172.アンタはそれすら冒涜するのか。
――僕は、色々と、言いたいことは山のようにあるけれど、それでもこの世界が好きだ。
だってこの世界は僕が大好きなゲームの世界で、
この世界で、僕は色々な出会いを経験したからだ。
たとえ世界そのものが、バグでどうしようもなかったとしても、そこに生きる人々に罪はない。どころか、バグだらけの世界で、懸命に生きている人達を、僕はどうしようもなく愛おしく思う。
彼らの息吹が、歩みが、挑戦が。
この世界を前に進めてきたのだ。そしてこれからも、進めていくのだ。それを解っているから、僕はこの世界が好きで好きで仕方がない。
マキナに――世界を作った張本人に問われた時、僕はそれをどうしようもなく自覚した。
だから、どうしたってこの世界に対し、僕は敵意はあっても、怒りはなかったのだ。ただ、そうしなくてはマキナを救えないから、どうしたって敵対せざるを得ないというだけで。
第一、ゲームにおいて世界は僕たちの味方だったのだ。白光たちを、この世界の人々を導いて、邪悪なる機械仕掛けの概念を打ち破る原動力となったそれを、僕は憎いとはいい難い。
あくまで、今はバグによって間違えているだけなのだと。世界が負けろといったのは僕とマキナだけなのだから、僕が勝利して、マキナが無事ならそれでいいと。
そう、考えていたのだ。
「――――それを!」
剣を向ける。
目の前にあるのは、冒涜だ。
「それをアンタはぶち壊すのか!!」
ノイズまみれのそいつは答えない。答える能力を持たない。だというのに、一発でその姿をみればやつの意図は理解できてしまう。
僕の旅の中で、もっとも強敵だったのは強欲龍と傲慢龍だ。そして、そのどちらがより強敵であったかを合理的に判断すれば、二人で挑み、僕の位階も低かった強欲龍より、四人で挑み、位階も十分にあった傲慢龍。どちらが厄介であったかは語るまでもない。
なので、合理性を第一とするなら、傲慢龍を選ぶのは当然なのだ。
だが、
「――アンタは何も解っていない。傲慢龍が、どんな思いで僕を送り出したのか! どんな思いでアンタに敵対したのか!」
だからといって、傲慢龍が誰よりも嫌う存在が自身の姿を模倣するなど、あいつが許すはずもない。しかも、ただ傲慢龍が強かったから以外の理由を有さずに。
「それこそ、あいつにとっては何よりも屈辱的なことだろう! お前は、あいつの尊厳を何から何まで、踏みにじってそこに立っているんだ!!」
――僕はこの世界が好きだ。
この世界に生きるすべての人々が、生命が好きで。
敵ではあっても、傲慢龍だって例外ではない。
そんな好きを生み出したこの世界が、しかし。
――それを侮辱するのか。
「この世界には、生命が溢れているんだ! 時間が育み、空間でそれを謳歌するんだ! だというのに、それを――!!」
叫んでいた、剣を構え、飛び出しながら。
ここに来て、僕ははじめて怒りで剣を振るう。
「それをアンタが、冒涜するのか――――!!」
上段からの浴びせつけるような斬撃。
――こうして、最後の戦いが始まった。
◆
剣を打ち合う。
三重概念同士の戦いは、無数の概念が飛び交う戦場だ。焔も、雷も、氷も、水も、生み出されてはかき消され、かき消された側から次が放たれる。
一つ一つに決定打はない、だが、これらが当たれば多少のダメージにはなる。僕は所詮人間のスペックだし、世界も限界の状態で、なんとか絞り出したアバターで戦っている。
両者の間に、優劣と呼べるものは殆どない。
スクエアが使えればまた違うのだろうが、皆からもらった可能性は、二重スクエアを使用するために消費され、次が撃てるかもわからない。
三重概念によるバグは、スクエアの使用が大きな負担と成るのだ。スクエアを使用しなければ、通常の戦闘にも三重概念は使用できるだろう。
あいつを除いて、それはあまりにもオーバースペックすぎるが。
ともあれ――剣をぶつけ合うなか、僕らは膠着していた。
決定打がないのだ。というよりも、仕掛けられない。どちらかが仕掛ければ、容易にそれが対応されてしまうから。ただし、実際仕掛けるとなれば、有利なのは間違いなく世界である。
なにせ世界は手札を晒していない。新造したばかりのアバターなのだから当然である。大して僕は既に全ての札が知れている。ここで不利なのは、間違いなく僕だと言えた。
そして世界が仕掛けてくる理由はもう一つある。タイムリミットだ。今、この場所にはもうひとり、マキナがいる。彼女は今、世界をデリートするべく、その権限を振るっている最中だろう。
故に、下手をすると世界は自滅する、彼女の犠牲を伴って。
それは僕にとっても望むべくことではないが、同時にヤツにとっては、絶対に受け入れてはならない事態であった。
だから、限界が近づけば、やがて奴は仕掛けてくる。それは、あまりにも明白な事実だった。
――それにしても。
「その剣術、あまりにも傲慢に似つかわしくないな」
剣を這わせながら、僕は世界の剣をテンポよく受け流していく。一撃自体はとても重い。攻撃重視、勢い重視のスタイルで、僕は珍しく受けに回っていた。
故に、分かるのだ。
「――あまりにも横暴な太刀筋だ」
傲慢のそれとはあまりにも違う。傲慢の剣は、受けて相手取る太刀筋だ。このような、ただがむしゃらに、子供のように剣を振り回すのとはわけが違う。
その剣は――強いて言うならマキナに近かった。
正確に言えば、ゲームの中で見てきた機械仕掛けの概念の攻撃モーションだ。
