ヤンデレとトロール討伐 Ⅰ
オルレアが来訪した翌日、色々あったものの俺たちは冒険者ギルドを兼ねている町長宅へ向かった。俺たちが入っていくと、ガルドはオルレアを見て驚いた表情になる。
「こ、皇女殿下……結局冒険者をなされるのですか」
「色々あって一回だけ一緒に依頼をこなすことになった。という訳で依頼を見せてもらおう」
「な、なるほど」
皇女が魔物と戦って怪我でもしたら大問題になるからだろう、ガルドの表情は蒼白だ。
「まあここは俺に任せてくれ」
「は、はい」
俺は壁に貼ってある依頼を見る。オルレアもシオンも純粋な強さだけ言えば“金色の牙”に勝るとも劣らない。しかし俺たちはパーティーを組んで初めてだし、オルレアに至ってはこういう冒険をするのも初めてだろう。また、俺なら大けがしても回復してもらえばそれで済むが、オルレアを危険な目に遭わせる訳にはいかないという事情もあるので実力より甘めの難度の方がいいかもしれない。
とはいえ、国で有数の戦力がある今のうちに危険な依頼をこなしておくべきだという考えもある。どちらの事情を優先させるかは難しいところだ。
「ふむ……魔族討伐依頼は色々あるが、師匠がいれば全て片付くのではないか?」
「当然じゃないですか。単に数が多いから追いついてないだけです」
しかも聞いているとこの二人の現状認識も大分酷い。正面から一対一で戦うなら大体の魔物に負けるつもりはないが、討伐に赴くということは相手のホームに攻め込むことを意味する。やはりあまり危険過ぎる任務はやめよう。
「よし、このトロール討伐にしよう」
トロールは頑丈な体躯と怪力の魔族ではあるが、強い割に知能はそこまで高くない。この三人なら戦力で劣ることはない以上、あまり搦め手を使ってこなさそうな相手がいいだろう。
「確かにトロールが増えると大変なことになるから今のうちに討伐してくれると助かる」
「トロール討伐。確かにこの私にふさわしい任務かもしれぬ」
オルレアも満足しているようなので俺は安堵する。
こうして俺たちは前金とトロールの生息場所の地図をもらってガルドの元を出た。
町の外には人も魔族も暮らせないだだっ広い荒野が広がっている。空にはドラゴンやワイバーンが飛び、大地には魔物がうろうろしている。そんな荒野の向こうには知能を持った魔物である魔族が暮らす領域が広がっている。そのため、この荒野は魔族と人間の緩衝地帯になっているとも言える。
「魔族の領地ってどんな感じなんですか?」
「そうだな、俺も頻繁に行っていた訳ではないが、人間と違って奴らは種族があるから種族ごとに別れて集落を使っている」
「ゴブリンならゴブリン、トロールならトロールという訳じゃな?」
「そうだな。基本的に魔族は人間より知能と社会性が低いことが多いが、代わりに身体能力と繁殖力が高いことが多い。だから定期的に討伐しないとすぐに増えてしまう」
「なるほど……どうにか奴らを根絶することは出来ないのだろうか?」
「奴らは動物を食べても生きられるからな。人間が暮らす以外の場所の動物を狩りつくすか、全ての土地を人間の領地にしてしまうしかないだろうな」
「そうか」
オルレアは何かを考えこむ。忘れがちだが、俺のような冒険者と違ってオルレアは皇女だからな。将来的にはどうにか国から魔物や魔族の脅威を減らす方法を考えて欲しいと思う。
そんなことを話しているうちに遠くに集落が見えてくる。人間の家に比べて粗末で小さい家がいくつも立ち並んでいる。
「あれは何が住んでいるんですか」
「ゴブリンだな」
「行きがけに全滅させますか?」
相変わらずシオンの思考は物騒である。
「ゴブリンなら束になってかかってきても負ける気はしないが、下手に目立つと他の魔物が出てきたり、目的の魔物が逃げたりで依頼に差しさわりが出るかもしれない」
幸い、ゴブリンも俺たちの強さが何となく分かるのか、遠目に見かけても絡んでくることはなかった。
「お、見えてきたぞ」
そんなことを話しながらさらに歩き続けると、遠くに見えたのは木造の大きめの四角い建物だった。周囲には粗末ではあるが柵が築かれており、それが砦のようなものであることを推測させる。
「あれがトロールの砦ですか。思ったよりちゃちいですね」
シオンは軽蔑したように言う。油断するな、と言いたいところではあったが俺も同じ感想を抱いていた。あれではせいぜい数体しか住めないだろう。
とはいえ、魔族討伐依頼は大体この近くまで訪れた冒険者の「〇〇の魔族を見た」という目撃証言を元に作られることが多いので、酷い時には目当ての魔族がいなかった、というオチすらある。
そんな建物の門のようなところに一体のトロールが見張りに立っている。しかしトロールは俺たちと大して変わらない大きさで、おそらくトロールの中でもそんなに強くない種類だ。彼はこちらを見てはっとしたように建物の中へ走っていく。
それを見て俺は号令をかける。気づかれた以上逃げるなり仲間を呼ばれるなりする前にやるしかない。
「よし、シオン、やれ!」
「はい、エターナル・ダーク・フォース!」
シオンは即座に闇の魔力を集めると大魔法を放つ。可憐な外見のシオンがどす黒い闇の魔法を放っている姿は何度見ても慣れないものだが、魔法は急造の砦に命中すると、木端微塵に吹き飛ばした。
「何という威力だ」
シオンの魔法を初めて見たオルレアは思わず呆然としてしまう。
そんなオルレアにシオンはにっこりとほほ笑みかける。
「もしオーレンさんに手を出したら例え皇族であろうと容赦しないのでそのつもりで」
「わ、分かった」
こちらに来てから全く物怖じする様子がなかったオルレアがシオンの圧力にたじろいでいる。
「来るぞ」
そこへ魔法を受けてもまだ生きていた二体のトロールがこちらへ走ってくる。直撃したら即死だっただろうが、建物に命中したため軽傷で済んだのだろう。反撃というよりは建物を破壊されてやむなく襲い掛かってきたという雰囲気である。
「よし、一体ずつ行くぞ」
「うむ」
俺は剣を抜くとオルレアとともにこちらに向かってくるトロールに斬りかかる。トロールは棍棒を振り上げるが俺はそれを難なくかいくぐってその大きな腹に剣を突き立てる。昨日のオルレアとの戦いと比べればまるで赤子の手を捻るようだった。
「キング様、万歳!」
俺の剣を受けたトロールは悲鳴を上げてその場に倒れた。キング、か。
一方のオルレアはトロールの棍棒ごとまとめて切り裂いていた。残りはシオンの魔法に巻き込まれたのだろう、あまりにも呆気ない終わり方だった。
「おい、まさかこの程度か?」
オルレアに至っては不満そうにしている。
「安心しろ……と本来は言うべきではないのかもしれないが、トロールはこれで全部ではない」
「どういうことだ?」
「おそらく魔族領のさらに奥にキングと呼ばれるもっと大きな個体がいる。こいつらは偵察か拠点を作りに来ただけだろう」
「なるほど、道理で歯ごたえがなかった訳ですね」
シオンも頷く。先ほど依頼には外れがある、といったがどうやらこれは逆のパターンだったらしい。
「残念ながらもらった地図にはここの場所しか書いていない。見つからなければ長くなるが、それでも大丈夫か?」
「もちろん……むしろその方がいいくらいだ」
その方が師匠と長く一緒にいられるからな。
オルレアが小声で何かつぶやくと、シオンが恐ろしい形相でオルレアに睨みつける。一体何と言ったのだろうか。
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