第20話
当初、中継地点と決めた見晴らしのいい公園。庇のついたベンチに座っていると、杉石君が飲み物の缶を片手に歩いてきた。
「自販機って意外と脆いんだな」
差し出されたカフェオレを受け取り、プルタブを開ける。冷蔵機能は止まり相当ぬるくなっているが、腐っているということはないだろう。
「陽、落ちてきたな」
そう言いながら隣に腰掛ける彼に倣って空を見上げる。いつの間にか、橙色の太陽が沈みかけている。もう夜か、と驚くと同時に、あれだけの出来事があってまだ一日も経っていないことに身震いする。
「あいつ、死んだかな」
杉石君は一人ごち、缶コーヒーを傾けた。瞳はずっと遠くの夕焼けをぼんやりと眺めている。
「真珠を殴った時はさ、何ともなかったんだ。だから、君のためなら人も殺せると思ってた」
杉石君は缶を置き、右手に視線を移す。グローブを脱いだ手のひらに血は付いていない。けれど彼は、見えない何かをこそぎ落とそうと指で強くなぞりつける。
「でも、違った。天河を殴った感触が消えない。凹んだ頭からバットを引き剥がす感触が、ずっと消えないんだ」
爪を立て、皮膚が破ける。滲み出た血の粒は表面張力を超え、流体となって手のひらの皺を伝う。
「俺に、君の隣にいる資格はあるんだろうか」
「そんな、資格だなんて」
資格がないのは僕の方だ。迷惑をかけてばかりで、偶々知り得たJC化しない体質も今のところは役に立っていない。
それに、人を殺したのは僕も同じだ。僕は妹の誘惑に逆らえず、結果的に死に追いやった。誰の為でもなく、ただ自分の欲望に負けたが故に。
「こんなことになったのは全部僕のせいだ。杉石君は、僕を助けてくれようとしただけだ」
「違う。そうじゃない。……俺は、君が思ってるほど綺麗な人間じゃない」
杉石君は強く首を振り、目元を隠すように眉間を抑える。それから、真剣な面持ちで僕に向き直る。
「俺は」
言いかけて、視線を逸らす。けれど、決意を固めてもう一度顔を上げる。
「君が、好きなんだ」
「……え?」
聞き間違い、ではない。彼は真っ直ぐに僕を見つめている。その瞳には嘘も誤魔化しもない。
「ええっと、それは、友達としてではなく?」
無駄な確認。杉石君は力強く頷く。夕焼けが頬を赤く染め、首筋の陰影を深くする。
「ご、ごめん。ちょっと待ってほしい。えっと、全然理由が分からなくて」
「前にも話したよな。文化祭で助けてもらった時から、ずっと気になってた。見返りもなく助けてもらったのは初めてだったんだ。それから普段の君を見ているうちに、気持ちがどんどん大きくなった」
「僕に人から好かれる要素なんて、あるはずない」
杉石君は頭を振って否定する。拳一つ離れていた距離が、半分にまで近づく。
「君はそう言うけど、俺は知ってる。瑪瑙くんは誰かのために自分を犠牲にできる人だ」
「僕はそんなに立派な人間じゃない。妹のことだって、僕が死なせたようなものだ」
「レイプしたっていうのは根も葉もない噂なんだろ?」
「……襲われたのは僕だ。でも僕は、妹を拒めなかった。あの子の気持ちを言い訳にして快楽に耽った挙句、親に見つかってそのまま見捨てた。杉石君は自己犠牲だなんて言ってくれたけれど、実際は妹を殺してしまった罪から逃げるために自分を傷つけているだけだ」
それすらも上手くいかなくて、周りに迷惑をかけ続けている。僕の無能さが正しくあることを許さない。
僕が救われる日は、永遠に来てはならない。
「……そんなに辛い過去を抱えていたなんて、気づいてあげられなかった。でも、俺の気持ちは変わらない。むしろ、傍にいたいって気持ちがもっと強くなった。これ以上、君を辛い目に遭わせたくない。俺が守ってあげたいんだ」
僕の最低な独白を聞いてなお、杉石君は揺らがなかった。
真夏にしては涼やかな風が吹き、彼の前髪を微かに揺らす。眦に浮かんだ涙の雫が宝石のように輝く。
「男が男を好きなんておかしいよな。こんな状況で告白するべきじゃないことも分かってる。でも、この気持ちは嘘じゃない」
肩が上下するほど深く呼吸して、杉石君はもう一度僕を見つめる。
「好きだ。付き合ってほしい」
はっきりと、そう告げられた。
真摯な告白。同じ眼差しで死んで欲しいと言われたら、迷うことなく頷いていただろう。
しかし、彼の告白はもっと個人的で、これからも続いていくものだ。未だに納得ができていない状況で、軽はずみには返事できない。
それに、杉石君の精神は明らかに疲弊している。
度重なるJCの襲撃に、初めての殺人。明日の安全も分からない身の上で立て続けに混乱を持ち込まれ、まともでいられる方がおかしい。彼の告白も一時の気の迷いで、時間を置けばまた別の答えがあるかもしれない。
そういう理屈はいくらでも捏ねられる。先延ばすことも、当たり障りのない理由を探すことはできる。
けれど結局は根本の、本能的な理由だ。
僕は男性を恋愛対象には見られない。
表情を見て察したのだろう、杉石君は辛そうに眉を下げ、恥じるように嗤う。
「は、はは。そうだよな。気持ち悪いよな」
「違う。そんなつもりは」
「いいんだ。分かってる。こんな時に困らせること言ってごめん」
掛ける言葉が見つからない。人の声も、車の音もない、ただ風が吹くだけの静寂が流れる。気まずさから逃れようと視線を地面に落としても、灰色の砂利が敷かれているだけだ。街路灯が光を放つことはなく、影は段々と濃さを増していく。
「女じゃないからダメなのか」
どれくらいの時間が経ったのだろう、ふと思いついたように、杉石君が口にする。つられて彼を見返すが、影が重なって表情は読めない。
夕方の暗がりのなか、緩慢な速さで杉石君が距離を詰めてくる。
「んむっ」
唇が触れた。
一拍遅れて、キスされたと理解する。
突き放そうと手を伸ばすが、指を絡め取られた。杉石君は更に前進し、触れ合う面積が広くなる。
舌が、入る。
その温みを感じるよりも早く、杉石君は破裂した。
液体が壁の如く広がり視界を埋める。咄嗟に仰け反った勢いでベンチから転がり落ちる。
目に入った。前が見えない。目元を強く擦り、ようやく視力が回復する。
ままならない視界に飛び込んできたのは、地面に伸びる人の影。その持ち主を恐々と見上げる。
JCだ。でも、今まで遭遇したJCとは明らかに違う。
背が高い。胸の双丘は甜瓜よりも豊満であるが、腹筋は六つに割れている。杉石君と同じ亜麻色の髪は腰まで伸び、風に靡かせる様子は北欧の妖精のように美しい。けれど、目鼻立ちのはっきりした秀麗な顔つきが高貴な凛々しさを感じさせる。
強く、逞しく、威圧感さえ覚える、芸術品に似た美しさ。
だが、そんな感動が霞むほどの異形が生えている。
「ふぅ~♡」
太く、長い。
彼の股座には、蚯蚓のように太い血管を張った紛うことなき男根が雄々しく滾り勃っていた。
びしょうじょ・ぱんでみっく! カシノ @kashino
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