の腕にはきれいに包帯が巻かれている。器用なものだ。

 俺の存在に気が付くと、オツキは言った。

「赤ちゃんって心臓の音を聞くと安心するんだって。だからちょっと貸して」

 そう言って俺から赤ん坊を引き取る。そして赤ん坊に心配させまいと、ゆっくりと自分の心臓に耳を近づける。

 赤ん坊は泣き止んだ。

「おお~」俺は素直に感心する。でもなんでさっきはやらなかったんだ?

「さっきのお兄さんに聞いたんだ。赤ん坊のあやし方」

 ほおさっきの。案外オツキも思慮深い。人に聞くという発想はなかった。


 ――ある程度赤ん坊が落ち着いてきた頃、オツキは言った。

「お母さんってすごいよね。みんなこんな風に子育てしてたんだよ」

 まだまだわたしにはできないや。と声を落とす。

「……わたしも、こんな風にちゃんと子育てができるような、しっかりとした大人になりたいな……」

 珍しく気持ちの沈んでいるオツキを見て、俺はなんとか励まそうと試みる。

「ちゃんと大人だよ。俺なんて、どうすることもできなかったし……」

「そんなことないよ。子供なのは……」

 その発言を聞いて、俺はジジイの言っていたことを思い出す。

『あれは、自分だけ除け者だった“大人”というカテゴリー、グループに、ようやく自分も入れるようになったっていう喜びだな』

 仲間外れは誰だって嫌なはずだ。俺だって嫌だ。

 それに入れたという思いと、自分はそこまで達していないという思い。この相反する二つの思いが、きっとオツキの心情を揺らがせている。

 なら、ここで俺から言えることは一つであろう。俺にしか言えない言葉。

「じゃあ、俺たちは二人とも子供だな。オツキだけじゃなくて、俺たち二人が」

 その言葉を聞いて、オツキは何を思ったのだろう。ふっと微笑む。

「お兄さん言ってたよ。二人だけでもちゃんと仕事してて偉いねって」

 オツキは赤ん坊をあやしながら、顔を朱に染めて言う。

「だから、二人でがんばろ」

 そんな顔をして言うので、俺も恥ずかしくなる。

「……うん」


 それから俺たちは忙しなく働いた。昼の二時を過ぎ、ようやく赤ん坊のお世話という大役から解放されると、俺たちは安堵と共に座り込む。

「いや~疲れた。本当に疲れた」正直このまま眠りたい。俺、昨日から寝てないんだよ。

「いや~疲れたね。わたしこのまま寝てしまいたい!」

 俺も! と賛同すると、二人で顔を見交わして笑う。

 なんだろうこの気持ち。仕事して疲れてるのにすっごい幸せ。

 オツキも同じ気持ちなのか、笑いながら今日の日々のことを振り返る。

「赤ちゃん可愛かったな~」

「可愛かったね~」

「手を近づけるとぎゅっと、わたしの手を握ってね」

「へえ~」

「すっごい可愛かったんだよ~」

 それ、俺されてない……。

「はあ~。わたしも赤ちゃん欲しくなっちゃった」

「ゔふっ!!」

 俺は思わず口に含んだお茶を吐き出す。

 はっ!? なに? 赤ちゃん! 誰と? なんで!?

「そう思わない。アリーナ」

 えっ!? なに? 赤ちゃん! 俺と???

「い、いやあ~。先行き不安なこのご時世安易に子供を作ろうとするのはちょっと考えた方がいいよ」と俺は早口で捲し立てる。

 その姿を見て、オツキがきゃははと笑う。

「わたしやっぱり、早く大人になりたいな~」


 そんな微笑ましい光景の中に、新たな来客が現れる。

 俺的にはまだ昼の三時だけれども、閉店ガラガラお引き取り願いたい。

 はいはいなんですかと扉を開けると、そこには剣や盾を装備した、旅人らしい四人の男女が居た。

 俺はぎょっとする。この異世界に来て、初めて武装した人間に出会ったからだ。

 俺は即座に厳戒態勢を取る。手刀を二本、いっちょまえに突き出して。腰が引けていることは誰も気づくまい。

 オツキを庇うように立つと、そのグループの一人が言った。

「よぉオツキ! 久しぶりだな」

「あっ! しゅんくん!」

 

 彼らは冒険者。

 そのうちの一人、シュンはオツキの幼馴染だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る