Lv.2 そうです。俺は転生者。
俺は死んだ。
もう乾いた笑いしか出ない。
いつもそうだ。肥大した期待感が、転生直後に死んだ俺を嘲り笑う。
罠に嵌められたような感覚。
俺はあの世界からも虐められている。
この場所に居られる時間もあとわずかであろう。だから少しでもここに居たくて、俺は地面にかじりつく。
土の味がした。こんなにもじゃりじゃりとしたものだったのだろうか。
すると意図せず涙を零す。
ああ――
目を開けるのが怖かった。いや、もう瞼なんて付いてはいないだろうけれど。
それでも、自分の現状を確認しなくてはならない。いつまでもうじうじとしてはいられない。もし自分を自分で否定してしまったのならば、俺はただただ消える時を待つことしかできなくなるのだから。
だから、目を開けた。
ぼやけた視界に映る世界は、焦茶色の世界だった。
薄気味悪いそこは、いつものあの空虚な世界とは一味違う。
ここはどこだ?
数ある転生と死亡によって、俺は新たなステージへと辿り着いてしまったのだろうか。
なんて。そんなことはあり得ないと捨て置き、俺はベッドから起き上がる。
…………………………………………ベッド?
はっとして俺は辺りを見回す。
ここはどこかの一室だった。正確には屋根裏部屋。転生前のあの部屋とは全く様式が異なっている。
三畳ほどの小さなこの部屋には、俺が寝ていたベッドのほかに、山積みになった木箱とほこりの被ったハンガーラックがあった。ハンガーラックには何か黒いものが掛かっていたが、ほこりのほかにも土汚れがついていて、汚かったので見るのをやめた。
俺、ハウスダストアレルギーなんだけど。
人間というものは、気が付いてしまうと意識せずにはいられない。俺は咳が止まらなくなる。早いとこの部屋から出なくては。
扉を探してちらほらすると、光の射した小さな窓を見つける。
占めた。
俺は素早く窓を開ける。きれいな空気が部屋に入り込むと、俺はようやく大きな息を吸った。ほこりが舞い、キラキラと幻想的な空間を演出している。しかし俺はハウスダストアレルギーなので、そんな舞雪を見ながら咳をした。
この部屋汚ったな。
窓は小さいが、俺が顔を出して外の様子を確認するには、十分なサイズの窓だった。町の様子は、どこぞのRPGで一度は見たことがあるような、ザ・はじまりの町といった雰囲気。
歩く人々の姿を見て、俺はようやく安堵する。
遂に来た! 異世界だ!!
“異世界”という単語を用いたからにはそれなりの理由があり、それなりの理由と題しておきながら、眼下に広がる中世ヨーロッパのような町並みを見て「いや、それヨーロッパじゃん」と、つまりは現実世界ってことじゃん、異世界じゃないじゃんみたいな、よくわからない一人漫才をする。
要約するなら、俺は舞い上がっていた。部屋に舞うほこりのように。誰が上手いこと言えと。ガハハハ。そんな笑い方をする人間では、俺はない。中途半端な倒置法。倒置法の意味は強調。
「起きたか」
と、不意に後ろから声を掛けられる。
だ、誰だ! と声を荒げることも視野に入れつつ、俺はその人物へと振り返る。
男の人だった。いや、お爺ちゃん。それもかなり年季が入ってる。
久しぶりの人間との対話だった。というとまるで人外とは対話してたみたいな言い方だけれど、失敬。一人二役でお喋りしていただけだったわ。
「言葉がわからんか?」
コトバガワカランカ? いや、意味はわかります。
突然の白髭ハゲ爺さんの問いかけに反応出来ずにいた俺を、爺さんは「言葉が通じないが為に反応出来なかったのだろう」と判断したのだろう。
だから俺は、そんなことないよ? ちゃんとじーじ(あっ、お爺さんのことね)のこと聞こえてるよ、見えてるよ、という想いを込めて、首を横に振る。
「そうか。さてはお前、会話が不得手だな」
そ、そんなわけないじゃないですか。あるわけないですよ。だって俺もう高校生で……す……だった……よな?
