173.敗因。

 ――別に、僕はこの無敵時間を自分の特別だと思ったことはない。

 僕にしか出来ないことだから、僕が優れていると思ったことはない。だって、そんな特別ができたとして、相手はばかりだったのだから。


 だから、手段の一つでしかなかったのだ。故に、誰かがそれと同じ手段を取ったところで、僕はただ厄介だと思うだけに過ぎない。


 ――しかし。


 こいつは別だ。


 し、それに価値を見いださないこいつがそれを使うことは、決定的に、僕に対して侮蔑と罵倒を投げかけるようなものだった。

 だから、それは。


 本当にただ、理由のない怒り。


 こいつだけは許しておけないと、誰かのためではなく、僕のためだけに感情を燃やす理由となった。


 ――状況は絶望的だ。

 相手は機能そのもの、バグを帯びているとはいえ、やつが行う動作は常に一定だ。だから、ごく短い受付時間しか持たない無敵時間バグは、ヤツにとっては機械的に入力を行うだけで、その結果は常に変わらない。

 故に、永続して無敵時間を継続できるというわけだ。


 対してこちらは、どこまで行こうとただの人間。ミスもすれば、ブレだってある。やつが無敵時間を継続し続ける限り、僕はヤツに手が出せない。

 加えてヤツは――


「――!」


 攻撃方法が無限であるから、常にあらゆる方向から僕を攻撃することができる。一つ一つは対処できたとしても、全てでは対処の方法が一つしかなくなる。

 こちらも無敵時間で、それを回避するしか方法はない。


 そしてその方法で、僕は攻撃を回避してしまえるから、これまでヤツはその手段をとって来なかったのだ。だが、最後の手札、永劫の無敵時間を切ったことで、ようやくそれが使えるようになった。

 これがやつの最後の一撃。最強のジョーカー。


 僕という、ヤツが知りうる限り最強の敵を模倣して、ヤツが考えた――詰みの一手。


 ああ、本当に。馬鹿らしくなるくらい、だ。これが最強? 誰にも負けない究極の手段? ふざけるな。こんなもの、策とすら呼ぶのもおこがましい。


「いいさ、付き合ってやるよ、世界」


 迫りくる全方位からの攻撃と、目の前から飛んでくる世界の刃に、僕はただ言葉を向けた。言葉とともに、剣を振るった。


「アンタの何もかもが折れ果てるまで――!」


 それは、言うまでもない。僕がこの攻撃を捌く手段は一つしかないのだから。



「後悔しろ! 僕にで勝負を挑んだことを!!」



 かくして。


 僕と――


 ――世界。


 最初で最後の、果ての見えない、無敵のぶつかりあいが始まった。



 ◆



 ――ずっと、考えていた事がある。この世界にはバグがある。それは間違いない事実だ。でなければ、これほどまでにヤツがノイズにまみれているはずがない。

 しかし、については、いまいち答えがハッキリとしていなかった。


 いくら世界が長い時間概念化し続けて、無茶な願いを叶え続けて、どこかでおかしくなってしまう土壌があったとしても、それでも世界はその機能を維持することはできていたのだ。


 何より、ヤツがこうして致命的なバグを抱えたのは、だ。そうでなければ世界は、こうまでしてバグを取り除く必要はなかったのである。


 だから、バグが起こったのは三つの要因があるということ。。この三つだ。故に、世界はまず僕を取り除こうとした。

 どこかで僕が敗北すれば、バグは起きない。封印という形でも良い。僕が最速で勝利しなければ、せめて本来の時間まで、僕の勝利を先送りにできれば、決定的なバグにはならなかった。


 しかしそれが失敗した時、世界はマキナを取り込むことを選んだ。マキナというバグの要因と、それから僕というバグの原因を同時に取り除くことを選んだ。


 どっちにしても、のだ。そこにはかならず、何かしらの意味がある。でなければ、ヤツは自分を停止して、再起動すればよい。

 そうすればマキナの呪縛も開放され、バグという呪いも消えてなくなる。すべてが万事解決するはずなのだ。


 それをしなかったということは、自分が生存することを念頭にヤツが動いたということは、つまり。


「――なぁ」


 剣を振るう。無我夢中に、マキナの可能性の否定を打ち破ったときのように、心を空に、ただひたすらに剣を振るう。

 あのときとの違いは、終わりが見えないということ。


 いつ、この無茶が終わるかわからない。終わらないのかもしれないと思うほどに、相手は一度としてミスをおかさない。だから、いずれこちらのミスで、この攻防は終わりを告げる。

