年上Tのプロポーズ
Dr.龍蔵
2020/7/20
ギャンブルで儲けた分を「浮いたお金」とはよく言ったもので、出どころによって正しい使い方がわからず、文字どおり浮いてしまうお金なるものを手にすることが、僕にはある。競馬は馬、その血統、調教師、騎手、馬主等々、収支以外のところでギャンブルの言い訳を作り上げる要素が多分にあり、そのために「ロマンがある」なんて言われる。ビニール袋に包まってる爺さんから貴族のようないでたちの人々まで、異なる世界が入り乱れて一つのレースを見守るあの場に立つと、たしかにこみ上げるものがあるのだ。僕も競馬を愛する彼らの共犯者である。
Tは好きなアニメのパチンコで三万円儲けて、その帰りに三万千円のイヤホンを買ったと話した。働きはじめて四ヶ月、自分で稼いだ金だと意識して買った物があるか、Tに訊いた。
「特別意味のある金は物にしたいんだよね。洋服とか前から好きだから働きはじめて記念に買った服とかはない。...来月二十二日に彼女にプロポーズするからそこに貯めようって意識はしてきたな」
僕とTは『ONE PIECE』が大好きだ。このマンガでは主人公とその仲間はもちろん、印象に残らないような登場人物まで誕生日が設定されている。八月二十二日というと、僕にはある女優が思い浮かんだ。しかし目の前の男を鼓舞するのは女優ではなく『ONE PIECE』の誰かの誕生日である。機をうかがって何気なくスマホで調べると、バンダー・デッケンという足四本のネコザメの魚人の誕生日だった。僕は彼に言わずそっと調べた自分を褒めたたえた。バンダー・デッケンは魚人島の人魚姫であるしらほしにしつこく求婚し、断られ続け、純粋無垢なしらほしにこう言われてしまう。
「タイプじゃないんです...」
僕はスマホを置いた。それから自分のお金をどういう心持ちで使うべきか、裏返しになったささやかな企みを払拭するかのように喋りつづけた。
もちろん僕は彼のプロポーズの成功とその後の幸せを願っている。
年上Tのプロポーズ Dr.龍蔵 @Dryu0528
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