住吉、錦糸町
住吉駅に着いた。案内を確認して錦糸町駅行きのバス停がある出口に向かう。半蔵門線に乗り換え錦糸町に行く手もあったが、半乾きの服を着た彼は地上に出たい気分だったのだ。
少し長いコンコースを流れる微風を受けながら歩いていると、少しずつ服が乾いていく気がした。
地上に上がるエスカレーターに歩を進めると、前に立っている人物が気になった。正確に言うと前に立っている人物の鞄が気になったのだ。
その20代前半くらいの男性の肩掛け鞄の肩紐は、自前のバンダナを2枚結びつけて作られているようだった。
「あっ!」と浩は思った。
そのバンダナは、浩が無くしたお気に入りのバンダナだったのだ。
地上に上がりバス停でバスを待つ、空模様は好転していた。
ほどなくバスが到着し、浩は後部座席に座る。
「ミャ~、ミャ~」子猫の泣き声だ、辺りを見回すと、どうやら猫おじさんが猫の鳴き真似をしてるようだった。ただ鳴き真似をしているのなら、まだいいのだが、厄介なことに猫おじさんは降車ボタンを軽く叩きながら。
「あれ?おっかしーな」などとやっている、フェイクである。
前部座席の一人がけ席の、一見普通そうな20代前半くらいの男性の座ってる席の支柱に設置された降車ボタンを連打している。
あっ!男性がキレたっ!
猫おじさんの胸ぐらをつかみ「てめぇ~なにやってんだよ」と凄む、信号停車したバスの運転手が仲裁に入り事なきを得た。
ばつの悪そうな猫おじさんは、位置を移動してまだ降車ボタンにフェイク連打をしている。
浩は、勇気があるなぁとバスの運転手に感心していた。
「僕だったら仲裁になんて入れない…」浩は真面目に働いた事がなかった、中1の時に小遣い稼ぎに新聞配達をしたことがあったのだが何のコミットもなく、よく不着をした。なぜだか自らが何かの一部として存在することにリアリティを感じなかったのである。
猫おじさんはまだフェイクをしている、そのフェイクに引っ掛かった勇者がいた。母親と子供、その子供である「あのおじさんボタン押せないのかな、次降りたいのかな、ねえ押した方がいい?押した方がいい?」「ピンポーン…次止まります」
猫おじさんはばつが悪そうに降りていった。
錦糸町駅から墨東病院に向かう道すがら、浩は考えていた。
「なんだか都庁をめざしたら、変なことが立て続けに起こりだしたな」
服はすっかり乾いていた。秋風が心地よい。
「この天候のように、全てが嘘のように好転すればいいのに…」
墨東病院の受付に名前を告げると、3回の小会議室を案内された。
エレベーターで3階に上がり小会議室を見つけドアを開けると母が待っていた。
「あっ浩」と母は少し驚きの混じった声をあげる。
母の隣の席に腰を下ろし浩は
「お父さん大丈夫?」と聞く
「これから先生の説明があるのよ、随分時間がかかったわね、迷った?」と母、浩は
「少し」と答え、携帯で時間を確認すると、午後4時半だった。
それから何時間が経過したのだろうか、浩は疲れから眠ってしまった。母の呼ぶ声で目を覚ますと、担当の医師が向かいに座っていた。
「おつかれですか」と柔和な笑顔で医師は言う。
「結論から言いますと、患者さんの容態は危篤状態から昇降状態になりました」真面目な顔で医師は言う。
「ここ2・3日が山場です」
「何の病気だったのでしょう?」と母が尋ねる。
「過労により、多臓器不全を発症したようです」と医師。
「腸の前条運動が阻害され、神経の伝達がくるい、膵臓・胆嚢と消化器系が不全となり、免疫が暴走し、肝臓も弱り、タンパク質のバランスが崩れ…」と医師は病気の説明を始める。
「回復するのでしょうか」と母。
「するように努めます、それでこんごの治療方針なのですが、現在すこしの刺激でもバランスを崩す状態なので…」医師は方針を説明し「では」と席をたった。
「今日は遅いから浩は帰りなさい」と母が言う、どれだけ寝たのか既に午後9時半を回っていた。
「お母さんは?」と浩。
「近くのホテルに2・3日泊まるわ、これ食費」と母は1万円を浩に渡した。
浩は帰りの途につく、JR錦糸町駅はテルミナに大体のモノが揃っているような大きな駅だ。浩の父と母は通勤にJR総武線を使っていた。一方の浩は通学に都営新宿線を使っていた。
「帰るならJR、新宿に向かうなら都営」浩は考えていた。彼は、自らの意志で前に進むなら新宿線、親の保護に安寧とするなら総武線と考えていたのだ。
浩は住吉駅に向かい、真っ直ぐに三ツ目通りを歩いていた。バスだとなぜかまた猫おじさんに遭遇する気がしたのだ。
うんこおじさんが現れた!歩道の植え込みにズボンを膝まで下げウンチングスタイルでう~んう~んと難儀そうに踏ん張っている。浩は気張るぐらいの余裕があるなら近くのコンビニでトイレを借りればいいのにと思いながら素通りした。
高速下の短いトンネルのようなところにたどり着いた、浮浪者が段ボールをひいて鋭い目付きで浩を見た、浩はなんだか眠くなってきたので今日はここで寝ようと浮浪者のとなりに陣取る。
ほどなくすると彼は寝てしまった。
浩は浮浪者と言い争っていた。
「お前がイチブだ!」と浮浪者
「お前がイチブだ!俺がゼンブだ!」と浩
「お前がイチブだ!なぜなら俺がゼンブだからだ!」と浮浪者
「俺がゼンブだ!なぜならお前がイチブだからだ!」と浩
「お前がゼンブだったらなんで俺がゼンブなんだ!」と浮浪者
「お前がゼンブのわけないなぜなら俺がゼンブだからだ!」と浩
「イチブはゼンブに勝てないヤるかコノヤロー!」と浮浪者
「上等だぶっ殺してやる」と浩。
浩はバタフライナイフを取りだし浮浪者に一突きいれた、鮮血を噴き出す浮浪者がカウンターで浩の頬に一発いれる。
警察官が「ちょっと君起きて」と浩の頬を軽く叩いている、夢を見ていた浩は驚いて目を覚ます。隣の浮浪者は何処かに姿を消していた。
「こんなとこで寝てたら危ないよ」と警察官
「近くで通り魔事件が発生してるし、年はいくつ?」「14です」「何してるの?」「…」「ちょっとポケットいい?」「…」「これバタフライナイフ」「…」警察官のトライシーバー「こちら高速下、中学生を保護しました、バタフライナイフを所持、これから署に向かいます」
取り調べは朝方まで続いた、バタフライナイフは没収され、保護者を呼ばないと帰れないと言われ、母に知られたくない浩は、美里を呼んだのだった。
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