 どれだけ僕が精度を上げようと、先に音を上げるのは僕でなければならないのだ。


 その、はずだ。


 ――しかし。


 僕の手は、止まらない。不思議なほどに、驚くほどに、僕の動きは正確だった。


 何故か。

 ――解っていたからだ。


 解ってしまったからだ。こいつの根底にあるものが、こいつが何故、こうも停止を拒むのか。それはそうだ。ヤツが生まれた時に。

 ――そういう思いで、だ。



「――――アンタ、怖いのか?」



 端的に、告げる。

 それは恐怖。あまりにも単純で、そして何よりわかりやすい。という感情だった。


 ――マキナは恐れた。孤独を恐れた。その恐れが世界を生み出して、。マキナにとっては、孤独であることが。

 世界がことが。


「そう考えれば、アンタの行動は全部つながる。マキナの願いを歪んだ形で叶え続けたのも、バグを自分の停止以外で先送りにしようとしたのも」


 そうしなければ、終わってしまうから。

 そうしなければ、自分がどうなるかわからなくなってしまうから。



 ――世界に意思はない。ただ計算し、行動する。だが、そこには土台がなくてはならない。行動を決定できないのだ。

 その土台こそが、恐怖。


 マキナという意思ある概念が、世界に対して埋め込んだ、概念ではない唯一の存在。



 恐怖がなければ、この世界は生まれることすらできなかったのだ。



「だとしたら、それには少しだけ同情するよ。意思もなく、恐怖という衝動にかられただけの行動しか取れないアンタは、誰よりも救われない存在だ」


 ――剣を振るいながら、ただ意識を研ぎ澄ませながら。

 どこか、冷静なもう一つの自分は、世界の根底を、そう評した。不思議と、ただただ流れていく剣戟の時間。終わることのない、剣と剣のぶつかることのないぶつかりあい。


 ――まるで、絶対に交差しない平行線の上で、鏡合わせに、剣を振るっているかのようだった。


 そして、気がつけば一分。マキナ相手に、全てを賭して注いだ一分を、僕は越えていた。限界は近いだろう。このトランス状態のような感覚は、本当に自分の中の精神を、なにかに捧げて成し遂げているような状態だ。

 どこかできっと限界がくる。


 世界もそれを待っているはずだ。はずなのだ。マキナのデリートが完了するまで、まだしばらくの時間がある。

 だから、限界を待てば世界は勝利する。はずなのだ。


 しかし僕は見た。


 ――ノイズまみれの、傲慢を模したその瞳に、



 世界の中に、僕に対する恐怖が宿るのを、見た。



 ああ、と思う。

 これは、必然だったのだ。


 この世界に僕が選ばれたその時から。


 ――多くの負けイベントを、理不尽を踏みにじってきたその時から。



 ――マキナと出会い、その瞳を覗き込んだあの時から。



 こうなることは、決まっていた。



「アンタの敗因は」


 ――僕は、即座に切り替える。

 概念技を、別のものへ。迫りくる不可視の一撃と、目の前で振るわれる僕の斬撃。それらをまとめて吹き飛ばし、この戦いに決着をつけるために。


だ」


 ――僕を? 否、僕だけではない。


「アンタは恐れた。自身の消滅を。創造主が、気まぐれに自分を停止させてしまうという恐怖を――だから生み出したんだ」


 一撃が、迫っていた。

 世界の一撃が、僕に向けて振るわれる――


を、それが――」


 ――を。それは、僕の斬撃ではない。僕の散弾の概念技だ。つまり、ということでもあった。



「――それが、を! アンタの終わりを、生み出したんだ!」



 これが、終わりだ。



「世界――――――!!」



 最上位技。巨大な大剣が、迫りくる不可視の一撃もろとも――



「“D・L・Lドメイン・ルーザーズ・リアトリス・O・オリジン”!!」



 世界を、吹き飛ばす。



 ――――はずだった。



「――!」


 手応えがない。


 不可視の攻撃を吹き飛ばし、けれどもその中に世界の手応えがない。つまるところ――のだ。どこへ? どうやって?

 ――方法はすぐに理解できた。奴は空間を操れる。自分の居場所を入れ替えたのだ。ここに至って、奴は最後の保険を残していた。


 では、どこへ?


 ――すぐに分かった。


 世界は、マキナの前にいた。


 そして、



 



「――――――――」


 そして、その側に穴が空いている。そこからは、外の景色を望むことが出来た。ということだろう。

 つまり、それは、


 それはこういうことか?


 あいつは、


 マキナを、



 ――人質にしているんだ。



 マキナをその穴から外に出す代わりに、僕に椅子へ座れと言っている。

 そうすれば、と。


「――は」


 この距離。

 ――あちらが止めを刺すよりも早く、助け出すことは絶対に叶わない。なにより、奴は空間を入れ替える。直接的にそれで僕を止めることは出来ないが、ようにはできる。


 だから、絶対に間に合わない。

 動いたところで、マキナが先に殺される。



 



「――はは」


 おもわず。


「はははははははは!」


 ――笑っていた。


「そうか! そうかそうか!」


 ――――ヤツは間違いなく言っていた。


 声はない、感情もない、意思もない。


 だが、だとしても、確信している。僕なら絶対に彼女を見捨てたりはしないと。


 だから、つまり。



 なのだと、そう言っている。



「――――ふざけるなよ、クソ野郎がぁああああああああああああ!!」



 叫び、



 そして、



 



 そうだよな、アンタは絶対に知るはずもないよな。僕がどうして、のかって。


 ここから僕が、ってことを。


 そうだ。もう一つだけ、取ればとってこなかった、最後の手段。だが、だとしても。


 


世界デウスッ! アンタの敗因は、人間という可能性を生み出したことだと、僕はそう言った。だが、訂正する!!」


 一歩、踏み込む。

 大きく息を吸い込んで、ヤツの転移を打ち破る、もっとも簡単な手段を叫ぶのだ。



「――――“◇△◇スクエア・スクランブル・トライデント”!」



 で、



 僕は、



 



「――アンタの敗因は、僕を、敵に回したことだ」



 ノイズに塗れ、


 恐怖に溺れ、


 僕を敵に回した、愚かな世界を、



 僕はその足で踏みつけて、



 世界は最後まで言葉もなく、概念崩壊し。



 ――ここに、すべての戦いは、決着した。

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