第12話 御伽噺のつづき
少女の頃はお姫様みたいに、後世に語り継がれて生きていきたいって思ってた。
でも本当は語り継がれていく人生よりも、誰にも知られない人生こそが 幸福なのかもしれない——絶世の美女と伝わる女性の嫁入り支度の手伝いなど、普通なら胸が躍りそうだが…これからの人生に憐憫が募るからか、その美しい横顔が消え入りそうなほど儚く思えた。
▽
「おね様、誠に、ご無事でよろしゅうございました…」
「朝子さん…!ほんに、世の中は分からぬものじゃ…しかしこうして再び会えたのだから、仏の功徳というものや……」
本能寺の変からはや四ヶ月…清洲会議で他を圧倒し、織田信長の後継者と目されている秀吉公は着々と足場を固めていた。
反しておね様は、些かやつれたように見えるが…いつものけぶるような暖かい笑顔で迎えてくれた。
「度々屋敷から呼び立ててすまんのう…与右衛門殿も、朝子殿も、羽柴家にとってほんにかけがえのない宝じゃ」
「もったいないことです…」
山崎の合戦でも、またも手柄をあげたという夫に、舅 虎高様も、姑 おとら様も殊の外お喜びであった。
(と言っても、お忙しいようで、本人には春から会っていないけど)
正直、どこかホッとしてしまう自分がいる。大屋を任せろと言って、おね様のご要望に応えるように、夫のいるところへ送り出してくれる義父母の「願い」が重く朝子の背中にのしかかっていた。
「おそろしい戦であった… 妻木の方は、私らが足軽であった頃、度々お世話になった故…」
「左様でございましたか…」
『妻木の
その奥方も、明智討伐の際、本拠地坂本城と共に運命を共にした。
(……。)
「明智公の御親類はそれは厳しく成敗されたそうじゃ…」
ねねは憚らず、明智光秀をかつての通り敬い手を合わせた。
武門に生まれた人間にとって、生死は表裏一体、決して他人事では無いのだ。
「お方様は、一見恐ろしゅう見えるが頭の良い優しいお方じゃ」
掻取を翻し、おね様のあとに続く。私が呼ばれたのは、嫁がれる織田信長の妹姫様の花嫁支度を見繕うためだった。
「織田家筆頭家老の柴田勝家様に嫁がれる事になってのう…」
本来ならば、陪臣にあたる藤堂家の嫁などがそのような支度を手伝うなど、恐れ多い事なのだが…
羽柴家の権勢が、織田家という組織の中で日に日に増しているのだと、肌で感じる。
「おお、ねね」
狭く開けた窓から入り込む秋気をまとって、書をしたためる貴婦人は後世に「お市の方」と伝わっている。年は当年三十六歳。円熟の女盛りで、濃い白粉が当世風であるが、分厚い白い化粧の下に秀でた骨格が窺える堂々たる美女であった。
今はだれの妻でもないので「お方様」ではないのだが、彼女が姫とは呼ばないで欲しいと言うのでみな「お方様」や「小谷の方」と呼んでいた。
「お方様、ご機嫌麗しゅう」
「そなたには手間をかけるな」
「そのような…」
ねねは複雑そうだ。表向きは、お市の再嫁は織田家の親類が決めた事となっているが、背景に、秀吉の政略が息づいているのを家中の誰もが知っていた。
「誰が悪いわけでもない。乱世の常じゃ」
お市はそう頭を振って、朝子の方を見据えた。
「そなたが藤堂の室か。浅井氏をよく助けてくれた事と思う、今は織田…羽柴家を支えてやってくりゃれ」
藤堂家は家祖三河守景盛より古くから近江に根を下ろした土豪だ。お市は近江大名浅井長政に嫁いでいたから、親しみを込めて微笑んでくれた。
少しでもお市が心やすく嫁げるように、朝子の衣装への趣味の良さもあり、ねねはお市の花嫁支度を手伝うように願ったのだった。
細面が皮肉にも彼女の人生を揺るがす兄と瓜二つだが、その眼差しの穏やかな光は信長と違っている。いささか神経質そうな面立ちなのは、織田家の遺伝なのだろう。
▽
「お方様にはお方様にしか着こなせないものがございます」
「ほう」
花嫁衣装の白無垢は、
この凛とした着物は抜群にお市に似合うだろう。
次に、お色直しで纏う紋付の小袖を合わせていく。
お市は戦国の女性としては珍しく、長身で、立ち上がると朝子と目線がぴったりとあった。
「こんな女子にははじめて会うのう」
「恐れ入ります…」
澄んだ瞳があまりに綺麗で、同性でも照れてしまう。
「こちらの薄紫に大きな牡丹の染め抜きなど、お方様にお似合いかと思います。」
合わせると、いささか地味にも思えるその小袖は、伸びやかな白木の如しお市によく似合った。
