003 シュレーディンガーの片倉さん。

俺たちが突然異世界に召喚されて帰って来てから、1週間ほど経った。




ルドーズ王からの手紙に書いてあった通り、帰って来てすぐにスキルが消えた奴もいた。

だけど、大半は5日経つ位まで使えていたらしい。

もっとも、スキルを実際に使って何かしていた訳ではなく『ステータス』の言葉で画面が浮かび上がるかどうかを確かめていただけだが。

しかしながら、何事にも例外というものがある。

この場合の例外はというと、「俺がこのスキルを得たのは困っている人を助ける使命があるからだ!この世界のヤンキーなんてモンスターとは比較になんないだろうからな!」と言って同級生に詰め寄っていた他校の見た目いかつい奴らへ突撃して行った悠司バカの話だ。

その時の悠司は謎の叫び声をあげて突撃し、文字通りの馬鹿力で壁をへこまし、ヤンキーをぶん投げる等の暴行を働き、通り掛かりのおまわりさんと俺が協力してなだめすかすまで近づくもの全てに殴りかかろうとしていた。

幹田 悠司容疑者は「イジメの現場だと思って助けに行こうとした時、『闘神』のスキルを使ったあたりから記憶がない」と供述しており、おまわりさんは「イジメの現場に遭遇してこんな暴れだすたぁ、正義の血が騒いだってやつかい!?俺も若い時なんてなぁ……」と昔語りをしだして結構カオスな状態になっていた。

その時のヤンキー達は受け身が上手かったのか運が良かったのか、大きな怪我もなく大事にはならなかったが、人を投げ飛ばしたりした方のバカは一部で有名になったみたいだ。




「あ!アニキ!開斗かいとさんも玲奈れなさんもお揃いで、買い物っすか?」


「お、おう……そんなところだ、お前ら他の人に迷惑掛けんなよ」


「勿論っス!アニキに投げ飛ばされた時に俺は改心したんスよ!この前なんて困ってるお婆ちゃんの荷物持って家まで送ってあげたんス」


「そ、そうなんだ……じゃあそんな感じで頑張れよ」


「ウス!それじゃ皆さん失礼しますっス!!」


そう言っていかつい髪形の奴らはエスカレーターを降りて行った。

「アニキ」とか呼ばれていた悠司は他にヤンキーらしいやつはいないか頻りに見回している。

どうやらなんか怯えているようだ。


「なあ悠司、あいつらってお前を慕ってるだけみたいだし別に危険とかはないんじゃないか?毎回そんなに気にしてたら面倒だろ」


「そうだよ、見た目はアレだけどそんな怖い人じゃないと思うな」


「でもよぉ、俺にもうあのスキルは無くなってるし、それに気付かれたらお礼参りとかされんじゃねえかと思うと……」


「もう、それは自業自得だって言ってんでしょ!前にスキルはあんまり使わないようにしよう、って言っといたじゃない」


「うぐ……いや、あん時はさぁ――」



夫婦喧嘩を横目に目の前に並んだ商品を眺める。

そう、先ほどいかつい髪形をした兄ちゃんが言っていた通り俺らは今、家から2駅先のショッピングモールに来ている。

別にこれといって欲しいものはないのだが、だいたい週末は出不精の俺を悠司と片倉さんの2人で何かと連れ出してくれる。

基本的に部屋にこもってゲームするか寝てるかの2択だからな、今までは外に出る機会なんてほとんど無かったからありがたいと言えばありがたい。

正直こいつらのデートの邪魔してるだけなんじゃないかと思うのだが、当人達はまるで気が付いていないようで、この前「え?お前が居なかったら?んー、他のやつらとスポッチャ行ったりとかしてるぞ。お前にはキツイだろうから誘ってないけど興味あんなら今度来るか?」なんて言っていた。

休日なのに体を動かすのは狂気に沙汰だと思うのだがこいつらはバカなんだろうか?

