第3話
虫は月の光を目印にすることで一定の高さで、そして道を狂わずに前へ進める。
コンビニのライトに虫が集るのもそれが理由らしい。でもきっとこれは人も同じなのだろう。夢や目標。それが俺らにとっての光なのだろう。でもふと思う。じゃあ夢も目標もない俺は一体どこに向かっているのだろう。
もしかして進んですらないのかも。
朝は嫌いだ。
サッカー部だった頃の朝練を思い出すからだ。
自分がやりたくてやってるのかも、はたまた何を考えてやってるのかもわからなかった。
そもそもなんで始めたんだろう…。それすらも覚えてないんだからよっぽと思入れがなかったのだろう。
でもそんな朝さえもあなたがいればむしろ愛しく思えてしまう。恋は盲目。なら今は光があってもなくても見えないのだから関係無いんだ。
だから安心してしまうのだろう。光がなくても…
チリリリリン チリリリリン
目覚ましがなる音。
この音で一日が始まる。
最近はなんだか楽しい。前まではなんとも思えなかったことも、あの人の為にあるのかも…なんて思えば、訪れる一秒一秒全てを抱きしめたくなる。
居間に向かい、テーブルを見ると置き手紙がある。
『裕也、昨日もバイトお疲れ。お父さん、今日朝早かったから朝ごはん、冷蔵庫にしまっておいたぞ。それと、最近息抜き出来てないだろ?お金なら渡すから、友達と遊んできなさい。俺は大丈夫だから。父より。』
もしかしたら近所のスーパーのチラシの裏に書かれたボールペンのしわしわな文字が余計に俺を生き急がせていたかもしれない。
「…別に好きでやってるだけだし…」
俺は父さんの作ったサンドイッチを片手に、自転車の鍵を探した。
「松田さんって…普段、何してるんですか?」
「え?」
少しの間の休憩時間。毎日、この時間が待ち遠しい。
「あ〜…本読んだり…曲を聴いたりしてるよ。あとは何もしてないかな…柳田くんは?」
最近を思い返した。昨日はバイト、その前もバイト、その前の日もバイト…もしかして高校生になってからバイトしかしてないのかも…ていうかそもそも俺には趣味とかなかった。サッカーだけをやってたようなもんだったし、あとは家に満足なお金がなかったからサッカーだけで充分だった。
そのせいか、いつの間にか何事にも興味が無くなっていた。日々、薄れていくこの世界の色。それに焦りすら覚えてなかった。
「バイトしかしてないですね…というかもともと趣味とかないんですよ。なんていうか、感受性が乏しいから何を見ても何とも思わないというか…」
別に今に不満はないけど、もしこの世界が俺にとって色に富んでいたのならもっとこの人生は美しかったのかな。
「…でも逆をいえば、その中で感じたものは本物ってことなんじゃないかな…」
「…え?」
「つまりさ…なんていうか…見えるもの全てが美しく見えてしまったら、偽物さえも美しいって言ってしまうかもしれないじゃない?綺麗な海だって本当は奥底に捨てられたゴミで溢れかえっていて、とてもじゃないけど綺麗とは言えないよ。でもそれを綺麗と言ってしまったのならそれが全てになってしまうじゃない?だからこそ現れた美しさを疑わずに純粋に信じ切れるじゃない。私は羨ましいと思うなぁ。」
この人は俺の何もかもを肯定してくれる。
俺にとっての欠点さえも全て優しく包んでくれる。
だからこの人を好きになってしまったんだ。
きっと。
「まぁ、どっちが正しいって訳でもないけどね…。全てが美しく見えるってのも幸せだろうし…つまるところ人生なんて自分で幸せだって言いきっちゃえばそうなるってもんよ。それが勘違いでもね。」
「松田さんはやっぱ大人ですね…俺はまだまだ子供みたい…どうやったらそんな素敵なこと考えられるんですか?」
「素敵かどうかは分からないけど、でも本をいっぱい読んでたのは今に思えば良かったのかも…色々学べたし…」
「本…全然読まないですね…」
「苦手な人は苦手だしね。まぁ読まなくちゃいけないものでもないからね。じゃあそろそろ私、行くね。」
うわぁダメだ…会話が終わってしまう!何か…何か読んだ本…
「あっ…でも!」
あぁ…!ダメだ!何も思い浮かばない…そうだ!小学校の頃ならまだ…あっ!これなら…
「図鑑なら読んだことあります!虫の!」
一瞬時間が止まったように感じた。けど違う。止まっていのは俺ら2人とセミの声だけ。
その差が余計に自分の言ったことは恥ずかしいことなんだって分からせてくる。
「…フフッ」
「いや…でも、あのー…その…一応あれも本です…よね?」
「アハハッ、それ本だけど違うよ。」
松田さん笑ってる…これは結果オーライ!
いや…これを狙って言ったことだ。うんうん。
「ちょっと〜からかわないでくださいよ…ほんとにそれしか読んだことないんです。」
「柳田くんって面白いなぁ…なんていうんだろ…若さゆえの天然…?良いなぁ…」
なんか褒められてるようで貶されてる。
ま、いいか…
でも…今なら前に進めそう!
「じゃ…じゃあ!」
「?」
「俺を本屋さんにでも連れてってください!おすすめの本とか知りたいです!」
「え?」
「いや…さっき普段特に何もしてないって言ってたから、もしよろしければ…どうですかね…?」
「でもこんなおばさんと行ってもつまんないよ?それに本屋さんだから余計に…友達の方が…」
「いや!その…夏休みの宿題で、本の感想文書くんです!だからやっぱり詳しい人と行った方が絶対良いし!ね!」
頼む…!
「うーん…まぁ…どちらにせよ暇なのは変わりないから…いいよ。いつ休みある?」
思わず笑みが零れそうになる。
でも我慢!今はまだ喜べる時間じゃない…。
「日曜は毎週休んでます!どうですかね…?」
「いいよ。私も日曜は休みなの。何時にしようか。」
そうだ!せっかくのこのタイミング…もっと前に…!
「あぁ!じゃあ、LINE交換しましょう!今日の夜にでも連絡入れます!」
「あ、ほんと?じゃあ…これどうやって交換するの…」
「え?」
「普段誰とも話さないから、LINEなんて使ったことないの。入れただけって感じ。」
えっ、てことは…俺が松田さんのLINE友達初めまして記念!?
「え…普段どう過ごしてたんですか?」
「電話番号教えてただけだよ。そんなプライベートな会話もしないし…」
「マジすか…スマホ持ちでLINE未使用なんてほぼ絶滅危惧種ですよ…とりあえず借りますね…あっ、今後のため見ててください。ここをこうして…」
こうして幸先良いスタートを切った夏休みに期待と予定を膨らます今日この頃であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます