ヤンデレと家探し Ⅱ

「来ますかね」


 その場にはダーク・バインドで拘束された三人の男が転がっており、一人は胸から血を流しながら倒れている。まさに地獄絵図だった。


「クソ野郎はクソ野郎でもせめて部下思いのクソ野郎であって欲しいんだが……それよりあいつの傷治してやれ」

「え、こいつ治す価値あります?」


 シオンは不満そうに言う。治す価値があるというよりはそこまでする必要がなかったというのが正しいだろう。


「そいつが死んだらお前のやったことは殺人になるだろ」

「分かりました。ヒール」


 シオンにも殺人は悪いという意識はあったのか、素直に従ってくれた。

 先ほどまでの闇の魔力とは真逆の聖なる魔力が倒れている男の体に注がれる。すると傷口はみるみるうちに塞がっていく。この姿だけを見れば誰もがシオンを心優しい聖女だと思うに違いない。


 そこへ現れたのは金属鎧に身を固め、腕っぷしが強そうな男を引き連れた身長二メートルほどの巨漢であった。顔は真っ黒に日焼けしており、無数の傷がついている。こいつがゲルダムだろうか。その後ろには先ほどの魔術師が背中に隠れるようにして続いている。


「お前らか。俺の部下をぼこぼこにしてくれたのは」

「そうだ。これ以上被害を増やしたくなければこいつらを連れて大人しくこの町を出ていってくれ」

「へへ、残念だが俺は前科がついてるからこの町を出れねえんだよ」


 確かにこんな町にまでなかなか追ってはこないだろう。というか、国としてもこんなところにいるやつはどうせ早死にするからどうでもいいとすら思っていても不思議ではない。もしかしたらこいつらは前科持ちの集団なのかもしれない。とはいえ彼らが襲ってこれば、犠牲者が出かねない。こちらではなく相手に、だが。


「分かった、それなら俺とお前の一騎打ちで決めないか?」

「そ、そんな! 危険過ぎます! ここは私が魔法一発で」


 シオンが思わず血相を変えて止めようとする。大丈夫だ、この場で一番危険なのはお前だから、とは口に出せない。


「さっきはお前がほぼ一人で片付けたから俺にも出番をくれ」

「そこまでして私にいいところを見せたいのですね? 分かりました。でしたら私は大人しく守られることにします」

「おいおい、お姫様を守るナイト気取りか?」


 ゲルダムがわざとらしく笑い声をあげる。煽っているのか?


「違う、お前の部下たちを無用な犠牲から守ってやってるんだ」

「何だと」


 その言葉にゲルダムの表情が変わる。俺としては本心で言ったつもりなのだが、どうやら挑発と思われたようだ。


「お前、そこまで言ってただですむと思うなよ? 女を抱かせれば許そうかと思ったが気が変わった、俺が勝ったらお前たちは奴隷になってもらおうか」

「俺たちが勝ったらお前らは全員まとめて出ていってくれ」


 そしてお互い前に進み出る。ゲルダムは背中に背負っている身長ほどの長さもある大剣を抜いた。確かにあれを受ければどれだけ丈夫な鎧を着ていても無事ではすまないだろう。


「喰らえ!」


 ゲルダムは先手必勝とばかりに剣を振り降ろしてくる。

 が、それを見て俺は拍子抜けした。この前までSランクパーティーにいたせいか、ゲルダムの剣は威力は高くても隙だらけに見える。あの小物のようなジルクですらこいつと百回戦っても一発も攻撃を受けることはないだろう。

 俺はゲルダムの剣をかわすと、あえて懐に飛び込んで人差し指でゲルダムの顎をつつく。


「うわっ」

「今のが真剣なら死んでいたぞ」

「うるせえっ、勝手に手加減したのはお前だ!」


 そう言って再びゲルダムが剣を振り上げる。諦めの悪い奴だ。今度はゲルダムの懐を抜けると背後に回り、後頭部を指で突く。


「うわっ」


 背後からの衝撃と大剣の重さ、そして剣を振り降ろした勢いが合わさってゲルダムは体勢を崩してそのまま前に倒れる。やはり重心の位置が悪いからバランスが悪くてすぐに倒れるんだよな。