「マキナは戦い方こそ巧みだが、剣の振り方はそうでもない。スペックによるゴリ押しを得意としていた。――考えてみれば、それと比べると、今のマキナの剣筋は、あまりにも練度の差があるんだな」
実際に戦ったマキナは、本当にいやらしいほど戦い方が巧みで、間違いなく一級品と言って良いものだった。こうして、実際にかつてのスタイルを間近にしないと、そこは気づきにくい変化だったが、言えることは唯一つ――
「――アンタは、今のマキナをかつてと比べて、劣っていると思っているのか」
答えは、ない。
当たり前だ。
当たり前だからこそ――怒りが湧き上がる。
「そうやって!! 過去しか見ないから! マキナは変化を望んだんだろうが!!」
――振るった剣が、横合いから世界の剣を叩き、弾いた。やつの身体が少しのけぞり、隙ができる。視線は、ありえないと言わんばかりに弾かれた剣を向いていた。
「ありえないのは――アンタの性根だ! クソ野郎!!」
叫び、剣を突き出す。
それは、確実に世界へ突き刺さるはずだった。
「――ッ!」
直後僕はその場を飛び退く。一瞬の後、僕がいた場所を不可視の破壊が襲った。
仕掛けて、来た。
着地と同時に、目の前に影が差す。――世界が、僕にむかって剣を振りかぶっている。受け止めたが、態勢が悪い。僕は押し込められた。
「ぐ、うう――!」
しかし、この攻防で、驚いているのは僕ではなかった。
世界のほうが不可思議そうにしているのだ。感情は読み取れないが、ヤツが何かしらの思考を巡らせていることは分かる。
まぁ、そういう雰囲気を纏っているというだけだが。
「――僕にとって、最大の強敵が傲慢龍なら、僕にとって、最大の弱点は未知だ」
故に、教えてやろう。
教えたところで、これがアンタの手札って時点で、アンタの底は知れているんだから。
「だから、不可視の、しかも想定の外からの一撃っていうのは、たしかに僕には有効だ。初見で躱すことは不可能に近い」
――しかし、
「けどな! アンタのそれはわかり易すぎるんだよ! 安易! まったくもって安易だ! 何が――世界!!」
最初からとってくる選択が見え見えならば、それは未知にも不意にもなりはしない。
僕がやつの剣を振り払い、更に攻防を重ねる中で、奴は無数の不意を打ってきた。
上から突如として見えない衝撃波が落ちてくる。
足場がなくなる。
剣が複数に増える。
剣から突如として斬撃がとびだす。
シンプルな二刀流というスタイルからは想像もつかないほど多彩に、概念同士の余波がぶつかり合うなか、そこに世界は不可視の一撃を織り交ぜてくる。
ああ、
まったくもって単純!
「いいかげんにしろよ! それ以上無様を晒すなよ!! アンタが最後の敵だっていうのなら! そうまでして生き残りたいって言うなら!」
――反撃。
「覚悟を示せ――! アンタの生き残りたいという意地を見せろよ――――!!」
受けに回っていた僕の剣が、ある一瞬から攻勢に回る。それは、敵の手札が尽きたことを悟ったからだ。
なにせ、攻撃と言っても所詮は取れる手段が限られている。
どれだけ世界が優れた演算が可能だろうと、何もかもを創出する力を有していようと、世界に空間は三百六十度しか存在しない。
攻撃が外から襲いかかってくる以上、必ずそれには方向が存在し、その方向が尽きてしまえば、新しい手品を生み出したとしても、単なるバリエーションの変化にしかならないのだ。
「アンタにはなにもない! 意思もなければ、矜持もない! 覚悟も、決意も、後悔すら存在しない!!」
剣が、
怒りがヤツの剣を上回る。
僕の手に、膨大な感情の焔が宿るのだ。
「だったらアンタは、生きているとすら言えないだろうが――!」
そして、
「なのに! 何故! 生きたいと願う! 消失を拒む!! 教えろよ!! お前にはそれがあるんだろ!!」
僕の剣は、ついに世界の剣を、弾き飛ばした。
一刀、やつの剣が一つになった。
故に、僕は更に踏み込む。――すぐに、次の剣を生み出すことは可能だろう。だが、だからこそ、ここで切り込む。一気に世界を追い詰める!
「それを言え! 言葉にする前に! その理由から――逃げるなああああああ!!!」
振りかぶった剣は、たしかに世界へと届いた。ノイズまみれの、あまりにも冒涜的な醜い身体に、僕は、ようやく一太刀を浴びせるのだ。
しかし。
――剣はヤツをすり抜けた。
――――思考の空白。
それは、何故か。
アンタは、まさか――
――直後、世界は僕へ向けて剣を振るっていた。
「――ッ! “
僕も、即座に概念技を振るう。
故に、否応なく理解できてしまった。
世界の放ったそれが。
僕の放ったそれと、
全く同じモーションをしているということに。
「な、あ、あ――」
互いに剣が身体をすり抜ける。無敵時間だ。同時に、鏡合わせに僕たちは動いた。
一瞬の動きの変化の後、全く同じように概念技をたたき込む。
それも無敵時間によって躱された。
「――――キサマぁぁああああああああああ!!」
この期に及んで、世界は僕の無敵時間を模倣したのだ。恥も、外聞も、何もなく。
そう、最後の敵――それは世界でも、冒涜された傲慢龍でもなかった。
僕自身だったのだ。
やつの、切り札にして、最後の一手。
これまで、誰一人として、何一つとして破られたことのない。
永劫の無敵時間が、
最強の敵が、僕の前に立ちはだかった。
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