171.お前は、先に進め。
「――そもそも、おかしいんだよ。とてもとてもとても、おかしくておかしいんだ」
アンサーガが、そういった。
「どうしてあの龍は消失しない? 機械仕掛けの概念が消えたなら、アレは消えなくちゃおかしいだろう?」
――世界そのものが消失しないことは、マキナがそうしたのだから、当然だろう。
しかし、あの龍が消えないということは腑に落ちない。アンサーガはそういったのだ。たしかにそれはある意味でその通りで、だからこそ思案に値するものだった。
では、それにどんな意味がある? ――これもまた、単純なこと。
「まだ終わっていないんじゃないかしら」
ミルカが、そう指摘する。
つまり、マキナはまだ消えていない。消滅には時間がかかるのだ。あまりにも、可能性が膨大であるがゆえに。だったらまだ可能性はある。
「だけど、逆に言えばうかつに世界に手を出すことができなくなっているってことでもあるよな。なにせ世界は今、マキナを消し飛ばしている真っ最中なんだから」
――そんな状態で、世界を概念崩壊させたら、マキナにどんなダメージが及ぶかわからない。
機械の強制終了というのは、それだけ負担がかかるということだ。
「だったら、方法なんて一つしかないだろうさ。――あの中に突っ込んで、中からマキナを救い出す。マキナの消去が終わる前にだ」
――だから、僕はそういった。
方法は、一つだけ思いついてある。危険ではあるが――しかし。それをやらないという選択肢は、僕にはなかった。
そして、皆へ声をかける。
「なぁ、皆――僕に、君たちの可能性を、少しだけわけて欲しいんだ」
「……どういうことだい?」
アルケの疑問は最もで、この場にいる多くのものが、それを理解していないようだった。理解しているのは、アンサーガとこれまで分析を続けてきたミルカだろうか。
「僕が三重概念でバグを起こしたのは、可能性が足りなかったからだ。可能性とは、言い換えれば寿命――生きるためのエネルギーでもある。死とは可能性が閉ざされるという意味である」
だから、バグによる消失とは死と同義なのだ。この世から僕が存在しなくなってしまうこと。それに対して、僕という器が耐えられなかった。
なので、器を大きくする必要があるのだ。
なにせ――
「――僕は、三重概念の上を征く」
龍の中に突入するために、僕は更に力を得なければならないからだ。
なにせ、ヤツを突破する方法は一つしかない。より高い位階からのゴリ押しである。マキナの無敵が、位階の高さ故に絶対的であったように。
世界が、三重概念であるがゆえに僕以外は戦う舞台に立てなかったように。
世界という殻を打ち破り、中に突入するにはそれ以上の位階が必要なのだ。
「そんなことできるの?」
「できるんじゃないかなぁー」
リリスの問いに、応えるのはアンサーガだ。
「そもそもここは機械仕掛けの概念の居場所だ。ここでは世界のどの場所よりも可能性が操作され――そして今、機械仕掛けの概念は溶けて消えようとしている。可能性の融通くらいなら、念じればできてしまうだろうね」
だから、それ自体は問題ない。現に、アンサーガは手元でおそらくは可能性と思われる光を弄んでいる。
「――いや、無茶だろう!? さっきも、それで死にかけたのに。そもそも、4つ目の概念なんて――」
師匠が割って入る。
「確かに、4つ目はありません。でも、僕にはもう一つ強くなる手段があるんです。さっきの戦闘で、それはお見せしましたよね?」
そう。
答えは先程の戦闘にあった。何をしたか、といえば単純だ。
同じ概念技の効果を重複させた。だから――
「スクエアを、二重に発動させます」
――その発言に、多くのものは絶句した。
ただでさえ、スクエアがあのバグを加速させただろうに。無茶もいいところだろう、というのは僕もよく解っている。
それも、これまでの無茶とはわけが違う。なにせ、自滅の可能性がつきまとうのだ。
これまで、敗北の可能性はありえても、自滅の可能性はそうそうなかった。スクエア自体はリスクのある強化だが、それにしたって、いつ自滅するかわからないということはなかった。
だから。
これは賭けだ。これまで以上に、自分という存在との勝負になる。耐えられたら僕の勝ち、耐えられなかったら僕の負け。
そんな、賭けるにはそもそもチップが重すぎる。
そんな賭けだった。
「いや……それは――」
「本当に大丈夫なの……?」
師匠とフィーすら渋っている。そんな中で――
“まだるっこしいことしてるんじゃねぇぞ! さっさとしろ!”