 魔物は人間と違って動きが単調な割に生命力が高いからこういうパワータイプの方が相性がいいのだろうが、俺には通用しない。


「まだやるか?」

「馬鹿にしやがって!」


 ゲルダムは顔を真っ赤にして剣を拾うと三度こちらに斬りかかってくる。とはいえ怒りのせいか攻撃はより単調になっており、俺は同じようにあしらうだけだった。


 同じような攻防を十回ほど続けて、ついにゲルダムは剣を捨てて逃げ出した。それを見た部下たちもゲルダムに続いていく。結局俺は一度も剣を抜かなかった。


「ふう、どうにか穏便に解決したな」


 シオンも先ほど捕まえた男たちの拘束を解く。彼らは一目散に逃げていったが、一人だけ町の中に走っていくのが見えた。


「くそ、手間かけさせやがって」


 町の中にいればいつまた報復してくるか分からない。仕方なく俺たちは後を追う。

 すると男はおんぼろな建物が並ぶ中で異彩を放つ屋敷へと入っていくのが見えた。チンピラのような男がなぜこんな屋敷に、と思ったがもしやこれがゲルダムの屋敷だろうか。

 するとすぐに男は宝石を腕いっぱいに抱えて門から出てくる。火事場泥棒ではないか、と思ったがそれを見てシオンはいいことを思いついた、というように言う。


「良かったですね、豪邸が手に入りましたよ」

「まじで?」


 シオンは喜んでいるが、さすがに俺は困惑した。しかしゲルダムの家は町の冒険者から巻き上げた金で作ったのか、ちょっとした豪商の邸宅ぐらいの広さはある。そのままだと雨漏りすら防げなさそうなボロ屋とは格が違う。中も多少散らかってはいるものの、生活に必要なものは揃っているし衛生的な意味ではきれいだ。確かにここに住むのは悪くない、と思ってしまう。


「だって人が住んでいない家ならどこでも勝手に住んでいいって言ってたじゃないですか」

「それはそうだが……一応、ガルドに報告だけするか」


 この町の治安が悪すぎて、シオンが言っていることが正しいのか正しくないのか分からなくなってしまった。


「そうですね、住むところが決まったら教えてとは言われましたし」


 俺たちは再びガルドの元へ戻る。

 ガルドは俺たちが思いのほか早く戻ったことに少し驚いたようだった。


「お、いいところが見つかったか?」

「実は……」


 いいところなんて見つかる訳ないだろ、と思いつつも事情を話す。最初は同情の面持ちで聞いていたガルドだったが、話が進んでいくにつれてなぜか嬉しそうになっていく。そして話し終えると、


「おお、あのゲルダムを追い出してくれたのか!?」


 と俺の手を握りしめて喜びを表現する。


「わしらもあいつの横暴には困っていたのじゃが、腕っぷしが強い上に取り巻きが多くてどうにも出来ずにいたのじゃ。奴のせいで善良な冒険者や開拓精神にあふれた若者がやってきても町を出ていって頭を抱えたのじゃ」

「なるほど」


 確かに俺がもしゲルダムより弱かったらすぐにこの町を出ていただろう。それであんなまともじゃなさそうな者たちばかりだったのか、と納得する。


「何とありがたい……ついでに町長職も引き受けてくれないかのう? わしはもう隠居したいのじゃ」

「いや、やってきたばかりでそんなこと言われても困るんだが」


 まさか来て一日でそんなことを言われるとは思わなかったので困惑する。


「そうか……。礼はまた後日するが、とりあえずあの屋敷は好きにするが良い。中の物も好きにしてよいが、盗品だけは持ち主が名乗り出たら返してやってくれるとありがたい」

「わ、分かった」


 想定外の歓迎ムードに俺は困惑したが、確かにあんなやつが町にいたら嫌だろうと思って納得する。何にせよきれいな家が手に入ったのは収穫だった。

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