コーヒーとガソリン

お茶

第1話

生きるってなんだろう。息を吸うこと。幸せになること。夢を目指すこと。それなら私は何年も前に死んでいるのかもしれない。


朝起きるとコーヒーの匂いがする。もう何週間も洗ってないシーツの匂いとは全く違うのにどちらも私の好きな匂いで落ち着いてしまう。モデルルームのように片付いてるこの部屋にはきっと未練も希望も後悔も何も無いのかもしれない。時々そう思えてしまって虚しくなる。

元々、私は漫画家になりたかった。だから上京して自分の描いたものを届けたい!って思ってたんだけど、どうにも上手くいかなくて結局、大学に進学して職には就いた。けれど会社の上司にいじめられ、もうなにもかも嫌になって自殺しようとしたけど失敗して、そして3年前、親に提案され地元に帰ってきた。両親は私には何も言ってこなかった。多分気を使ってくれたんだと思う。実家の隣町にアパートまで借りてくれた。私は本当に恵まれてたんだと思う。こんな親不孝者を救ってくれる親がいる。私の生きる活力は現状、その感謝と反省だけだった。

とは言えど、いつまでも甘えてるわけにはいかない。帰ってきてしばらく経ってから仕事を始めた。と言っても近くのガソリンスタンドに隣接している小さなカフェだ。

まだ仕事をやってる間は自分に存在意義があるように感じて心地よかった。逆に仕事をしてないと自分の価値とかが分からなくなってまた死にたくなる。私ってなんだ、私は誰になるんだ、そもそも私の存在してる意味はあるのかとか悲観的に考えてしまう。少なくとも働いている間はそれを忘れられる。と言ってもその不安がなくなるわけでもない。

でも最近、仕事以外で不安を忘れられる出来事がある。

「あ、柳田くん、お昼休み?」

「はい!と言ってももうあと何分かなんですけど、その、とりあえずは一区切り!って感じです。」

「柳田くんも高校生なんだから遊べばいいのに〜高校の友達とかいっぱいいるでしょ?」

「いや…その…遊ぶにもお金ないし…どちらかと言えばバイトしてる方が楽しいって言うかなんていうか…あの…まぁすることも無いですし!」

「ダメだよ〜青春は返ってこないんだから。嫌というほど思い出残さなきゃ。大人になって振り返ったら全部バイトって寂しいよ?あっ、これいつものコーヒーとサンドイッチね。」

「あっ、ありがとうございます!松田さんもその…頑張ってください!」

彼は柳田裕也くん。高校2年生。

私は柳田くんと話す時間は結構好きだ。

なんだか心が落ち着く。でもきっと他に娯楽とか楽しみとか無いから彼との時間が安らぎに感じるんだと思う。

それにしてもいつもバイトばかりしているなぁ…。柳田くんは車の窓拭きやら清掃をしているからいつも手が黒くなっている。頑張るのはいい事だけどちょっとやりすぎかなとも思う。ましてやこの大切な時期、部活とか遊びに回した方がいいのに…。

午後6時半、店を閉める。けどガススタはまだまだ営業時間内。柳田くんも残っている。

「あ、松田さん!お疲れ様です!」

柳田くんのその声が響いて自分の耳に届く。

その瞬間いつも私の虚しさをかき消してくれる。

それは彼の溢れるばかりの生命力のせいなのかな。よく分からないや。

いつもそのままコンビニに向かう。レンジで温めると食べられる冷凍惣菜と適当に食材と酒を買い、家路に着く。

風呂入って、解凍して、適当になんかおかずを作ってそれをつまみに飲んで10時ぐらいになるとだんだん眠くなってきて朝に出来上がるようにコーヒーメーカーにタイマーをセットしてそのまんま寝る。

あー、今日も何も無かった。なんなんだろうな。何も生産性もなければ失うこともない。ただ死ぬ時を待つだけの人生。いつも布団の中で泣いてしまう。夜は嫌いだ。嫌でも自分を見つめ直してしまう。布団の中は温かい。でもだからこそ自分の冷たさを思い知らされる。きっとこの部屋は棺桶なんだ。


「ヤナギ、どした?」

「えっ、あー…なんかぼーっとしちゃってた。」

俺の名前は柳田。高校2年生。最近俺は様子がおかしい。

「ま…!とりあえず俺今日部活ないから遊ぼうぜ!」

「悪い、俺今日もバイト。」

「えー!またかよ!」

「あれ?裕介この前も断られてたよな?確かそんときもバイトって。」

「その前もだよ!もー、どしたんよヤナギ。」

「もしかして…バイト先に可愛い子でもいるのか!」

こいつらは長田裕介、平松智樹、野村柊太。

俺はいつもこいつらとつるんでる。

「まさか…お前!その人に好かれるために…!」

「は!?俺はそんなつもりでバイト始めたんじゃねぇよ!」

「まぁ!その人と進展あったら話せよ?

それとちゃんと休めよ。俺らも暇なんだぜ。」

見てわかる通りこいつらは良い奴だ。ここは居心地が良い。

「そんなんじゃ…ないよ。きっと…」

俺は松田さんが好きなのかもしれない。とは言っても松田さんは確か30代半ばのはず。きっと俺みたいなガキに魅力なんて感じないと思う。なんか大人〜って感じだし…。

それに!俺は松田さんと会うためにバイトを詰め込んでるわけじゃない。俺にはお母さんはいない。産まれてすぐに亡くなってしまった。前に写真を見せてくれたけど顔も見覚えがなかった。

父さんは俺を寂しくさせまいと頑張ってくれた。仕事も家事もやってくれて、俺はそれに感謝して反抗しようとも思わないし、むしろ手伝おうと頑張っている。バイトを始めたのもその影響で。

少しでも家計になればなって思って始めた。

父さんも松田さんも遊べとか部活とかしたら?って言うけどこれが俺にとっての幸せだ。

昼はやっぱり近くて楽だからよく使うし、必然的に話す時間が出来る。

元々お母さんがいなかったせいなのか松田さんと話すと気持ちが落ち着いて、ずっと話してたいって願ってしまう。でもその感情が恋なのか、はっきりとは分かってないけど少なくともわかるのはあの人は他とは違う存在であること。

でもここまで数週間、いまだに進展なし…ただ数分話すだけの関係。そんなの絶対にいやだ!

どうにか…どうにか接点が欲しい…!

「おい?また考え事してんのか?唐揚げ食っちゃうぞ?!」

「ちょ、ダメに決まってんだろ!残してたんだから!」

もうそろそろ夏休みが始まって、バイトの時間も増える。このままじゃダメだ。

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