Lv.5 今夜は眠れそうにない。
八月下旬。今日は特に日差しが強い。熱い、痛い。そんな猛暑日。
いい加減、こんな全身真っ黒な修道服とはおさらばしたい今日この頃、俺は教会の庇の下で掃除をサボっていた。
「早く午後になんないかなあ~」
俺は空を見上げる。まだ南中には程遠いい、昇ることをサボっている太陽に向かって睨みを利かせるが、すぐにそれは無意味なことだと諦める。こんな日だ。太陽だってサボりたいのだろう、俺のように。
はぁと一際大きなため息を吐く。
「早く午後になんないかなあ~~~」
そんな俺のもとにオツキが現れたのは、午後になるにはまだ早い、午前十時の頃だった。
「おっはよ~! 今日はピクニックだよ~!」
白いワンピースに、大きな麦わら帽子を被ったオツキはいつも以上に元気だった。手には四角い籠が握られている。どこかに遠出でもするのかなと考えるも、あ、ピクニックってそういうものじゃん――頭に糖分足りてねえな、熱中症予備軍じゃね、とまあダラダラと余計な思考に時間を潰す。
口を開け、バカみたいな顔をしている俺に何を思ったか、オツキは頬を膨らませ、真っ赤な顔をして俺を叱る。
「ほら何してんの! 早く行こ!!」
「行く? ……どこに?」
「えぇ!? ピクニックだよ! 昨日、約束したよ!」
「ピクニック? 誰が??」
「わたしとアリーナとおじいさんの三人で!」
「わたしとアリーナとおじいさんの三人で?」
「そうそう!」
「……へえ」
「ほれ、ぼさっとするな。行くぞ
後から俺の箒を取り上げるジジイ。代わりに何か長物を掴まされた。これを持てということだろうか。
「おはようございます! おじいさん」
「うむ。おはようオツキ」
「それじゃあしゅっぱーつ!!」
高らかな声と共に歩き出すオツキ。俺はそれに置いて行かれないよう、行先も目的もわからぬまま、ついていくことしかできなかった。
――あ、目的はピクニックか。
町外れにやってきた。緑豊かな草原に、小高い丘、近くには緩やかな川が流れている。俺たちは丘の上にある大きな木の下に拠点(レジャーシート――ではないけれど――を敷いた)を設置した。せせらぎが心地よいこの場所は昼寝にぴったりだ。
ついよっこらせと腰を落ち着かせたくなるが、オツキが俺の手を捕まえて離さない。野原を駆け回りたくてうずうずしている。
一人でやっててくれよ~おじさんはそれを眺めているだけで十分だから~と言いたいが、齢四(Lv.4)の俺をおじさんとカテゴライズするのには無理がある。
仕方なく、俺は休日のお父さんの如く、オツキと鬼ごっこをする。それにしてもあれですね。こうやって中学生の女の子を追いかけまわすというのは、なんだか犯罪臭がしますな。
一方のおじいさんことジジイは、おじいさんという立場をフル活用して、俺たちの様子を微笑ましく眺めている。俺もそっちがいい!
しばらく走り回ってオツキは疲れたのか、お昼にしたいと言い出した。
俺はとっくの昔に疲れていたので、その提案に全力で賛成する。ジジイは空を見上げると、今の時刻を確認した。
「少し早いが、お昼にするかのぉ」
「やったー!」
「このおにぎり、私が握ったんだよ!」
そう言われて渡されたおにぎりは、きれいな三角形でとてもおいしそうだった。もう既製品と見間違うくらい。
「おぉ! おいしそう」
「えへへ。ありがとう」
「ほっほっほ。良くできてるのぉ」
中には鮭や梅干しといった定番のものから、唐揚げやチーズといった意外なものまで幅広く入っていた。――随分と親しみやすい内容だ。なんというか、あのヨーロッパな町並みにはそぐわない。
昼食を終え、一休みしていたころ、次はジジイの方から提案する。
「では、そろそろ釣りをしますかな」
川辺で釣りを始めて二時間が経過した。
オツキは五匹、ジジイは十匹釣った。だが、俺は未だ〇匹。
うう~ん、つまらん。
飽ーきーたー他の事しよーぜ―とオツキの様子を伺うと、絶賛魚と格闘中だった。
しばらく奮闘したのち見事、魚を釣り上げると、突然オツキは悲鳴を上げた。
「きゃあー! なんか目の前になんか出た!?」
なんかなんかと叫ぶオツキに、なんだなんだと近づくも、俺はそのオツキの言う“なんか”が何かわからない。
すると町の方から鐘が鳴る。リーンゴーンとこれは初めて聞くメロディーだった。何時を知らせる鐘だろうか。
「お、レベルが上がったんじゃなオツキ」
「……レベル?」
ぺたんと座り込み、泣きそうな顔のオツキに、ジジイが優しく微笑みかける。
「今、町の方から鐘が鳴ったじゃろ。あれは時間を知らせる鐘とは違ってな、町の住人が成人した時に鳴る鐘なんじゃ」
「成人?」と俺は問う。
「成人とはレベルが15になることじゃ」
「……じゃあわたし。大人になったってこと?」
「そういうことじゃな」
へえ、レベルが15になると成人したことになるんだ~とこの世界のシステムに感心しているとオツキは、今度はジャンプしてその喜びを表現する。
「やったー! わたし大人になったんだ!!」
喜怒哀楽の激しい奴だなあと眺めていると、ジジイは俺を見て驚く。
「な、お前一つもレベルが上がってないじゃないか!」
「いや、だって一匹もつれないんだもん」
そもそも、こんな釣りにどんな意味があるんだよ! とただ遊びなのに意味とか求めてしまうダメな質問をすると、ジジイは意外なことを言い出した。
「この釣りはな。低レベルの人間には良いレベル上げになる、とても効率の良いものなんだぞ。……まあ、お前はそもそもレベルが低すぎて釣りすらできなかったことは、オレの盲点だったがな」
ガハハと笑うジジイに、俺はコンチクショーと正拳突きを食らわす。しかしひらりと身を躱すジジイ。ムッキー!!!