記憶がはっきりとしない。もやがかかってしまったみたいに、見えそうで見えない。
すっきりとしない頭をうーんうーんと抱えていると、爺さんはベッドに腰掛け、物腰柔らかく、ゆっくりと話しかけてきた。
「お前は丸一日寝ていたんだ。頭がぼけっとするかも知れないが、傷は全て治ってる。安心してくれていい」
寝ていた。傷。安心?
なんの呪文だろうか?
俺は即座に厳戒態勢を取る。手刀を二本、いっちょまえに突き出して。腰が引けていることは誰も気づくまい。
すると爺さんは、そんな俺の様子に目もくれることなく話を続ける。
「完治している。とは言ったが、お前は安静にすべきだと思うな」
なんだなんだ。俺なんか相手にならないってか?
「はっきり言って。お前、異常だよ」
…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………異常?
その瞬間、脳が何かを訴える。ズキンズキンと頭が軋む。足元がフラフラとして、目がチカチカする。俗に言う、フラッシュバックというものだろうか。
――強い衝撃があった。
息苦しく藻掻いていると、その先に、女性の悲鳴があがった。
泣きじゃくりながら、彼女は言った。
「――どうして私の言うことを聞いてくれないの?」
それを慰めるように、優しい声色の男声が続く。
「大丈夫だよ。僕たちの息子だろ――」
すると突然、場面は変わる。
白衣を着た、初老の男が口を開く。
「――息子さんは、学習障害の可能性があります」
「それは、“病気”ということでしょうか」
女性は弱々しくつぶやいた――。
場面は進む。
「ごめんね。ママ、あなたが病気だって知らなかったの。でも大丈夫。ママはずっとあなたの味方だからね」
…………病気……。
「そうだぞ。なんか困ったことがあったら、何でも頼ってくれていいんだからな」
……なんでも? ……なんで……。
「それはお前が――」
「――普通じゃないの?」
父――らしき人物の言葉を引き継いだのは、そんな純粋な疑問を抱く、小さな子供の声だった。子供は問いかける。
「何が、普通じゃないの?」
……普通…………じゃない?
「だって君は――
――異常だよ」
俺は気が付かないうちに叫び出していた。頭を掻きむしり、早くこの場から逃げなくてはと、慌てふためく。
俺はとてつもなくこの状況が怖かった恐かった強かった子は買った声狩った個は刈ったコワかった故は勝った来計った庫は借った弧分かった古解った児墓った湖測った呼謀った――――
「やめろ」
そう言って、強引に俺の手を掴むものがいる。
俺は全身の力を使ってその手を振り解こうとするものの、なんの間違いだろうか、どうやってもこのジジイから手を振り解けそうにない。
やがて観念したのか、それとも俺の体力が貧弱なのか、俺は暴れることを、自暴自棄になることをやめる。……なんて、冷静にモノを言う俺は、果たしてどこのどいつなのだろうか。
俺は呆れて、ものも言えなくなる。しっかし、呆れている対象が自分自身だとは心底呆れる。なぜ俺はこんなにもダメなのだろう。
次第に自分では立っていられなくなり、俺は掴まれた腕に体を預ける。
ジジイは言った。
「冷静になれ。お前は異常だ」
まだ、それを言うのか……。
「諦めるのか?」
諦めてなかったら、ここにはいないさ……。
「逃げるのか?」
ここには、逃げてきたんだ……。
「どこまで逃げるつもりだ?」
そうだなあ、遠くまで……。
…………誰も……僕のことを知らない……遠くまで……。
「ほお。そうか……お前は、病気なんかじゃない」
病気……えっ……。
「お前は――
――――――転生者か――」
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