そして、私は諦めた
走行を再開して約二時間走行距離は40kmほどだろうか。
何度かの休憩をはさみながら私は静岡市街地を緊張しながら走っていた。
私は今まで原付で都会を走ったことがない。そして私はこれまで静岡市は静岡駅内くらいしか立ち寄ったことがない。
そう私は静岡市街地をなめていたのだ。完全に侮っていた。島田市と同じレベルの都会だろうと考えていた。
なんだこれは大阪か!? それは言い過ぎと思うかもしれないが主観で見ればそう大差ない。無駄にある三車線、車の多さ、人通りの多さ。そしてバイクのすり抜け率。
バカバカそんなところすり抜けして車が急に発信したらどうする! ぶつかっても文句言えないぞ!
ああ、また左方向専用車線を突っ切っているじゃないか。これはもう戻れそうにない、曲がるしかあるまい。
なにこの静岡駅周辺、人が多すぎではないですかねえ! そんな目でこっちを見ないで、都会怖い!
とまあ軽く語っても私の脳内はこんな状態、常に大パニックだ。被害妄想が混じっていたのも否定はしないが、気分的にはいち早くこの静岡市内を抜けてしまいたくてしかたがなかった。
しかも問題だけはそれだけにとどまらない。
そうGoogleマップが、このナビがまあやんちゃなのだ。最初は素直にルートに従っていっていたが、あぜ道、脇道なんでもござれ。実際通ってみればさっきまで走っていた大通りに戻されるだけ。え、これだったら信号待ちの分考えても大通り通ったままのほうが早かったよね?
そんなことが結構な頻度で訪れる。しかし悲しいかな私は天性の方向音痴。
あまりにもわかりやすい脇道からの大通り戻し以外のルートは従うしか道はないのである。
しかしそれ以外は私のドライブは極めて順調であった。適度な休憩をはさみつつ周りの風景を楽しむ。自動車専用バイパスに引っかかることもない。
国道1号線を走っているときは車のスピードが怖すぎたものだが、この東海道という大通りを走行し始めてからは比較的安全だ。
なんだやればできるじゃないか。そう静岡は何もバイパスがすべてではない。
ちゃんと徒歩でも、自転車でも、そして原付でも滝にたどり着けるよう道は用意されているのだ。
東海道を走り続けること数十分、周りの景色はいつの間にか緑が多くなってきており、車通りも少なくなっていた。
恐ろしすぎる都会ルートをついに抜けたのだ。のどかな田園風景。いや茶畑の風景といった方が正しいだろうか。実に平和な走行ルートが続いていた。
話はそれるが静岡の茶畑の風景はほんとに圧巻の一言である。
もちろん静岡が全国有数のお茶の名産地であることは知っていたし、茶畑がすごいというのもはるか昔授業で習ったような気がしなくもない。
ただそのすごい茶畑というのはあくまでも観光名所での話だろうと思っていた。
しかしどうだろう。はじめてこの地に足を踏み入れた時、タクシーで私は自宅へと向かっていた。するとすぐに目に飛び込んできたのだ。見渡す限りの茶畑。
茶畑の水平線とでもいうべきか。見渡す限り茶畑が広がっていたのである。
田舎の風景の一つとして田園風景というものがある。その田園がすべて茶畑なのである。
言葉にするとなんだただそれだけかと思うかもしれないが、実際に見てみれば小さな丸く整えられた丸木が立ち並ぶその光景は圧巻というほかない。
しかもそんな風景が当然かのように結構な頻度でいろんなところで見ることができる。え、静岡県民みんな茶畑育ててるの? と錯覚するレベルである。
また山の隙間から堂々と見える富士山。
茶畑の奥に見える富士山。なんとも贅沢で言葉にしがたい風景である。
茶畑は実際に静岡に訪れてその目で見てほしいところである。もちろんお茶はそれなりの値段するがその値段を裏切ることなくちゃんとおいしい。
さて話が大幅にそれてしまった。今回は茶畑の話で終わってしまうところだった。
まあ何はともあれ東海道を順調に走行していた私だが、ナビが不穏な方向を示してきたのである。
車も人も一切通っていない急な山道。脇道というよりはもはやあぜ道に近い道を示しているのである。
やれやれまたか。この急斜面は歩きでもきついぞ……。でも私は原付。
私の体力は関係ないのだ。この原付が頑張ってくれれば私は苦労なくこの急斜面を上ることは容易だ。
そんなことをのんきに考えながらナビに従いながら、主観40度はある急斜面をエンジンマックスで20キロ走行すること数分後、私がたどり着いたのは墓地団地の前だった。
いやただの墓地団地であれば別に素通りすれば何も問題ない。しかしナビが示していたのはその墓地団地の間を通っている先が見えない真っ暗な急斜面。
しかもあろうことかその斜面は木造りの階段であった。
もうなんというかめちゃくちゃ雰囲気が出ていた。どんな雰囲気かまでは言うまでもあるまい。それはもうどえらい雰囲気だった。
こうして私は墓地団地の前で停止を余儀なくされる。原付から降りてまずは一息。
周りが明るくてよかったああああああ!!