ジジイを追い掛け回す俺を、オツキがちょんちょんと呼び止める。
なに今忙しいんだけど! と振り向くと、オツキはドヤ顔で俺に胸を張る。
「ねえアリーナ。わたし、大人になったと思わない?」
仁王立ちで俺に問いかけるオツキ。ほうほうどれどれ仕方ないなと俺はオツキを舐め回すように見る。ジロジロと。それはもうジロジロと。
「……なんか恥ずかしいなあ」と照れるオツキに、俺は鼻息荒く(ジジイとの追いかけっこで疲れただけだから!)気にしないでと返答する。と、突然後ろから
「やめんか!」
ジジイだ。お、なんだなんだうらやましいのか? としたり顔をすると、ジジイはもう一発、俺を
しばらく近くで眺めた後、今度は少しだけ離れて見てみる。
「う~ん……」
正直、何も変わってない。強いて言うなら、少しだけ胸部が豊かになっただろうか。――それは胸を張ってるからか?
俺自身。レベルが15になることを成人という以上、何か身体なりなんなりに変化が表れるものだとばかりに思っていたのだが……。困ったのでジジイの様子を伺うと、ジジイは「お、以前に増してきれいになったのぉ」とオツキの機嫌を取っていた。
……これはジジイに聞かないとわからないな。
とりあえず、俺もキレイキレイと綺麗事を並べ奉る。
すると、俺の言い草が気に食わなかったのか、オツキは頬を膨らませ、ぷいとそっぽを向く。
「もうしらない!」
木の下に大股で歩いていくオツキを「ええ、ごめんごめん。すごいきれいになったと思うよ!」と言いながら追いかける俺。
オツキに俺の手が届きそうになった時、オツキはその手をひらりと躱す。
「わたしを捕まえられたら許してあげる!」
そう言って始まる鬼ごっこ。きゃいきゃいと日が沈むまで、俺たちは野原を駆け回った。
帰り道。すっかり疲れて、歩くことすらおぼつかない様子のオツキ。俺は手を引き「おんぶしようか?」と提案するも、「いいのわたし大人だから」と言うことを聞かない。
するとジジイがオツキの前で膝をつく。背中に乗れということだろうか。俺は「ありがとう」と言いながらジジイの背中に手を掛けると、「お前じゃないだろ」とツッコまれた。俺も眠たいんだけど!
