ヤンデレと弟子入り Ⅱ

「それで、弟子になるのはいいですが何でうちにまで来るんですか」

「だってこの町で一番いい部屋ってあの屋敷しかないだろ」


 ゲルダムは冒険者としての腕も立ち、その上人々から金品を巻き上げていたため、住んでみるとあの屋敷はそこそこ住み心地のいい住居になっていた。


 さすがに俺も皇女を自宅に泊めるのは良くないと思ったので当初は宿を兼ねているガルド宅に泊まってもらおうと思ったのだが、部屋を見てみるとうちの屋敷よりもぼろかったのである。それに同じ屋根の下とはいえ、一応部屋はいくつもある。

 うちに向かいがてら、俺たちはこの町に来てから起こったことをかいつまんで説明する。


「なるほど、皇族としてそのゲルダムというやつのようにならないようには気を付けなければならぬな」

「あそこまで酷いのは困りますが、出来れば殿下にも人の上に立つ者としての自覚を持っていただきたいのですが」

「ところでオーレン殿はどのような訓練をしてあそこまで強くなったのか?」


 露骨に話題を逸らされてしまった。


「上達するなら自分より少しだけ強い相手と実戦形式で訓練するのが一番だ……」


 言ってから俺は失言に気づく。これではまるで自分から自分がオルレアに剣を教えるのが一番だと言っているようなものだ。


「……が、皇女殿下は剣技ではすでに俺とそこまで変わらないレベルに達している。ここまで来ると重要なのは体力だろうな」


 俺はすんでのところで軌道修正する。これもまた嘘ではないし、技術は後からいくらでも伸ばせる以上まずは体力をつけた方がいい。


「だが、城の者は私が素振りをしていると学問をしろとうるさいのじゃ」


 城の者たちもこの皇女に学問を教えなければならないのだから大変だろうな。


「そこは素直に学問をしてください」

「むぅ。ずっと気になっていたのだが、おぬしのその口調は何とかならぬのか。今のおぬしは私の師匠。どこの世界に弟子に敬語を使う師匠がいるのか」


 そう言ってオルレアは不満げに唇を尖らせる。すでに手合わせした時点で大分無礼だというのに、何と無茶なことを言うのだろうか。

 しかも冷静に考えると学問をしてください、という話題をちゃっかり逸らされている。


「しかし殿下は皇族なので……」

「大丈夫じゃ、私がこのことを言わなければ問題になることはない」

「しかし殿下は」

「オルレアと呼べ。おぬしは私の師匠となり一度冒険をし、その後私は大人しく帰るという約束をした。ならば私の師匠としてそれにふさわしい言動をすべきではないのか?」


 く、そう言われると確かに理屈上はその通りだ。いや、理屈を言い出せばそもそも皇女がこんなところを来ている時点でおかしいのではあるが。


「わ、分かった……オルレア」


 俺が名前を呼ぶと彼女は満足そうに頷く。


「うむ、ならば私も師匠と呼ばせてもらうぞ」


 その無邪気な笑顔を見て俺はふとオルレアが皇女という生まれでなければもっと親密な間柄になれたのではないかと思ってしまう。

 そんなことを話しているうちに俺たちの屋敷に戻ってくる。そして空いている部屋の中で一番きれいな部屋に案内する。オルレアは俺の対応に満足したのか、素直に自室に入っていった。


 そこで俺は先ほどまですさまじい殺気を発していたシオンが急に静かになっているなと思いつつ振り返る。


「……オルレア」

「へ?」


 急にシオンが禍々しい雰囲気とともにその名を口にしたので俺は思わず訊き返してしまう。


「皇女殿下のことをそんな気安く呼ぶなんて、やっぱりオーレンさんも私のような面倒くさい女よりも彼女のように身分が高くて剣の腕も立つ女の方がいいのでしょうか」


 そう言うシオンの体からいつもと違う負のオーラが溢れている。


「オル、いや皇女殿下のことは家出してきた子供の面倒を見るような気持ちで弟子にしただけであって、別にそういう目で見ている訳じゃない」

「本当ですか?」


 シオンは不安そうに俺を方を見る。俺はそんな自信なさげな彼女を不覚にも可愛らしいと思ってしまう。これがギャップ萌えというやつだろうか。

 普段は全く俺の話を聞かないのにこういう時だけ妙にネガティブなんだな。いつもと足して2で割ったぐらいになって欲しいんだが。


「そうだ。大体、俺みたいなただの冒険者が皇女と結ばれることなんてある訳ないだろうし、向こうも自分より強い人を見つけたのが嬉しいだけで、シオンが思っているような気持ちは抱いてねえよ」

「そうですか……では私が一番ですか?」


 シオンが不安そうな目でこちらを見つめる。


「そうだな」


 オルレアは悪い奴ではないが、約束を果たしたら城に戻ってもらわないといけない。つまりパーティーメンバーとしてシオンが一番なのは嘘ではない。


「……では今日だけは一緒に寝てもいいでしょうか?」

「ああ……ん? それとこれとは違くないか?」


 何となく雰囲気に流されて頷いてしまったが、全然良くないことだった。

 するとシオンは今までの雰囲気はどこへやら、急に険しい表情になる。


「今頷きましたよね? 皇女殿下を弟子にするという約束は守れる以上、私と一緒に寝るという約束も当然守れますよね?」


 もしやさっきまでのしゅんとした態度も芝居だったというのか、と思わず思ってしまうぐらいの変貌ぶりだった。

 雰囲気に流されたとはいえ、俺も安易に頷いてしまったので仕方ない。


「分かった。その代わり、明日から冒険が終わるまでは皇女殿下のことはパーティーの一員として認めるんだぞ」

「仕方ありませんね。ただしわずかでも妖しい雰囲気を感じたら例え相手が皇族であろうとも容赦はしません」

「ラインが主観的過ぎて全く信用出来ないんだが」


 そんな主観的な線引きで皇族に手出しするのはやめて欲しい。


 こうしてその夜、俺はシオンと一緒にベッドに入った。幸いなのかはよく分からないが、ゲルダムもそういう用途に使っていたのだろう、ベッドは二人並んで寝ても余裕がある大きさだった。

 俺は緊張していたがシオンは俺の手を握るとすぐに寝ついてしまった。相変わらず言動が恐ろしい割に変なところで純情である。それを見届けてようやく俺は安心して眠りに落ちた。





翌朝

「オーレンさん……ついに皇女殿下に手を出すなんて。事ここに至った以上、殿下を殺して心中するしかありませんよね」

「うああああああ!?」


 物騒な言葉を聞いて俺は思わず飛び起きる。すると横ではシオンがすうすうと安らかな寝息を立てていた。当然オルレアの姿もない。


「恐ろしい寝言を言いやがって……」


 今のですっかり目が覚めてしまった俺は水でも飲もうと部屋を出る。すでに朝日が昇って辺りをうっすらと照らしている。


 そこで俺はふと屋敷の外から人の気配を感じた。何だろうと思って窓から庭を見下ろすと、そこではオルレアが黙々と剣を素振りしていた。俺が昨日体力をつけろと言ったからだろうか。それとも、元々毎朝していたことなのだろうか。仕方のないやつだ、と思いつつ同時に好ましく思っている自分に気づく。強くなるのに努力するのは誰であろうといいことだ。


「頑張ってるな」

「し、師匠! おはよう!」


 俺が家を出て歩いていくと、オルレアは少し驚いたように挨拶する。


「結局体力を鍛えるには素振りしかないのかと思って、こっちにいる間に少しでも師匠に追いつけるように努力していたのじゃ」

「それはいいことだな」


 そこでふと俺は気づく。オルレアが振っているのは例の業物の剣だ。体力を鍛えるために素振りをするならもっと重い剣を使った方が効果は大きい。

 こんなことを皇女に教えていいのかと多少逡巡したが、ひたむきに強さを求めている彼女を見ていると出来る限り協力してやりたいという気持ちになる。もしかしたら城に戻った後の周りの者たちの苦労が増えるかもしれないが、それはそれで頑張ってもらうしかない。


「それならいいものを貸してやろう」


 そう言って俺は俺が素振りに使っていた鉛の剣を差し出す。


「何じゃこれは……重っ」


 剣を受け取ったオルレアは思わず体勢を崩しかける。


「それは俺が素振りに使っている剣だ。体力を鍛えるにはもってこいだが、それを振るのは大変だが、やりすぎは体を壊すかもしれない」

「なるほど、確かに重いな……だが訓練にはいい」


 そう言いつつオルレアは感触を確かめるようにゆっくりと鉛剣を振り、満足そうな顔をする。


「これまで皆こんなことをするなと言うばかりで教えてくれなかったのじゃ。礼を言う」


 そんな大したことでもないのに知らなかったのか、と少し驚くがそういうことだったのか。

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