ああ、悠司は確定でバカだったわ。

片倉さんには聞いてないけど、どう思ってるんだろうか。

面倒見が良い人だとは思うのだがわざわざ出不精を連れ出すもんなのだろうか。

なんか恨まれてたりしたら嫌だな……


それはさておき、今日は片倉さんが好きな小説の作者さんが新刊発売記念でサイン会をやるらしい。

なにもこんな田舎でやらなくてもいいとは思うのだが、どうやらこの辺りが作者さんの地元らしく他の所はちゃんと首都圏でやってるらしい。

サイン会は13時かららしくできればその前に軽く食べておきたい。

朝はいつも食べてないけど、並ぶようだったら何か腹に入れておくのが吉だろう。


「なあ、2人とも飯はどうすんだ?俺はなんか食っときたいんだけど」


「ん?ああ、そうだった。たこ焼きとかどうだ?」


悠司の目線はすでにたこ焼き屋に向いていた。


「いや、もうあんた、たこ焼き屋ガン見してんじゃないの。ふふ、良いんじゃない?霧崎君はあそこで良い?足りそうかな?」


「まあ、俺は元々あんま食べないから大丈夫かな。てか悠司たこ焼き好きだったっけか?」


「んや別にそこまでじゃねえけど、ほら、久しぶりに見ると突然食べたくなるのってあんじゃん?今日はそれだな!」


まあ、悠司の言い分も分からなくはない。

俺もこの前コンビニで大判のえびせんべいを見た時衝動買いしてしまったからな。

たまに食べたくなるんだよ、あのみりんのやつな。



という訳でたこ焼きを3舟買って来た。

それぞれオーソドックスなソースの掛かったものが悠司、ゆずおろしが乗っているものは俺、ネギポン酢を掛けたものを片倉さんが。

余ったら残飯処理班(悠司)に食わせてやることにした。


「あ、あそこ空いてるね。お水持ってくから先座ってて良いよー」


「うーい、開斗行くぞー。…ん」


無言で悠司が片倉さんから荷物を預かっていた。

多分今の会話も俺が居なければ特に無かったんじゃないか?


「……なあ、お前らって別に結婚してるわけじゃないんだよな?」


「なんて?」


「あ、まだ婚約状態で周りには秘密とかなら話さなくていいんだけどさ」


「んん?」


「いや、片倉さんは片倉さんなのか、って話。幹田 玲奈・・ ・・さんじゃないんだよな?」


うわ、すんごいアホっぽい顔してるよなんなんこいつ。


「はあああああああああああああ!!!!?????」


「うっっるさ!!」


悠司が顔を真っ赤にして叫んでいた。

声でけえよバカ。


「ちょっと!バカ!うるさいって!何してんの?!」


うん。片倉さんもまあまあだよ。

いや待て、まだ悠司から確認とれてないけど幹田さんの可能性もあるな。

シュレーディンガーの片倉さん。


「いやだって開斗がなんか訳分かんねえ事言いだしてさ!」


あら、責任転嫁してきたよこいつ。

てかそれよりも周りの人の視線が痛い。

ショッピングモール内とはいえあんな大声出すからだぞバカ。

出来れば関係者に思われたくないのだが同じ席に座ってるしどうしようもないよな。

んー、少し暑いかもしれんが屋外で食うか?


「えっと、外に行って食べないか?」


「そ、そうね、それが良いかも……?」


という事で移動!

たこ焼きと片倉さんが紙コップに入れてきたくれた水を持って席を立とうとした時、突然身体が重くなった感じがした。

まるで深い水底にいるような、それでも微睡みの中にいるような不思議な感覚。



「何だ!?この床の、何かが始まるのか?!」


見知らぬ誰かの声が俺の意識を現実に引き戻す。

言う通り床になにか、光っている感じがする。

文字の羅列に見えるが、子供のラクガキみたいだけど、学者が綺麗に整えた数式の様な。




そして、俺の視界は光に包まれた。





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