ヤンデレと家探し Ⅰ
ナダルの街を出た俺たちが向かったのは辺境の小さい町であるロンドだった。この国の辺境部は一歩外に出ると野生の魔物が跋扈する荒れ地が広がっており、さらにその先には魔族の領地が広がっている。
魔族はいわゆるオーガやドレイクなど知能を持った魔物の総称である。基本的に魔物は同種以外で群れを作ることはないが、魔族は人間ほどではないが国や社会を作り、時には軍を率いて人間領に攻めてくる。
畑を耕しても魔族の侵攻を受ければ作物を奪われる。そのためロンドは王国内の村とは違い、周囲に畑がなく粗末な家だけが立ち並んでいた。
「本当にこんなところでいいのか? 俺たちならもっといい街に住むことも出来ると思うが」
「はい。ここなら私たちの間を邪魔する不埒者はいないでしょう」
遠回しに田舎を馬鹿にしていないか、と思ったが強ささえあればわずらわしい人間関係に囚われずに生きていけるというのは魅力的だった。
町ですれ違うのは兵士崩れやゴロツキ、目つきの悪い魔術師など腕に覚えはあるが一癖も二癖もありそうな者たちだらけだった。俺を見ても「新入りか」と一瞥するばかりだったが、愛らしい容姿にきっちりした修道服をまとったシオンは明らかに周囲から浮いていて二度見する者もいた。
俺たちはとりあえず町の中央にある周囲の家より少しだけ立派な家に向かった。そこは町長の家らしいが、小さな町であるためか役場やギルド、そして宿も兼ねているようだった。
中に入ると、受付らしき場所には白髪の老人が暇そうに座っている。
「今日この町にやってきた冒険者だが」
「わしは町長のガルドじゃ。こんなところに来るなんておぬしらも物好きじゃのう」
いくら小さい町だからって町長が役場兼ギルド兼その他諸々の受付に座っているとは思わなかったので少し驚く。
「とりあえず俺たちは家が欲しいんだが」
「そうか。町にある空き家に適当に住むがいい」
「え、金は?」
「最初は金をとっていたが、修繕するのが面倒になったから金をとるのもやめた。一応どの家に住むかだけは決めたら教えてくれ」
「はあ」
まさかここまで適当だとは思わなかったが、言われてみれば廃屋寸前の家ばかりだった気もする。俺たちは困惑しながら建物を出る。
「それと、気を付けるのじゃ」
出る間際、ガルドがぼそりと呟いた。こんなところに住むのに何を当然なことを、と俺は思う。
改めて住むところを探して歩いてみるが、町の建物はやはりどれも廃屋と見分けがつかないようなものばかりだった。まともな家には全て人が住んでいる。
「困りましたね。せっかく私たち二人の家なのに」
「二人で住むのか?」
「だってわざわざ別の家に住む理由はないじゃないですか」
きょとんとした顔でシオンが首をかしげる。
まあこういう治安が悪そうなところなら同じ家に住んでいた方が安全ではあるのだろうが。
「まあ、そもそも住めるレベルの家がないけどな。とりあえず大工でも探すか?」
そんな話をしていた時だった。
突然、俺たちの前に数人の目つきの悪い男たちが現れる。それぞれ革鎧を身にまとい、剣や杖を構えている。たたずまいから素人ではなさそうな雰囲気だった。
「おい、お前ら新入りか?」
一人がこちらに一歩進み出る。
「だから何だ?」
「この町にはルールがあってな、新入りは皆ゲルダム様に挨拶に来ないといけないんだよ」
「誰だそいつは」
「この町の長だ。ああ、ガルドの老人は言うなれば雑用係みたいなもんだ」
そう言われると納得してしまう。ゲルダムはこの町で最強の男なのだろう。
すると男はシオンの方を好色そうな目で見つめる。
それを見て俺は嫌な予感がした。
「それで挨拶の際は貢物をするのが決まりだが……そうだな、そちらの娘はなかなかの上玉だ。ゲルダム様と一晩寝ればこの町にいれてやr」
「ダーク・ブレイド」
次の瞬間、そいつの胸には闇の魔力で作った刃が深々と突き刺さっていた。男は無言でゆらりと後ろに倒れる。突然のことに周りの男たちは呆然とする。そんな彼らをシオンは冷たい目で見つめて、言う。
「汚れるので見ないでください」
嫌な予感が当たってしまい、あーあ、と思ったがどの道誰かが血を流さなければ決着はつかないだろう。
男たちはしばしの間呆然としていた。
「とりあえず俺たちをそのゲルダムという男の元に連れていってくれ」
俺としては向こうのトップと話し合うことで平和的に解決しようという意図での提案だったのだが、どう受け取ったのか、男たちの顔面は蒼白になる。
「よくもやりやがったな!?」
「こんな化物をゲルダム様に会わせられるか!」
そう叫ぶなり、剣を抜いてこちらに飛びかかってくる。杖を持った男は何かを唱え始めた。
「シオン、ダーク・バインドで頼む」
「……。ダーク・バインド・トリプル」
俺の言葉にシオンは一瞬不満そうな顔をしたが、ちゃんとダーク・バインドを唱えてくれた。
途端に闇の魔力が蔦のように絡みつき、シオンにこちらに向かってきた三人の男は身動きがとれなくなる。ダーク・バインド自体も複雑な魔法だというのに当然の用に三人同時に捕えているのはさすがと言わざるを得ない。
俺は剣を抜くとのろのろと詠唱している魔術師の元へ駆け寄り、首筋に剣を突き付けた。魔術師はひっと悲鳴を上げて杖をその場に落とす。
「い、命だけは助けてくれ!」
「俺たちは襲われた側なんだが……。とりあえずそのゲルダムという男を呼んできてくれ。ただ、変な真似をするようであれば奴らの無事は保証出来ない。分かったな?」
「わ、分かりました」
魔術師はすっかり脅え切った表情で頷く。どちらかというとこいつは今剣を突き付けている俺よりもシオンに脅えているように見えて複雑な気持ちになる。
こうして魔術師は逃げるようにその場を離れていくのだった。
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