長い黒髪をおすべらかしにして、これを着たこの女性は、どんなに美しいだろうと朝子は胸が高鳴る。
「ありがとう。
結婚は女の戦さ場じゃ、素晴らしい武具である。」
「お方様…」
「なんの、不幸とは思っておらぬ。
男は血で血を洗う戦場に出る、
そして女も血を流し子を成す。
その習いになんの不思議があろうか。
言わば私は結婚が二度目の強者ぞ」
お市はカラカラと笑った。なんの迷いもない瞳だった。後世に、彼女は悲劇の姫と伝わるが、彼女自身にはそんな憐憫は似合わない気がした。
与えられた立場で、正絹を纏って、必死に戦っているのだ。
「…お方様が、お幸せでありますように。」
失礼かもしれないが、口をついて出てしまった。
「…ああ。ありがたい。」
お市は鷹揚に頷いた。
天正十一年、羽柴秀吉と対立した柴田勝家は、賤ヶ岳で敗北し、越前北ノ庄城内にまで追い詰められた。
勝家は最後の晩、覚悟を決めたのか全ての家臣と女房衆を呼び、無礼講の宴を催した。
ルイス・フロイスをして「信長の時代の日本でもっとも勇猛な武将であり果敢な人」と評された男は、
一人一人に酌をして、無骨な顔を緩め、永の別れを告げたという。
夫妻は本丸から化粧櫓に追い詰められていた。
お市は
「さらぬだに 打ちぬる程も 夏の夜の 別れを誘ふ ほととぎすかな」
と詠み、勝家は
「夏の夜の 夢路はかなき 跡の名を 雲井にあげよ 山ほととぎす」
と返した。
二人の眼下でいとしき領国が夜に沈んでいった。
—夏の夜のほととぎすの鳴き声が、別れの悲しさを誘っているようだ—
—短くはかない私の名を、後世に伝えてくれよ、山ほととぎす—
波乱の人生に幕を下ろした二人の絶筆であった。
世の中が変わっていく、しかも、乱れた糸が力によって美しい天下という大布に織られていく。
人々の躍動と喜びは、
科学と資本主義により豊かで、反面、発展の天井が見えていた時代に生まれ育った朝子には不思議な感覚だった。
朝子の世は、血統による世襲以外では、『何にでもなれる』時代だった。
だからこそ、『なにももたない』時代だと言う老人もいた。
つい七十年ほど前には戦争をしていたはずなのに、
いや、私たちの暮らしの陰で、毎日戦闘機が防衛のため緊急発進し、人は人を殺していた。
それでも、「私は」幸せに暮らしていた。
「朝子殿」
茣蓙に放たれた妻のさらさらとした髪を指で弄びながら、高虎は問いかけた。珍しく、真顔で空虚を見つめている。
「あ…ごめんなさい…少し、疲れてしまって」
力なく朝子は微笑んだ。残夜の青い闇に浮かぶ顔は一瞬全く知らない女に見えた。
「…この二年、世の移り変わりは凄まじかったからな」
朝子の顔の横に置かれた大きな手が、そっと頬を這う。暖かい手は、たしかにこの人が生きていると分らせてくれる。
朝子の手のひらに余る高虎の分厚い胸板は、まるで大きな虎のように硬くしなやかだ。そう触れたこともない獣の肌を思う。たくさんの血を流した、傷だらけの体…、手…、それらが自分の体に心地よい重みを与え、息をしている。
人間は知恵を得て、孤独な旅に出たという、戦争と平和という輪廻は、限りない徒労に感じられてならない。
「はい、本当に…」
天正十年、丹波亀山城から山陽筋へと行軍していた明智光秀は突如として軍を本能寺に向けた。
そこから、多くの人の人生が変わった。
(私は……)
「…大阪に、秀吉公の城を造っている。天下に二つとない、美しい巨城だ」
高虎が、遠くを一瞬眺め、呟く。
「それは…私も見てみたいと存じます」
「秀長様のお屋敷の普請を任されてしまったが、それならば、より励もう」
珍しく、機嫌を取るように高虎はささやいた。もう三年近くも夫婦をしているのに、私は彼に『何も』与えてあげられていない。それでも、高虎様は私を妻として大切にしてくださる。
(……、)
覆い被さる夫の顔は自分を映す鏡のようで、恐ろしくて目を閉じる。
『お姫様の人生』は、華やかな結婚の後にも続いているのだ。
《※》
明智光秀の妻… 妻木範煕の娘と伝わっています。広く知られる「煕子」は小説由来で有名になったもので、実名はわかっていないそうです。滋賀県大津市の寺所蔵の仏涅槃図裏寄進名に煕子の戒名が発見され、これによると天正9年(1581年)以前に煕子が亡くなっていた可能性が高く、本能寺の変の前に、光秀は一人ぼっちになってしまったのかもしれません。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます