ヤンデレとナダルの街 Ⅳ
翌朝、俺たちは捕まえたエレノアを連れて衛兵の詰め所に向かった。
エレノアは俺とシオンが闇の魔力で拘束したエレノアを連れて街を歩いているという見た目は随分周囲の目を惹いてしまった。それを見てなぜかシオンは少し嬉しそうにする。
「街の人たちが皆こちらを見つめていますが、やはり私たちはお似合いに見えるのでしょうか」
「いや、彼女を連行しているからだと思うが」
「ああ、いましたね、そんなやつ」
シオンは露骨につまらなさそうな顔をする。せっかく頑張って情報を吐かせて捕まえたのにいなかったことにするのはやめて欲しい。
「勝手にいなかったことにするな」
エレノアも不満気に何かを言おうとしたが、魔力により口も塞がれているため何も言えなかった。
衛兵の詰め所に着くと、門の前に立っていた衛兵たちはエレノアの姿を見てぎょっとしたような顔をする。邪教徒が跋扈しているという噂があるせいか、詰め所はぴりぴりとした空気に包まれていた。
「な、何だその女は!」
「こいつが例の邪教徒一派の一員だ。尋問して捕まえるなり鎮圧するなりしてくれ」
「何の騒ぎだ」
そこへ現れたのは俺たちが街に入るときに揉めた例の兵士長であった。俺たちの姿を見るなり口を開けて絶句する。
「げっ、お前たちか」
俺は仕方なくざっくりとしたあらましを説明する。最初は驚愕の表情だった兵士長も俺の話を聞くとぎりぎりと悔しそうに歯ぎしりする。
「く、まさかお前たちに先を越されてしまうとは……」
「お前たちが門を通るときに言いがかりをつけてきたという話をしたら意気投合したぞ。そういう意味ではお前たちのおかげかもな」
兵士長は悔しそうだったが、悩んだ末に職務を優先することにしたらしい。
「くそ……とはいえ、とりあえずこいつらを引き取って尋問する。詳しい事情を聞かせてくれ」
「え……でもこの街何となく雰囲気悪いですし、オーレンさんに色目を使う女もいるので早く次行きたいです」
シオンが口を尖らせると、兵士長は悔し気に顔をしかめた。
「分かった、この間の非礼は詫びるのでしっかりとした調書を作らせて褒美も出させてくれ。そうでないと怒られるんだ」
そう言えばこの街は法に厳しいと言っていたが、それはこいつらにとっても同じなのか。それを聞くと多少彼が可哀想になる。
「とりあえず褒美をもらえるというならもらっておこう」
「えぇ、でも……」
「その間に次にどこへ行くのかを考えておいてくれ」
「分かりました」
シオンは不承不承といった様子で頷く。
エレノアは兵士たちにどこかへ連れていかれ、俺たちは詰め所の中に通された。兵士長は相当俺たちに気を遣っているのか、明らかにただの取調では使わないような高そうな絨毯が敷かれソファが置かれた部屋に案内してくれた。どちらかというと取り調べ室というよりは応接室である。それを見てシオンは満足そうにソファに腰かける。
兵士長は調書とともに高そうな紅茶とケーキまで持ってきてくれた。これでは取り調べというよりは茶会である。とはいえ出してくれるというのならありがたくいただこう、と思い俺はケーキを口に入れる。
「では話を聞かせてくれ」
そして俺はケーキを食べながらのんびり昨日の夜にあったことを話した。シオンが隣にいるのでエレノアとの会話は事件に関係ない範囲で改変して語ったが問題はないだろう。
一時間ほど話して調書は完成し、彼は俺たちに調書を見せる。シオンはろくに読んでなかったが、俺が内容を確認してサインをすると兵士長はほっとしたように息を吐いた。
そこへ一人の兵士が部屋に入ってくる。
「あの、尋問が終わりました」
「どうだった」
「あの女、この街のケイオス教徒の中でもそこそこの地位にあったらしく、全部ゲロってくれました」
「そこそこの地位にある奴がすぐ吐くのか?」
兵士長は首をかしげる。
「そりゃそうですよ。あいつらは自分さえ良ければいいってやつらの集団ですから」
兵士が吐き捨てるように言う。邪教徒が人間社会で勢力を伸ばしていないのは弾圧されているからというのもあるが、そういう教義のせいというのもあるらしい。
「あの女、エレノアはこの街に集まった冒険者たちから見所のある者を平和な団体の振りをしてスカウトしては集めて勢力を拡大していたそうです。そして二日後の夜に集会を開き、そこで集まった人々を強引に引き連れて伯爵の館を襲おうとしていたとのことです」
兵士が説明する。ということは俺たちが依頼を受けてその場にいけば邪術をかけられそうになるか、集会を見つけて取り締まりに来る兵士ともめるか、どちらかに巻き込まれていた可能性が高い。
「強引にってそんなことが出来るのか?」
「邪教の魔術には人々の攻撃性を高めるものがあるらしいです」
「なるほど、よく調べてくれた」
「女が開かれた以上恐らく集会は開かれないでしょう。ただ、他の幹部の場所もゲロったのですぐに捕縛に向かわせてください」
「分かった。という訳でご協力感謝する」
そう言って兵士長はガチャガチャと音を立てる布袋をテーブルの上に置いた。ちらりと中を見るとぎっしりと金貨が入っていた。
「ヘラの信仰だからといって悪く言って申し訳なかった。ご協力感謝する」
そう言って兵士長は頭を下げる。存外、義理を重んじるタイプらしい。シオンが危ないやつなのは事実なので俺はそこまで気にしていないがな。
「別に気にしてない。お前たちも厳格な職場で大変そうだが頑張ってくれ」
そう言って俺は金貨をもらうとシオンを連れて詰め所を出る。結局シオンはずっと無表情のままで一言も発しなかった。
「で、この後どうする? あいつらも悪い奴じゃなさそうだしもう何日か逗留するか?」
「いえ、やはり都会だとああやって色香でオーレンさんを誘惑する女が他にもいるでしょう。ですから辺境で二人の家を建てて穏やかに暮らしましょう」
シオンが言っている内容は置いておくとして、辺境に向かうというのは悪くないかもしれない。
強い魔物が出没する地域であれば仕事には事欠かないだろうし、ゴードンたちの顔を見ることもないだろう。辺境だと金持ちの貴族などから依頼を受けられないためだ。
「理屈はさておき、辺境に向かうというのは悪くないな。そうしよう」
「はい」
こうして俺たちはわずか一泊でナダルの街を離れることにしたのだった。
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