第2話

もし、私が変身できるとするなら鳥になりたい。

自由に空を飛んで、たまに休んでまた前に進む。

あとは猫にもなりたい。仲睦まじい5人家族の愛猫として、だらりと暮らしたい。

あとは犬…犬にもなりたい!

誰もいない野山で走り回って、疲れから川で水を飲む。

あとはあれ…それとこれ…んでもって…

あ…そうか私…人間以外なら何にでもなりたいんだ。きっと…。

そんなことを考えながらいつも職場に向かう。

そうするとすれ違う主婦の声が自分に刺してるように感じる。

もしかして私は、はだかの王様なのかも。それなら合点がいく。何も思うまい。

けどそんなわけは無いから、弱くなっちゃうんだ。私は私。私の好きに生きますだなんて、そう言い切るのは結構難しい。

「店長。おはようございます。」

「あ、松田さん。おはようございます。今日から8月限定メニューも出たから。把握よろしくね。」

もう8月か。また時間を捨てた。

秒針が過去の産物となって、私というゴミ箱に捨てられる。多分それに埋まった時、私は…

まぁいい。そんな事は百も承知だ。

実際、そうなって起きたのがあんな結果だ。で、今が生まれている。

もう考えるのをやめよう。私は脳みそまで腐ってるのだから。何を考えたって腐ったものしか生まれないんだ。

ドアを開ける音が聞こえた。

「いらっしゃいませ。」

「松田さん!おはようございます!」

柳田くんだ。今日は朝からなんだ。でも今日は平日…。学校サボっちゃったのかな…。

「柳田くん…何か学校であったの?」

「……へ?」

「私、コーヒー奢るよ…あ、いやせっかくだから季節限定メニューにしよう!ちょっと待って…。」

「えっと…松田さん?どうしました?」

「それはこっちのセリフだよ。どうしたの?私、相談ぐらいには乗れるよ?学校で喧嘩でもしちゃった?」

「えっ?あっ…もう俺夏休みですよ?」

「ん…?夏休み…?」

「そうですよ。もう8月じゃないですか。昨日終業式で、今日からです。」

「あ〜…そっか、もう夏休みか…てっきりサボっちゃったのかと…。にしてはナチュラルにサボるなと思ったよ。あー、よかったよかった…」

「松田さんって…

結構天然なんですね。」

柳田くんが笑ってる。

普通それを見て心が和むものだけど、私は逆に不安になっちゃうんだ。上手く笑えない自分に。

他人の幸せが自分の不幸を際立てちゃうなんて、神様も残酷なものだ。

「あ!でも奢りは奢りですよ!」

「ちゃっかり大事なところは忘れないんだね…分かったよ…」

ということで夏の新メニューご紹介します。

フローズンクリームメロンキャラメルソース乗せ

…おばさんにはしんどいな。

「今、客もいませんし一緒に飲みましょうよ!俺もまだ20分あるので!…無理にでは無いですけど…」

「…店長、ちょっとだけ良いですよね?」

「まぁ、ここ朝は客あんまり来ないからね。いいよ。ただお客さん来たらちゃんと対応してね。」

私は朝、家で飲んだばかりのブラックコーヒーを淹れる。自分のお腹から張り出してしまいそうな黒い何かをいつもコーヒーで流し込んでいる。溜飲を下げるように。

「はい、おまたせ。あれ、全然進んでないじゃん。あんまり美味しくなかった?」

「あ…いや!ちょっとあれですよ…あの〜…頭キーン!ってなってました!」

「あぁ、そう…。高校は楽しい?」

「え?あー、楽しいですよ!いつも4人でつるんでます。みんな良い奴なんですよ。」

「いいね。青春って感じだね。友達は大切にした方がいいよ。おばさんみたいになると色々と大変だからね〜」

「おばさんだなんてそんな!…松田さんは大事な友達とかいないんですか?」

「いるよ、いるってか、いたね。」

「いた?」

「もう何年も前に喧嘩しちゃってそれから会ってなかった。いつの間にか時は流れて、気がついたら彼女は亡くなっちゃった。お葬式には行ったけど何にも思えなかったな。それが私の寂しいところだよね。」

「いや…誰かがいなくなったら寂しくならなくちゃいけないわけでもないですよ。いつの間にかポっと出てくるもんです。少なくとも俺はそうでしたから…」

「…誰か亡くなっちゃったの?」

「母です。と言っても俺が小さい時。まだ自分の名前も書けないぐらいのときです。俺はあの時、寂しくともなんともなかった。散々、病院で母に行かないで行かないでって喚いたのに葬式じゃ一度も泣けやしなかった。けど、母が弾いていたピアノを見たら思わず泣いちゃったんです。

もう居ないんだって。在り来りな言葉かもしれないけど、人は失ってから大切なものに気づく。その通りですね。」

失ってから大切なものに気づく。その言葉、あんまり好きじゃないや。私は何も失いたくないもの。だから色んなものを大切にしようとする。それが辛くなる原因の一つだ。

「でも、残酷ですよ。この世界は。誰かが死んで、誰かの大切な人が亡くなって、誰かが泣いていても、この世界の誰かが大きな声で言い張るんだ。平和だー!って。全然そんなことないのに。小さな声で否定している人達は異端だなんだと言われる。そんなわけない。この世界は丸いんだから端なんてない。」

「…君は大人びてるね。」

「違いますよ。背伸びです。そうしないと自分が小さく見えてしまうから。」

あんまりこんな話はしないから彼がこんなにも

自分を持っている人だとは知らなかった。

でも、疲れてしまうよ。背伸びしたまんまじゃ。

上を見続けたら首も疲れる。君は君のままでいいんだ。

「背伸びしすぎもダメだよ。あなたが大人に憧れて背を伸ばそうとするなら大人はあなたに合わせてしゃがむべきなのよ。それなのにみんなそれを甘やかしてるだなんて言い出すの。そんなわけないのにね。嫌になったら嫌って言っていいのよ。」

まだ街が完全に眠りから覚める前。

店内に響く曲が俺の最大のお気に入りの曲の1つになった朝。

そして僕はあなたが好きなんだって改めて気づいた高一の夏。

「松田さんはやっぱり大人ですね…」

「強がってるだけよ。弱いからね。ところで…時間は大丈夫?」

「…あっ!まずい!松田さん!ご馳走さまでした!」

「いいから早く行きなさい。頑張って。」

「あ、はい!」

君と話すといつも悩みを忘れちゃうな。なんでだろ…

まぁ…今度でもいいか、考えるのは。

どうせ時間なんて有り余るほどあるんだ。

もう腐ってしまってはいるのだけれど。

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