飛螢 ひけい

真田真実

飛螢 

1年前


誰も知らない山の中、蛍がたくさんいる場所があると友人がいう。

なんでも、来週末に私の知らない友人の友人Aと行く予定にしてたが、Aは一度訪れたことがあるし、その日都合が悪くなったので地図を渡すからぜひ行ってくれと言われたらしい。

そこまでして行く価値あるの?

うーん、行ってみるといいよの一点張りで…。

正直、虫とか藪が嫌いな私は気乗りしなかったがガソリン代を丸抱えという好条件とAが送ってきたという写真を見て気が変わった。

なぜなら、ピンぼけしてはいたが沼地に群舞する蛍の光は今まで見たことのない数で、そのさまはまるでクリスマスのイルミネーションのようであったから。



当日の夕方、私が虫よけのため帽子、長袖シャツとパンツ、マスクという完全防備の態勢で集合場所へ行くと友人とAがいた。


あれ?今日は都合が悪かったんじゃ…。

やっぱり、行かないと損しちゃいそうでと笑うAはかなりテンションが高めで、友人は普段は物静かなんだけどやっぱりあの蛍の群舞を一度見るとテンション上がるんだろうねと苦笑した。


そう、じゃあよろしくね。

私は軽く自己紹介をした。

山奥へと向かう車中、友人は押し黙ったまま窓の外を思案顔で見たままだし、後部座席のAにいたっては先ほどとは人が変わったように眠ったままぴくりとも動かない。

私とAは初対面だし、まぁ、私も人あしらいが上手い方でもないから、この沈黙はかえって助けられたのだが…なんだか少し不安な気持ちになってきた。


さっきの不安が的中したかのように、ナビにも出ない山奥へ何度も迷いながら私たちが到着したのは完全に陽が落ちた後だった。

林道に車を止め車を降りるとさっきまで寝ていたAが先陣を切って歩き出す。

一度来ただけのことはあり木々を分け入り藪を掻き分けながらずんずん進んでいくAについて行くと急に視界が広がった。

ところが、暗く澱んだ沼地に蛍はいない。

いろいろな条件が合わないと蛍は見られないからと友人は言うが正直、ここまでの道のりを考えると残念だった。


そのとき、ふっと小さな灯りがひとつ目の前を横切る。


あっ、蛍!

友人は蛍を目で追いスマホを向けているがふと、私は蛍が飛んできた方向へ目を向け言葉を失った。

その場にうずくまるAがぼんやりと光りだしたかと思うとみるみるAの穴という穴から光が舞い出し群舞が始まったのだ。

その中の1匹が私の腕にとまるとそれは蛍ではなく粉状のさらさらした胞子のようなものだった。

私が腕についた胞子を必死に払い除けている間もAの中からどんどんどんどんと胞子が飛び出してくる。

ねぇ、まずいよ!

私は蛍と思い込んで群舞を撮り続ける友人に声をかける。


何?えっ…。

逃げよう!


私は群舞だと勘違いしたままの友人の腕を引っ張り、その場から逃げ出す。

気づくと沼地全体が胞子で光っており、その明るさは昼と見紛うほどであった。

藪を逃げる私たちを追うように胞子はまとわりついてくる。

口開けちゃだめ!黙って進んで!

私はマスクをしっかりと押さえ友人の腕を引っ張って走り続けた。


正直、どうやって逃げてきたのか覚えていない。

気づくと私は国道を車で走っていたが、そのまま何も言わずに友人と別れた。 

その友人ともいつしか連絡が途絶えてしまったが、あれから1年、元気にしてるだろうか。

便りがないのはいい便り、元気にしているだろう。たぶん。

それより最近、耳鳴りが酷くなってきた。

ぶぅーんという低い音が気になって何も考えられない時間が増えてきた…。



最近、耳鳴りがひどくて…

私は耳鼻科の先生に症状を訴えた…。


大丈夫ですか?

先生は目の前の患者に声をかける。

患者は診察途中だというのに耳の中を覗こうとするといやいやをする子供のように身をよじらせ耳を塞ぎ口をあんぐりと開けたまま動かなくなった。



ぶぅーんぶぅーん…

あ、また耳鳴りがしてきた。

何も、考えられない。

何も…な…なきゃ…行かなきゃ…。



突然立ち上がって診察室を飛び出していく患者の耳…髪の間からさらさらと何かが舞った。

それは誰にも気づかれることなく空調の風に紛れて院内へと静かに広がっていった。

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飛螢 ひけい 真田真実 @ms1055

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