真っ先に思ったのがこれである。何を隠そう私は怖いものが大の苦手だ。
ホラー映画、ほん怖、バイオなんちゃら……そういったものがだめだ。心霊スポットに自ら進んでいくやつの気が知れない。
そんな私がもし日没後にこの墓地団地の前にたどり着きその先の何も見えない真っ暗な階段を進めとナビに示されていたらどうなっていたか……。
間違いなく漏らしている。
しかし今は幸運にも15時頃。雲は広がっていて太陽はいつの間にか隠れてしまっていたが、周りは十分明るい。なんとか大惨事は回避できたわけである。
「……それは無理」
再度ナビが示す方向の急斜面の階段を一瞥すると私はマップを確認する。
ここであきらめるわけにはいかない。約半分だ。四時間かけて半分だ。
つまりあと半分距離を進むころには日は完全に沈んでいる。
しかしそんなことは関係なかった。この頃にはもうほとんど意地になっていたのかもしれない。
私は何とかならないかと道を探した。するととある文字をマップ上に見つける。
『東海道』それは救世主に見えた。いや言い換えるならば救世道だろうか。
方向音痴の私でもこの東海道を進んでいればいつかはたどり着けるのではないか。
私は意気揚々と走行を再開した。
これまでの東海道と比べるとなんとものどかな田舎道を走行しているとナビが進路再計算してくれた。
これでたどりつくことができる。どうやら今から山越えをしなければならないらしい。帰りがひどく不安ではあるが、私は細道の急斜面へと走行を続けた。
10分ほど走行を続けたころだろうか。周りに不穏な看板が目立つようになってきた。しかしその時の私は軽く現実逃避をしていた。その看板を見ないふりをしていた。
まさかここまできてその仕打ちはないだろう。神様はそこまで無慈悲ではないはずだ。きっと何とかなるに違いない。
看板に目が入ってもそうやって自分に言い聞かせていた。
山道の割にはトラックの走行が多い、それに進むにつれて警備員さんもたっている。この先で道の工事でもしているのだろうか。ちなみに同じ内容が書かれた看板はどんどん増えていた。
そして私は再び停止を余儀なくされる。
まだ山の中腹あたりを登っている途中である。ナビはその先に進めと書いている。
だが無理である。
停止した先にはパラソルの下で暑そうに顔の汗を拭いている警備員さん、そしてその隣には『富士方面通行禁止』とでかく立てかけられている看板がその先の道をふさいでいた。
先ほどからちらちらと視界に入っていた看板がまさに私の今目の前に立ちふさがっていた。私は呆然としながらその看板を眺めていた。
「ごめんねえ、連日の雨でこの先で土砂崩れが起きちゃってね。静岡市役所が通行止めにしちゃった」
「そうなんですか……」
パラソルの下で座っていた警備員さんが親切に私に教えてくれる。
「バイパスの抜け道でみんな使ってたんだけど、使えなくなっちゃったからね。昨日とかバイパスはえらい渋滞だったみたいよ」
「そうなんですね……」
ちがうんだおじさん、警備員のおじさん、私が聞きたいのは渋滞がどうとかではないのだ。
「あの、この道以外であっちに行くことってできますか?」
「いやあ、ここからだとぐるっと大回りしないと難しいね」
無慈悲にそう告げてくる警備員のおじさん。私は何とか笑顔を保ちながらお礼を言う。
詰んだ。私の目の前には通行止めの看板、これは市役所が出したものらしい。
それに逆らうことなんて私にはできないしそんな度胸はないし、ルールを破ってその先で死にたくもない。
ナビもほかのルートを示そうとはしない。私は何とか正気を保とうと真っ白になった頭で山の木々の隙間から見える海を一枚スマホで撮った。
海はとてもきれいで、でもその美しさは目的にたどり着けなかった私をあざ笑うようなそんな錯覚さえ覚えた。
私をナビを再セットする。目的地は『自宅』距離は45km。
警備員のおじさんにもう一度お礼を言ってからエンジンをかける。おじさんは聞こえなかったのか返事はなかった。
自然のパワーを見に行こうと、この身に感じようと思い立ち始まったこの一人旅。
しかし私は自然のパワーに、自然の暴力に敗北したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます