Lv.4 漢字で書くなら御月かな。
いや〜俺、個人情報に関してプロテクト硬すぎて名前書くの忘れてたわ〜。
おっす。おら、アリーナ。
そうなんすよ。これ俺の本名。いや、前世の名前は多分というか十中八九、これじゃないけどね。
教会で暮らすことになったはいいものの、名前がないんじゃ生活しづらいってことで、ジジイが適当に付けた名前。
「お前は名無しだから、ありな。名が有る、
親父ギャグかよ!
てなことで、まあ名前はアリーナちゅうかアリナですね。気に食わないんで、勝手にアリーナって名乗らせて貰ってます。
――教会周りの掃除をしていると、町の様子がよくわかる。
子供からお年寄りまで、みな楽しそうに暮らしている。髪色は鮮やかで、前世ならコスプレ大会でもやっているのか? と錯覚しただろう。賑わいを見せるこの平和な世界に、魔王なんて野蛮な存在は似合わない。
それと町の大きさだけど、俺が想像していたよりは小さな町だった。つまり漢字は“街”ではなく“町”だね。
二階建ての建物は少なく、ほとんどが赤い瓦屋根の一階建て。それも昔の日本のように、一つの家に何組かが一緒に暮らせるようになってる――あれはなんていったかな? いつもならスマホでちょちょいと検索をかければすぐに解決できるような問題だけれども、スマホのないこの世界では調べようがない。
うわーすげえもやもやする。
そんなもやもやをかき消すように、俺が教会周りを箒で掃いていると、ひとりの少女が声を掛けてきた。
「ねえ君。ここの教会のおじいさんがどこにいるか知ってる?」
……君? おいおい先輩に向かってなんて言い方だ。こちとら16歳、高校生よ(多分)。どう見ても中学生のおこちゃまに“君”呼ばわりされる謂れはないね。
俺は“君”なんて人間じゃないよ~っとシカトしていると、少女はなおも続ける。
「……もしかして僕、お姉ちゃんの言っている意味、わからなかった?」
俺は思わず噴き出した。
はっ!? 僕???
俺は思わず辺りを見渡す。俺以外に、少女が“僕”と称することができるような人間はいない。つまりこの少女は俺を本気で年下、むしろおこちゃまだと判断しているのだ。
これは何たる愚弄。礼儀がなってないね。
ちょ〜と顔がかなり可愛いからといっても限度がある——ということで、俺は満を持して言葉を発する。
「o――」
「あっ、おじいさん!」
「おう。どうしたんじゃオツキ」
俺は言葉を失った。バッドタイミングだぜジジイ。俺が今、この瞬間、ようやく答えようとしていたところだったのに!
そんで美少女の方は、美少女の方で俺の方を見て「あれ、なんか言った?」という顔をしている。
もう知らないっと半ベソをかいていると、美少女は俺の方を向きながら、クソジジイに問いかけた。
「この子はどうしたんですか?」
「ん? ああ、此奴のことか。此奴は、最近こちらに来た子でな。住む場所がないっていうんで、教会に住み込みで働いているんじゃよ」
なにが「いるんじゃよ」だよ。お前、そんな喋り方じゃないだろ。
若干、鼻の下を伸ばしながら美少女と会話するスケベジジイを睨みながら、俺は掃除を続ける。すると再度、美少女が俺に話しかけてきた。
「こんにちは。わたしはおつき。あなたの名前は?」
後ろで変態ジジイがニヤニヤしている。こいつさては何か吹き込んだな。
「あなた、この町のことまだよく知らないんでしょ? だったらお友達になりましょ。わたしがこの町のこと、いろいろ案内してあげる!」
俺は目を丸くした。
お、オトモダチ?
俺が押し黙っていると、美少女、もとい、オツキは居た堪れなくなったのか、そわそわと身体を揺らし始める。桃色のふわふわヘアーが躍る。
その妙に可愛らしい動きに俺がさらに身体を硬直させると、後ろからロリコンジジイが背中を叩く。
「(しゃんとしろ! 名前くらい名乗ったらどうだ?)」
あんた、あの子に何言ったんだよ!?
「え、あいつには友達がいないから、なってやってくれないかって」
うう〜ん……余計なお世話ではあるがこれはなんとも。正直なところ、いや認めたくはないけれども……サンキュージジイ!
せっかく背中を押して(叩いて)貰ったのだ。これには俺も応えなくてはならない。
既に手持ち無沙汰で、自分の爪や服装を気にしているオツキに俺から声を掛ける。
「俺の名前はアリーナ。よろしく」
そう言って右手を出す。
オツキはその突き出された右手を見つめ、しばらく何かと考えていたが、やがてその頬を緩めると、オツキは右手人差し指をピシッと立てて俺に諭すように言う。
「年上の人にはちゃんと敬語を使わないとダメだよ!
でもよろしくね、アリーナ!」
うう〜ん……。俺、年下なのかな?
ジジイの申し付けもあり、俺が怪我をしないよう、俺はオツキと手を繋ぎながら町を見てまわった。
これをいわゆる“デート”であることは否定しようがないと俺は思うが、きっとオツキはそう思ってない。同意でないその行為はデートでもなんでもない。
けれど、俺がこの“町案内”で得られた収穫はオツキの可愛いさと、可憐さと、美貌のみであることを考慮すると、やはりこの町案内は実質デートであることは否定しようがないと思うんですよ! そう強く思うんですよ!
俺がこんな幼気な中学生の女の子相手に興奮するロリータコンプレックス野郎だったとは……いたたまれない気持ちになる。
「楽しかったね。わたし毎日遊びに来るよ! だからまた明日も遊ぼうね、アリーナ!」
「う、うん。また明日、オツキ」
「おつきお姉ちゃん!」
「……うん。バイバイ」
「バイバイ、アリーナ!」
オツキは笑顔で駆けて行く。
時折振り返るその姿に、俺が手を振るとオツキはさらに大きく手を振り返す。
「随分と仲良くなったなぁ。もうキスは済ませたのか?」
「それは早過ぎだろ!」
世話焼きジジイが俺を茶化す。
ガハハと笑う姿に、俺も釣られて笑う。
「元気出たか」
そう言ってジジイは、俺を教会の中に引き入れる。
――俺は少しだけ、その言葉の意味を考えた。
思えば、俺はこの異世界に来てから一度も言葉を発していなかった。それをジジイは心配してくれていたのだろう。
俺が口を開かなかった理由は、そう大そうなものではない。コミュ障だとか、引っ込み思案だとか、そんな俗っぽい言葉で片付くような安い代物だ。
しかしそんな生意気な俺を、根気強く面倒見てくれるジジイの姿は、少しだけ父親っぽく見えた。
それからの俺は、午前中は教会の掃除、午後はオツキと
どうしてこんな美少女が俺と毎日遊んでくれるのかと疑問に思っていたが、それもすぐに解決した。
それは、どうやらこの町にはオツキと同年代の子供が異常に少ないらしい、ということ。
若干、いやかなり不自然な気もするが、本人が気にしていないのならばと、俺からその話題を振ることはなかった。
――この町は、俺の知っているそれとはかなり違う。鏡は公衆施設にのみ存在し、学校はない。学校がないから、この町の住民はみな簡単な漢字しか書いたり読んだりすることができない。
これは不幸であろうか。
否。
なぜなら、彼らにはそれを不幸と感じる頭脳すらないのだから。
オツキと出会って二週間が経過した。
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