多分、ジジイ的にも先を急ぎたいのだろう。日はすっかり暮れている。そういえば、まだ俺はこの異世界に来て一度もモンスターに出会ったことがないが、ここでもそういったものは出てくるのだろうか。出るのだとしたら急いだほうがいい気がする。夜は魔物の時間って言うしね。
田んぼ道を歩きながら、俺はジジイの背中で眠りにつくオツキの様子を伺った。長いまつ毛に瑞々しい唇。こうして見てみると、オツキの顔立ちは案外大人っぽい。まあ当然といえば当然か。だってオツキは14歳。中学二、三年生であることを鑑みると、オツキの言動や行動は幼すぎるのだ。
「オツキって、子供っぽいよな」
俺が何気なく発したその言葉を、ジジイは拾う。
「同世代の友達がいないからな……」
そうかもしれない。以前、俺はこの町にはオツキと同年代の子供が異常に少ないとみていたが、あれは間違いだった。いないのだ。一人も。
町には俺が名前を覚えきれないほどの住人がいるが、そのほとんどの人間の家族構成なら、俺でも知っている。名前も知らない彼らのことを、知っているなんて言うのは些か不遜かもしれないが、知っているものを知らないとは言わない。
この町の住人は、三つの世代に分けられる。これは大きな区分で、とかではなく、きっちり三つに分けられるのだ。
下から、30歳、45歳、60歳。そして30歳すべての住人が結婚しており、女性たちは妊娠している。生まれてくる子供が第四世代となるわけだ。
先日、オツキのお隣さんだけが子を産んだことから察するに、みな同日に生まれたわけではないらしい。けれどみな、1年単位の誤差もなく子を産むというのは、違和感を超えて恐怖すら感じる。
そんなこの町に、14歳であるオツキという存在は、はっきり言って異常だ。オツキの方に何かあると考える方が一般的かもしれない。
そこまで考えて、俺はもう一人の異端児を見つける。
では、このジジイは何者なのかと。
年齢はわからないが、どう考えても住人より年上だ。問題は年齢だけではない。妻はどうした。いや、神父……教会関係者であるのだから結婚はしないだろうが、それはこの町のシステムと反する。
二人の共通点……いや、三人か。俺もそっち側。ということは……!? もしかして……。
「やっぱり、学校は必要だよな」
いきなりのその発言に、俺がジジイを訝しがると、ジジイは「さっきの話の続きだよ」と言う。
「学校は必要だ。同年代の友達が作れる最高のコミュニティだよ」
コミュニティ……久しぶりに聞いたな。その英単語。
「あの町で育ったオツキは、みんなの娘みたいなものだからな。そういった環境だと、どうしたってあの子は精神的に幼いままだ」
「小学校低学年って感じだよな」
「本来あるはずの女の子同士の諍いもない、競争心も築かれないから、早く大人になりたいと、自分を良く魅せようとしたりしない」
「でもオツキ。さっき『大人になれた』って喜んでたじゃん」
「それはそういうものじゃないよ」
……?
「あれは、自分だけ除け者だった“大人”というカテゴリー、グループに、ようやく自分も入れるようになったっていう喜びだな」
…………。
「俺は……大人になんてなりたくなかった」
「普通はそうだよな」とジジイは笑う。「オレもなりたくなかったさ」
「…………俺は、大人になりたいっていう人間の気が知れない」
ジジイは黙り込む。いや、その表現は違うか。俺の言葉の続きを待っているのだろう。だから、俺は黙り込む。
「
「……え?」
その問いかけに俺は困惑する。そんな俺の姿を見て、ジジイは微笑む。
「さっきから話飛びすぎ」と俺がジジイをからかうも、ジジイはその湛えた笑みを濁さない。
「……なんだよ」
「なんでもない。ただ、昔のことを思い出してただけさ――」
オツキを送り届けた後、俺たち二人は教会の屋根裏部屋に来ていた。ジジイの手にはバールが握られている。そのバールを用いて、ジジイは木箱の封を切る。
中からは大量の本が出てきた。どれも分厚く――辞書やハリ〇タといえば伝わるだろうか、そのくらいボリューミーな本だ。
そのうちの一冊を手に取ると、ジジイは俺にその本を押し付けてくる。表紙には『魔法学Ⅰ』と書かれていた。
「魔法学!」つい叫んでしまった。ジジイは口に手を当て、俺に静かにするよう制する。俺も口にしーっと手を当てる。
「オレ昔、
「へえ~。ぽいね」
「そう、ぽいだろ! オレも完成した時、そう思った」
けどな、とジジイは続ける。
「この土地の領主に怒られたんだ。『ここは私が住民のためを思ってつくった理想郷なんだ。この町に学校は必要ない』って言われてな。泣く泣くこれらはお蔵入り。他は全部捨てたんだが、一式だけ残しておいた」
諦めきれなかったんだろうなとジジイは呟く。
「第一、本当に町の住人のことを思うなら、学校は必要不可欠だと思うんだけど……この話は長くなるからやめよう」
ジジイは生き生きとしている。
「町の人には内緒だぞ。これやるよ、お前に」
そう言って、ジジイは部屋から退出していく。
後に残された俺は、早速、『魔法学Ⅰ』を開いてみる。中にはいろいろな魔法に関する情報が載っていた。魔法の属性や、類似系統。意識すべき点や、注意すべき点など様々だ。
ある程度流し読みしていると、最後のページにおもしろい魔法を見つけた。
『これは私が二十年かけて創り出した最強の魔法である。不利益は多いが、相手を必ずや屠ることができるという点では、他の魔法の追随を許さない。
相手を必ず殺すという意味と、その後自身に降りかかる不利益を鑑みて、私はこの魔法に次のような名前を与えた。』
≪必殺魔法・The END≫
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