そういって、僕の背を叩いたのは、強欲龍だった。
――概念化していなければ、塵すら残らないような威力だったが、何も言うまい。なにせ、――そこから僕は、強欲龍の可能性を受け取ったのだから。
「グリードリヒ!」
“ハッ、うだうだしてんじゃねぇ。さっさとしねぇと、俺はてめぇを殺すぞ。早くしやがれ、てめぇとの戦いが待ってるから俺はここにいるんだぞ!”
「――――」
その言葉は、本当に何も変わらない。いつもどおりの強欲龍に、僕は苦笑して。
「……そういうことだ。強欲龍が暴れ出さないうちに――やろう」
もとより話し合っている時間はない。
方法があって、それを試すことのできる猶予は限られているなら。
僕が止まるというのはナンセンスだ。
「ハハッ、お前は変わらねぇな」
――概念使い達は、代表としてラインが前に出る。
「だが、俺達の前に現れ、道を切り開いていったお前に、俺達は可能性をもらったんだ」
それは、そもそも。
ここにいる者たちは、例外なく僕と関わらなければ、敗因が僕でなければ、道半ばで倒れる者たちだった。
僕が切り開いてきた道に、可能性が生まれた者たちだ。
「――だから、その可能性を少し返すぜ。この程度じゃ、全然足りないかも知れないけどな」
「いや、十分さ。――必ずその可能性を、勝利へ僕は連れて行く。僕は理不尽の敗因だ」
互いに言葉を交わし、拳をあてて、健闘を祈る。
――勇気と、それから感謝を受け取って、僕は彼らの可能性を取り込んだ。
「僕からも渡して、渡して、渡しておくよぉ。くふふ、どうなっちゃうんだろうね。衣物の研究者として、少し楽しみだ」
アンサーガが、そう言って可能性を投げ渡す。
――これは、怠惰龍の分まで含まれているのか。まぁ、怠惰らしい。
「リリス達もなの! いってらっしゃいなの!」
「はいどうぞ」
「君たちは軽いな……」
「心配してませんから、なの」
エヘンとリリスは胸を張り、そのいつもどおりに感謝しながら苦笑する。リリスたちは、きっとこれからも、そうやって生きていくのだろう。
「――ふん!」
そうやって、和んでいたところに、フィーが勢いよく可能性を投げつけてきた。そして、それ以上は言葉をくれない。
心配と、怒りと、諦めと。いろいろな感情が、今の彼女からは感じ取れた。
「……行ってきます」
「…………ばか」
――一言だけでも、返してくれたのなら、それでいいのだろう。
そして、師匠は。
「――ん」
何も言わずに、それを差し出した。
「はい」
僕も、それだけ返して受け取る。
――それだけだった。
「さて――」
最後に、残ったのは大罪龍だ。
――彼らは、色欲を除いて僕の敵だ。この時代に、世界の敵として立ちはだかり、人類を苦しめた三体の大罪龍。
憤怒と、暴食と――そして、傲慢。
三者は、果たして僕に何を語るだろう。可能性を託すことを、拒否するだろうか。わからない、彼らは今回は味方として協力してくれたけれども――僕としては強欲龍よりも協力しにくい相手だ。
どこで、彼らが敵に回るか、わかったものではない。
そんな警戒は常にあって。だからこそ、少しの覚悟を持って、そちらを見た。
結果は――杞憂以外のなにものでもなかったけれど。
既に、彼らの姿はそこにはなかった。
可能性の光に囲まれて、半透明の色欲龍が嘆息している。まったく、と呆れた様子で――その様子に、僕もまた理解した。
彼らは、結局最後まで僕の敵なのだ。
――目的が一致すれば、同じ敵を攻撃することもある。それだけのことで――その例外は、既に終わったのだ。協力するということは、その例外を踏み越えるということ。
彼らは、そうしないために。
最後まで僕の敵でいるために。
消滅することを選んだのだ。
「ほんと、男っていつもそうよね」
「ははは、そう言わないでやってくれ」
しょうがないんだから、とそれを見る色欲龍から可能性を受け取って。
最後に、傲慢達とはなんの関係もない可能性も取り込んだ。
――おもいだす。
あいつの最後の言葉、ずっと、耳にこびりついていたはずの言葉。
それを胸に改めて刻み込む。
