第10回「贖罪」

 飼っているグッピーが死んだ。全滅だった。


 40℃近い猛暑日が続くなか、たった数時間エアコンが動かなかったせいで、あんなに元気に泳ぎ回っていた十数匹の小魚たちは揃いも揃ってその小さな腹を水面に晒しながらプカプカと浮かんでいた。


 仕方がないこととはいえ、むごいことをしてしまった。せめて弔う時は涼しくしてやろうと、リビングのソファーに投げ出されたエアコンのリモコンを操作しようとするも、全く反応せず、それどころかボタンの押下感すらなかった。幸い、私自身はそれほど暑さも感じていないが、このまま部屋が灼熱状態では帰ってくる妹が可哀想だ。小魚たちも。


 取り敢えず、リモコンの電池を替えてみようとリビングの扉の方に目を向けると、飼い猫の一匹と目が合った。どこか別の部屋で昼寝でもしてたのか顔の右側を寝癖でぺたんこにした猫は、目が合うや否や全身の毛を逆立てて全力でこちらを威嚇してきた。


 確かに昔から嫌われていた気がするが、今日は大概だな、と少し悲しい気持ちになりながら、常に持ち歩いているご機嫌とり用のお菓子を取り出そうと視線を僅かに外すと、その一瞬の隙をついてあっという間に猫は逃げて行ってしまった。


 どうにも相性が良くないのかもしれない。ネコというのは昔から気まぐれで移り気で高飛車だ。対して自分はというと、一途といえば聞こえは良いが思い込みが激しく粘着質で大抵の人とは反りが合わない。初手で距離を詰めすぎるのがダメなのだと、幼なじみには言われたが自分では距離を詰めている自覚はないので、結局対人関係が改善することはついぞなかった。まあ、これ以上関係が悪化することもないのが救いかもしれない。


 そんな取り留めもないことをつらつら考えていると、先ほど猫が逃げて行ったリビングの扉を妹が不機嫌さを隠そうともせず押し開けながら声を荒げた。どうやら部活から帰ってきたらしい。


「ねぇちゃん!!帰ってきてるんならクーラーくらいつけてよ!!暑いじゃん!!つーか、今日は綾華さんと朝までデートじゃなかったの!?居ないと思って彼氏つれてきちゃったんだけど!!」


 その後もブツブツ文句を言いながら、壁伝いに部屋の電気をつけた彼女は、先程の怒鳴り声よりもはるかに大きな悲鳴を上げると一目散に部屋を出て行ってしまった。遠くの方からしゃくり上げながら泣き叫ぶ女の声と、それを宥める男の声が聞こえてくる。


 十代の女の子には刺激的すぎたかもしれないと、部屋の惨状を見渡しながら心の内で少し反省した。可哀想に。自分の姉と姉のように慕っていた幼なじみが、リビングのソファーの上で血塗れで倒れていたら私だったら卒倒する。トラウマにならないと良いけど。


 しかし、良いことを聞いた。相手の女は綾華というのか。あの子は頑なに名前を教えてくれなかったから途方に暮れていたのだ。他人の家の金魚たちを弔おうとしていたくらいには。

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殺伐感情戦線まとめ サトクラ @5aT0

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