ヤンデレと弟子入り  Ⅰ

 勝負が終わると固唾を呑んで観戦していた周囲の人だかりから割れるような拍手がなる。「さすがオーレンさん!」「皇女殿下も若いながら素晴らしい腕だった!」というお互いを称える声の中に「へへへ、大金だ。これで今夜は一杯やるぜ」「うおおお俺の全財産!?」という悲鳴が混ざっていて心配になる。


 そんな中、オルレアも負けを認めたのか、剣を鞘に納めるとさっぱりとした笑顔で俺の方を見る。


「ふむ……見事な腕であった。我が国にまだこれほどの人材がいたとは。嬉しく思うぞ」

「ありがたきお言葉でございます」

「しかしそこまでの腕を持ちながらこのようなところにいるのじゃ?」

「人間関係で色々ありまして」


 パーティーであったごたごたは十三歳の少女に言う話でもないだろう、と俺は言葉を濁す。


「皇都に出てくるつもりはないか?」

「ないですね」


 確かに俺ほどの腕があればもっと割のいい仕事に就くことはいくらでも出来るだろう。

 横からシオンが刺すような目で牽制してくるが、少なくともしばらくの間はここを動くつもりはないので安心して欲しい。

 するとオルレアは残念そうにため息をつく。


「そうか、私よりも強い者には初めて出会ったから剣の師に迎えようと思ったのだが」


 それ自体はありがたい提案ではあったが、宮仕えとなればまた違った人間関係の面倒くささがあるだろう。それにいくら彼らがオルレアに負けたとはいえぽっと出の冒険者が皇女の剣の師匠になれば騎士団の面子を潰すことになってしまう。というかそもそも話を聞く限り本人以外は剣の師匠は募集していないのではないか。


 それに俺はこの町が気に入っている。わずか数日しか経っていないが、多少粗暴なだけで皆気のいい人ばかりだし、ゲルダムの代わりに皆を守ると約束もしてしまった。

 まあ、俺が首を縦に振ってもシオンが許しはしないだろうが。


「申し訳ございませんが、こればかりはご容赦ください」

「良いのじゃ。このたびの勝負で勝ったのはそなただからな。敗者が勝者の元に出向くというのが世の道理だろう」

「ありがとうございます……ん?」


 皇都に出向かなくてよくなった代わりに不穏な言葉が聞こえてきたのだが、気のせいだろうか。敗者が勝者の元に出向く?


「あの、そろそろ城に戻られた方がよろしいのでは。きっと皆心配……」

「いや、私は初めて自分より強い者に出会ったのじゃ、頼む、私に剣を教えてくれ!」


 オルレアは真面目な表情で俺をじっと見つめる。思っていたよりもずっと真剣に頼み込まれて、ありえないことだと思いながらも即座に拒否することが出来なくなってしまう。


「それは……」

「女性を弟子にするなんて不潔です。古来より師弟関係に恋愛感情が混ざると、良くない結末になると言われています!」


 俺が答える前にシオンが割って入る。

 それを聞いてオルレアも反論する。


「何じゃおぬしは。私は武人としてオーレン殿を尊敬している。色恋などという軟弱なことに興味はない!」

「まず殿下は武人ではなく皇女であるということを忘れないでいただきたいのですが」

「そうですか? 先ほどの戦いの時も二人だけの世界に入っているようでしたが」

「あれは卓越した武人同士のみが共有出来る世界だ! 恋愛などという俗なものと一緒にしないで欲しい」

「ですから武人ではなく皇女としての自覚を……」

「くぅ……私が武術に疎いばかりにこんなことになるなんて!」


 もはや誰も俺の話を聞いてくれない。オルレアは勝手に話を進め、シオンは勝手に悔しがっている。

 しかしこのままでは話が進まないし、かといってこの皇女を無理やり城に帰すのは難しい。このタイプはある程度納得させないと一度帰らせたとしてもまたすぐ似たような事件を起こすだろう。やむなく俺は折衷案を考える。


「分かった、それならこういうのでどうだ。殿下は俺に弟子入りするが、冒険を一回終えたらその後は城に戻」


「なぜ一度きりなのじゃ。そなたの技は一度の冒険で盗めるものではないぞ」

「一度でも冒険をともにするなど許せません! そもそも弟子入りとはそのように軽いものだったのですか!?」


 せっかく提案したのに、俺がまだいい終わらぬうちに二人同時に激しい剣幕で反論してくる。

 仕方がないので俺は二人を順に諭す。


「殿下、もしこの条件を呑んでいただけないのであれば俺は絶対に冒険をともにしませんし、剣も教えません。呑んでいただければその間だけは弟子として接しましょう。そしてシオン、そもそもお前が殿下にいきなり魔法を使わなければ『俺が勝ったら素直に城に帰ってくれ』と言うだけで済んでいたのだが」

「「むぅ……」」


 俺の言葉に二人とも沈黙する。納得してくれたのなら何よりだ。


「まあ良い、こちらもいきなり押しかけてきた以上この辺りが落としどころのようじゃな」


 皇女は不承不承といった感じで頷いてくれた。

 が、


「分かりました、早速ゴブリン討伐に向かいましょう」

「おい、何でそんなすぐ終わる依頼を選ぶのじゃ! もっと私たちに相応しい依頼があるだろう!」

「ゴブリン討伐だって立派な仕事ですよ!」


 何で皇女が譲歩しているのにシオンが子供みたいなことを言い出しているんだ。

 ちなみに俺も内心すぐ終わりそうで危険がなさそうな討伐依頼を選ぼうと思っていたので、その計画がシオンのせいで使えなくなったことに頭を抱える。

 とにもかくにも、こうして俺たちは一時的にとはいえ一緒に冒険をすることになってしまったのである。人間関係が面倒だから辺境に来たのに全く逃れられていないのは気のせいだろうか。

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