一度目を伏せ、大きく深呼吸をして、そして見開いた。
「――よし、行こう」
傲慢龍は言った。
勝利した僕に、その先を見ている僕に。
“お前は、先に進め”
――と。
「――――ぉおおお!」
そして、
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!」
叫び、咆哮し、剣を構え。
「“
僕は、龍へ向かって、閃光となって飛び出した。
◆
――龍の殻を突き破り、その中へと侵入する。光速すら越える概念的速度に、僕の意識すら置き去りにして、気がつけば。
僕は、どこともしれない空間に立っていた。
いや、龍の中身がどうなっているかなど、僕も見たことはないのだが。
だから、ここはマキナの世界に近かった。あの世界は、どこまでも広がる光と空の世界だったが、ここはその逆だ。
闇と、大地の世界。
――眼下には、僕がこれまで旅してきた大陸が広がっていた。
「ここが……神の世界」
思わず、そうこぼす。
スクエアの効果はすでに終了し、今はただの三重概念。少しばかり見入る余裕は存在する。この場合は感心ではなく――この場所になんの意味があるかという考察だが。
――すぐにピンときた。
「……この世界、ミニチュアだ」
実際に世界を投影しているわけではなく、人工的に作られたようなミニチュアであることを理解する。世界には、いくつかのコマがあった。
数は、六つ。
そのうち二つにすぐにピンときた。一つは快楽都市に、もう一つは怠惰龍の足元にある。
つまり、これは大罪龍だ。残りの4つも、傲慢を除く大罪龍であることが分かる。――であれは、残る一つは?
傲慢はどこへ――?
そこまで考えて、
暗がりに気配を感じた。
「誰だ!」
すぐに気づいた。
――――マキナだ。
マキナが、椅子に腰掛けて、眠りについている。その居場所は、傲慢龍の神殿。いや、この場合はその上空か。とすると、つまり。
残る一つは――
――直後。
その後方から、足音がする。
そいつは、ずっと僕を待っていたのだ。なにせ、マキナを止めることはそいつにはできない。そいつはマキナを操っていたが、今はマキナがそいつを操っている。
だからあの椅子からマキナを引き剥がせば、奴は強制的に機能を停止する。方法は一つしかないのだ。マキナではない操縦者をあの場所に据えること。自分の存在を葬ろうとしない、新たな傀儡を選ぶのだ。
それが、僕。
なにせ僕は、世界の器なのだからして。
つまりこれが、最後の戦い。僕はやつを倒し、マキナをここから連れ出せば勝利。奴は僕を倒して、マキナの代わりにあそこへ据えれば勝利となる。
――――なんとなく、解ったことがある。
この場所は、世界の縮図そのものだ。そして、ミニチュアとして制作されたこの世界には、一つの意味がある。これまで何度も、僕はマキナをこう呼んできた。
ゲームマスター。
であれば、これはそのゲーム盤。故に、言い換えれば。
このゲーム盤こそが、
もっと言えば――世界の目的は、はっきりしていた。
ゲームの進行。ゲーム盤の保持。故に――世界の本質とは、
それを守る存在のこと。
故に、その最大の敵対者である僕が、もっとも苦戦した相手をぶつけるのは、まったくもって自然と言えるだろう。
ああ、けど。
だからこそ、その合理性が、
その無慈悲な決定が、
言葉など、一度として発したことはないというのに、
「――僕はアンタがきにくわないんだ。
叫んだ先に、そいつはいた。
そいつの姿は、見るも無惨なほどに、ノイズにまみれていた。けれども、そんなシルエットだけでも、僕はそいつが誰だか分かる。
特徴的な六枚羽。
不遜なまでに絶対性を誇示するような立ち振る舞い。
そう、傲慢龍だ。
ノイズまみれの、傲慢龍がそこにいた。
――よりにもよって、僕をここに送り出した、背中を押した最大の功労者を、僕にとって、もっとも苦戦した強敵を模倣して。
ただ、上辺だけをコピーして。
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