第9回「穴」

 もし時間が戻せるならば、どんなに人当たりが良くても人ならざる者と容易に関わってはいけない、と5歳の私に言ってやりたい。


 物心ついた時から普通の人には見えないナニカが見えていた。それらの大半はただフヨフヨとそこらを漂うばかりで特に害もなかったが、中にはおどろおどろしい声で何か呪詛のようなものを吐き散らす傍迷惑な奴もいた。人に害をなすものは父や兄が片っ端から祓っていたので、幼い頃の私はそいつらと目が合いそうになる度に兄に向かって弾丸のように泣きついていた。


 その日はやけに視界がクリアだった。裏山でひとりで遊んでいると、やや鼻にかかった声でお嬢ちゃんと呼び止められた。女の人の声を聞くのが初めてだったのでビックリして後ろを振り返ると、長い黒髪で綺麗な緑色の瞳の女の人が立っていた。翡翠のような瞳が不思議でじっと見つめていると、彼女はことりと小首をかしげて「あげようか?」と問い掛けてくる。ぼーっとしたまま「うん。」とそのまま頷くと、直後左目が燃えるように熱を持った。左目を押さえて女を見ると、ぽっかりと空いた右の眼窩と目が合った。片目の女は満足そうに私を一瞥するといつの間にやら消えてしまった。それから視界はクリアなままだ。

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